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第19章「絆」

セナのライブからちょうど一週間たった日曜日。今日はステラと約束の新江ノ島に行く日である。天気はこの上なく快晴で外で遊ぶにはもってこいだった。


新江ノ島に行く前の午前中は二人は鎌倉にいた。レイの修理中のバイオリンをとりに行くためである。鎌倉の楽器店でバイオリンを受け取ったレイは、ケースを背負ってステラと並んで歩いていた。


「レイ!無事に直ってよかったね!」

「ああ!ありがとな!寄り道に付き合ってくれて!」

「まったく練習しすぎなんだよ……じゃあお礼に今日は沢山奢ってね!」

「……お前な」


笑うステラに、レイは苦笑いで返した。


そのまま二人は鎌倉の路地裏にある小さなカフェへ。

木の窓から差し込む光と、カレーやパスタの香りが漂う。


「観光雑誌で見たとこだ!やったー!」


ステラはメニューを手に目を輝かせる。


「こっちは名物のしらすピザか……」

「それ頼もう!あとデザートも!」

「食いすぎだろ」


幼なじみの少女の笑顔がまぶしい中、鎌倉ランチを満喫する。それからステラはレイに気になっていたことを尋ねる。


「ねね!レイ!」

「ん?なんだ?」

「セナさんのライブの後、結構色んなところからダンサーとしての仕事がきてるって聞いたんだけど本当?」

「ん?知ってたのか。実際セナ効果凄いなと思ったよ。今俺のSNSに色んなアーティストからバックダンサーをしないかときてるんだ。あとは振り付けを考えて欲しいみたいなのもきてたな。」

「へぇ……もうプロのダンサーじゃん!!」

「一応それでお金貰えるみたいだしそうかもな」

「ちゃんと夢叶ったんだね!凄いね!私もピアノ頑張らなきゃ!!」

「……!!」


純粋なまぶしい笑顔でそんなことを言うステラにレイは可愛いと思いドキッとするのだった。目を反らすレイを見てステラは尋ねる。


「ん?どうしたの?レイ?」


その質問に対して、レイは頬かき、照れながら言葉を口にする。


「ステラの笑った顔が可愛いかったから……つい……な」

「……えっ……?」


その瞬間、ステラの顔はまるでトマトのように真っ赤になる。そして早口でレイに向かって訳のわからないことを言い始める。


「きょ……今日さ。イルカ、綺麗かもねっ!は、ははっ!」

「い、イルカに綺麗とかあるのか?」

「し、知らないよ!レ、レイが変なこと言うからでしょ!!ほ、ほら水族館行くよ!」


--

午後は江ノ島水族館へ移動。

クラゲの水槽の前で、ステラは子どものように目を輝かせる。


「見て見て!レイ、クラゲが音符みたいにふわふわしてる!」

「お前の例えはいつも音楽だな」

「だってそう聞こえるんだもん。レイのバイオリンも、こんな感じに包み込む音するでしょ?」


突然の言葉にレイは言葉を詰まらせる。


「お前、そういうこと急に言うな」

「照れてる?」

「照れてねえ」


ステラは声を立てて笑った。


--

イルカショーのステージ前、観客席は子ども連れの家族やカップルでいっぱいだった。

ステラは席に座るなり、目をきらきら輝かせて前方を指差す。


「わぁ! ほらレイ、もう始まるよ!イルカだよ、イルカ!」

「そんなに前のめりになるなって。落ちるぞ」

「だって楽しみなんだもん!」


司会のお姉さんの声が響き、音楽とともにイルカが水中から次々と飛び出す。


それからショーも終盤に差し掛かる。

イルカがこれまで以上に大きな弧を描いてジャンプした瞬間――


「きゃっ!」


水しぶきが観客席に飛んできた。

咄嗟にレイが腕を伸ばし、ステラの前に立ちはだかる。

代わりにレイの頬やシャツが少しだけ濡れる。


「れ、レイ!?大丈夫?」

「ん?少しだけしかかかってないから大丈夫だ!バイオリンにもかかってないしな」

「そか……!よ、よかった!」


ステラはタオルを差し出し、レイの顔を拭こうと身を寄せる。

その瞬間――距離が一気に縮まった。

頬と頬、鼻先と鼻先が触れそうなほど。

レイはステラから目を反らし呟く。


「……なんか照れる」

「……っ!!な、何がっ?!」


ステラは真っ赤になって慌てて離れるが、耳まで赤い。

レイは平然とした顔で水を払うが、目元は少し笑っていた。


「案外俺達よりもイルカのほうがサービス精神あるかもな」

「えっ!?」

「だって、こんなにも沢山の観客を喜ばせてくれる

だろ?凄いよ。実際」

「……私は、さっきのレイのほうが嬉しかったけど」

「え?」


小さく漏れたその言葉に、レイは一瞬固まり、そして咳払いで誤魔化した。


その後もイルカたちは見事なジャンプや輪くぐりを披露し、会場は歓声に包まれる。

だがステラの胸の鼓動は、イルカの飛沫よりもずっと大きく跳ねていた。


--

夕方、橋を渡り、新江ノ島へ。

海風が少し涼しくなり、潮の香りが濃くなる。


「水族館も楽しかったけど、ここからが本番だよ!」

「参道の食べ歩きだろ」

「そうそう!今日はぜーったい食べ尽くすんだから!」

「昼あんなに食って、よく腹にはいるな?それと財布が死ぬ」

「レイがごちそうしてくれるんでしょ?」

「誰が言った」

「え、幼なじみ割引でしょ!」


くだらないやり取りを交わしながら、二人は参道へと足を踏み入れていく。

参道に入ると、店から漂う磯の香りが食欲を誘った。


「レイ!ほら見て!揚げたてのコロッケ!」

「さっき昼6個、食ったばっかだろ」

「別腹です!」

「女子かお前は」

「女子ですけど!」


言い合いながら、結局二人でコロッケを半分こする。揚げたての熱さに「あちっ」と声をあげるステラを見て、レイは思わず吹き出した。


--

夕陽が沈み始め、島の坂道を江ノ島エスカーで登っていく。


「歩いてたらきつかったかもな」

「レイ、ダンス科でしょ?体力ないな~もう」

「ステラは元気だな!てもここは楽したほうがいいだろ?」

「まぁそうだね!それに今日一日歩いたもんね!」


そんな会話をしながら二人は灯りが点り始めたサムエル・コッキング苑へとたどり着く。


このあと、夜のサムエル・コッキング苑で運命を変える出来事が待っていることを、まだ二人は知らなかった。


--

サムエル・コッキング苑に到着する。夜空に綺麗な満月と無数の星が輝いていた。

そして江ノ島のシンボル、シーキャンドルの周りを歩いていたレイとステラが、ふと広場の隅に人だかりを見つける。


「……あれ、なに? 人が集まってる」


ステラがそう言い近づくと、そこには黒いグランドピアノが置かれていた。


「――っ! ぴ、ピアノ!?」


ステラは思わず声を上げ、瞳を輝かせる。


「こんなところに……どうして?」

「期間限定のイベントみたいだな。誰でも自由に弾いていいって」

「ええっ!? すごい……!」


ステラは駆け寄りそうな勢いで足を進めかけ、はっと立ち止まる。

そして隣のレイを振り返った。


「ねえレイ……今バイオリンが手元にあること運命だよ……きっと……」

「ん?」

「私……レイと一緒に、ここで弾いてみたい」


ステラの声は期待と緊張で震えていた。

彼女の目に浮かんでいたのは、セナのライブでダンスをするレイの姿。

そして、自分もあの舞台の輝きに並びたいという強い気持ち。


レイは一瞬、視線を逸らした。

胸の奥に、忘れたくても忘れられない記憶がよみがえる。

――七年前。

「天才バイオリニスト」ともてはやされ、華やかな舞台に立った日々。

だが、喝采と同じ数だけ押し寄せてきた重圧に、心は押し潰された。

両親の期待、世間の眼差し……。

やがて彼は、人前でバイオリンを弾くことをやめた。


「俺は」


唇がかすかに動く。

言い訳をしようと思えばいくらでもできる。

けれど、目の前の幼なじみは、ただ真剣な眼差しで待っている。


「レイ……」


ステラは小さな声で続けた。


「たった一度でいいの。レイと一緒に、人前で音を奏でてみたい。あのセナさんと踊ってたみたいに……私もレイと並んでみたいの」


その言葉に、レイの胸が熱くなる。

彼女は過去の自分の傷も知っている。それでもなお、手を伸ばしてくれる。

しばし沈黙のあと、レイは小さく笑った。


「……俺も、いつかは過去の自分を変えなきゃって思ってた」


そしてゆっくりと、ケースからバイオリンを取り出す。


「いいよ。やろう」


ステラの目がぱっと輝いた。


「ほんとに……!?」

「ああ。ステラとなら――俺はきっとできる」


二人はピアノの前にゆっくりと向かう。会場のざわめきが徐々に静まっていく。

やがて訪れるのは、音楽が始まる予感に満ちた、澄んだ空気だった。

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