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第16章「アクシデント」

セナのライブ当日のネオ幕張アリーナの観客席。

巨大スクリーンにはカウントダウンが表示され、ざわめきと期待が渦を巻いていた。開演まで残り二時間――。


「……いよいよ本番だね」


ステラが緊張した様子でつぶやく。


「セナさん、大丈夫かな……」


レイは落ち着いた声で答えた。


「あいつはこの二週間、よくやったよ。昨日の最後の練習、見ただろ? ちゃんと人前で踊っても大丈夫なまでに仕上がってる。あとは――緊張とどう向き合うかだな」


ステラはその言葉に少しだけ安心したように息をつく。


「そだね。私もレイがそう言うなら信じるよ」


ユーリが伸びをしながら大げさに笑った。


「まあ心配すんなって!あのセナ=フォスターだぜ?本番になったら観客の前でド派手に決めてくれるさ!俺の経験上、セナ嬢は練習より本番のほうが輝くタイプだな」

「け、けど……」


アルヴァンが小声で口を開いた。


「人って、本番になると急に足がすくんだりするから……セナさん、大丈夫かなって。あんなに頑張ってたの見てるから、逆に心配で……」


彼の優しい眼差しに、ステラが小さく微笑んで頷く。


アオイは腕を組み、冷静に言葉を添えた。


「努力が裏切ることはないわ。緊張は……自分を信じきれるかどうかの証明でもあるの」


「おーし!」とユーリが急に立ち上がりそうになり、周囲の観客ににらまれて慌てて腰を下ろした。


「じゃ、俺らは全力で盛り上げてやるしかねぇな! ペンライト振りまくって声張り上げて!」

「迷惑かけない程度にな」


レイの冷静なツッコミに、仲間たちは思わず笑った。


そんなとき――。

レイのポケットでスマホが震える。画面に表示された名前を見て、彼は眉をひそめた。


「……セナ?」


周りがざわめきを止めてレイを見つめる。

レイは短く「すまん」と言い、通話に出た。


『……レイ、ちょっと来てほしいの。どうしても……!』


受話口から切羽詰まったセナの声が飛び込んできた。

観客席に緊張が走る。

ライブ本番まで残り二時間。――セナに、何が起きたのか。


レイはスマホを耳から離し、短く息をついた。

表情は普段よりも険しく、仲間たちは思わず息をのむ。


「セナになんかあったみたいだ。ちょっと行ってくる!」


隣のステラが慌てて身を乗り出す。


「えっ!? ま、待ってレイ! ひとりで大丈夫なの?」


レイは落ち着いた声で答えた。


「大丈夫だ。すぐ戻る」

「……っ」


ステラは唇を噛みしめながらも、彼の真剣な眼差しにそれ以上言葉を重ねられなかった。

ユーリが気まずそうに後頭部をかきながら口を開く。


「ったく……本番前に何が起きたんだよ。セナ嬢……」


アルヴァンは心配そうに手を握りしめた。


「……セナさん、大丈夫だよね……」


アオイは表情を崩さず、静かに頷いた。


「信じるしかないわ」


レイは軽くうなずくと、人混みをかき分けながら通路へと足を進めていった。

ざわめく会場の音が背後で遠ざかっていく。

本番まで残りわずか――楽屋へと急ぐレイの胸には、嫌な予感が渦巻いていた。


--

ネオ幕張アリーナ・舞台裏。

ざわめくスタッフたちの声が交錯し、緊張が張り詰めていた。

急ぎ足で楽屋へ向かったレイは、ドアを開けるなりセナの姿を見つける。


彼女はソファに座り込み、顔を伏せていた。肩が小刻みに揺れている。

周囲にいたマネージャーのキサが、慌ただしい声で事情を説明する。


「リハーサル中に四人のバックダンサーの一人が足をひねってしまって……本番は無理だと。最後にセナが歌うシャイニング・ブレイズの振り付けが特殊で、代わりを入れる時間もないの。対応できるのは……この振り付けを考えた本人――レイ君、君しかいないのよ。」


一瞬、空気が止まった。

セナは涙を堪えきれず、赤くなった目をレイに向ける。


「……お願い、レイ。踊って……」


声は震えていた。


「それに……レイが後ろで踊ってくれたら、私、失敗しない気がするの……」


その表情は今にも泣き出しそうで、必死に縋るような目をしていた。


レイはしばらく黙ってセナを見つめる。

この二週間、彼女が必死に練習してきた姿。何度も転んでも、悔し涙を流しながら立ち上がってきた姿。――誰よりも近くで見てきたのは自分だ。


深く息を吐き、彼はゆっくりと頷いた。


「わかったよ」


その声には迷いがなかった。


「この二週間、セナの努力を誰よりも近くで見てきた。だから俺も、無駄にはしたくない。……バックダンサーは他の曲でも踊るんだろ?どんなのか教えてくれ!始まるまでに完璧に覚える!」


セナの瞳が大きく揺れ、次の瞬間、安堵と涙が入り混じった笑顔が浮かんだ。


「……ありがとう、レイ」


外からは観客の歓声がますます大きく響いてくる。

残された時間は、わずか。

だが二人の決意は、揺るがなかった。


--

スタッフが慌ただしく出入りする楽屋の奥、ふと二人きりになれる一瞬が訪れた。

衣装に着替えたセナは、まだ緊張を隠せない様子で指先をそわそわといじっている。


「……セナ。お前もやっぱり緊張するんだな?」


レイが呼びかけると、彼女はびくりと肩を震わせた。


「な、なに……?あ、当たり前じゃない」


声がわずかに裏返る。

レイはポケットに手を入れ、小さなチェーンを取り出した。

光に照らされて揺れるそれは――セナが以前のライブで落とし、レイが拾って以来ずっと預かっていたものだった


「これ……返す」


彼の掌にのせられたのは、銀色に輝く小さなネックレス。


「……!」


セナの瞳が大きく揺れる。


「それ……」

「お前のお守りなんだろ? 母さんの形見だって言ってた」


レイは柔らかい声で続ける。


「今日くらいは、これがあった方が落ち着くんじゃないかと思ってさ」


セナは両手でそっと受け取り、胸の前に抱きしめる。


「そうね……ありがとう。」


その声は震えていたが、どこか安心したようでもあった。レイはわずかに口元を緩める。


「それにバックダンサーには俺がいる。だから心配するな。」


ネックレスを握りしめたセナの頬に、ほんのり赤みが差す。


「……うん」


か細い返事とともに、彼女は深く息を吸い込んだ。


--

舞台袖。

暗転したステージの向こうでは、観客のざわめきが地鳴りのように響いていた。

本番開始まで――あと数分。


緊張に包まれた空気の中、セナは深呼吸を繰り返していた。胸の奥が締めつけられるようで、足先まで震えているのが自分でもわかる。


ふと横を見ると、レイが落ち着いた表情で立っていた。

腕を組み、視線はステージへ。揺るがぬ姿が、ただそこにあるだけで、不思議と心がほどけていく。


――どうしてだろう。

レイが側にいるだけで、こんなにも安心する。


母の形見のネックレスをぎゅっと握りしめながら、セナは胸の奥でそっとつぶやいた。


(大丈夫。私にはレイがいる。きっと乗り越えられる……)


観客席の照明が落ちる。歓声が一層大きくなった。

いよいよ始まる。

セナは震える息を吐き、レイの横顔を一瞬だけ見つめる。

そして――決意を瞳に宿し、前を向いた。

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