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第14章「約束」

日曜日の昼過ぎ。

ネオ横浜・シティの中心街にあるレンタルダンススタジオ。ガラス張りの窓から差し込む陽射しは柔らかく、磨かれた床の上に明るい光を落としていた。


レイとステラは、床に腰を下ろしてお弁当を広げている。今は休憩時間だ。

ユーリは女の子とデート、アルヴァンはアルバイト、アオイは家庭の事情で今日は不参加。だからスタジオには三人だけの空気が流れていた。


「はぁ〜……お腹すいたわぁ!」


セナが豪快にサンドイッチを頬張る。その額には細かな汗が残り、ここまで全力で練習してきたことを物語っていた。


レイはその様子を横目で見ながら、水の入ったボトルを口に運ぶ。


この一週間。

彼の教えに、セナは必死にくらいついてきた。

派手なパフォーマンスに見えても、細かい動きは繊細さを要する。体力も、集中力も、そして歌いながら踊るための持久力も。普通なら心が折れてもおかしくない。

だが、セナは一度も弱音を吐かなかった。

何度も転び、膝を擦りむいても、悔しそうに唇を噛んで立ち上がり、何度でも挑んだ。


「……おいしい!」


頬を膨らませてサンドイッチを噛みしめるセナ。その笑顔がまぶしいほどに輝いて見えて、レイは思わず小さく笑った。


「どうしたの? レイ」


不思議そうにセナが首をかしげる。


「いや……」


レイは一瞬言葉を探し、それでも優しい表情で率直に口を開いた。


「セナ、お前……本当に頑張ってるなって思ってさ。そういうとこ……いいと思う」

「えっ……」


セナはサンドイッチを持ったまま固まり、少しだけ目を丸くする。

次の瞬間、頬が真っ赤に染まった。


「な、なによ……急に……。あたりまえでしょ、私は『情熱の歌姫』セナ=フォスターなんだから!」


照れ隠しのように声を張るが、耳まで赤くなっていた。


そんな二人のやり取りを見ていたステラは――むむっと唇を尖らせる。


(セ、セナさんばっかり褒めて……!)


そして唐突に、手に持っていたおにぎりをグイッとレイの方へ突き出した。


「レイ!ほら、私のおにぎりも食べなさい!」

「え? いや俺、もう弁当――」

「いいから!」

「ちょ、ちょっと……むぐっ!」


強引におにぎりを口に押し込まれ、レイは目を白黒させる。


「ど、どうだ! おいしいだろ!」


勝ち誇ったように胸を張るステラ。

セナは吹き出して肩を揺らす。


「なによそれ、子供っぽい!」

「べ、別にセナさんばっかり誉められてズルいなんか思ってないんだからね!」


ステラは真っ赤になって慌てて否定したが、二人の前での挙動はどう見てもやきもち以外のなにものでもなかった。


--

夕方、レッスンが終わりダンススタジオを出ると、街はオレンジ色の光に包まれていた。

近くの交差点で「じゃあ、また明日ね!」とセナが手を振り、逆方向へと駆けていく。残されたのはレイとステラの二人だけ。


信号待ちの横断歩道。車のライトがちらほら点き始め、街のざわめきが夕暮れの空気を揺らしている。

レイは無造作に手をポケットへ突っ込みながら歩き出し、隣にはやや緊張した様子のステラが並んでいた。


(い、言うなら今しかない……!)


ステラは心の中でぐるぐる考えながら、何度も口を開いては閉じる。


「……あ、あのね! レイ!」


突然声を張りすぎて、通行人がチラッと振り返る。ステラは慌てて咳払いをした。


「えっと……その……セナさんのライブが、無事に終わったら――」


レイが横目で彼女を見る。


「ん?」

「し、新江ノ島に……あ、あそびに行かない!? 江ノ島水族館とか、えっと……その……!」


勢いで言ったものの、顔は真っ赤。手はぶんぶんと宙を泳ぎ、今にも爆発しそうなくらい挙動不審になっていた。


レイは思わず吹き出す。


「ははっ……なんだよそれ。別にいいじゃねぇか」


そして肩をすくめ、少しだけ口元を緩めた。


「そうだな。この山場乗り切ったら、ぱぁーっと遊ぶか」

「……っ!」


その瞬間、ステラの表情がパァァッと輝いた。


「や、やったー! よしっ!」


小さくガッツポーズを決める姿は、子供のように純粋で可愛らしい。


「そんなに嬉しいのか?」


微笑みながらそう問いかけるレイに、ステラはぷいっと横を向いた。


「べ、別にっ! ただ……たまには息抜きも必要でしょ!」


しかし耳まで真っ赤なのは隠せず、信号が青に変わった瞬間、早足で先を歩き出した。

レイはその背中を見て、苦笑しながら追いかける。


夕暮れの街に、二人だけのやり取りが溶けていった。

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