第12章「シャイニング・ブレイズ」
「いやいやいやいや!!」と四重奏のように重なった叫びが、星見ヶ丘の草原にこだました。
その場にいた誰もが一斉にツッコミを入れる。
レイは両手で頭をがしがし掻きむしりながら、大きく息を吐いた。
「はぁ……もういい。とりあえず。セナ」
「な、なによ?」
「お前が振り付けを丸投げしてきたのは理解した。だけど俺が考えるにしても――まずは曲を知らなきゃ話にならないだろ?一回その曲をここで歌ってくれないか?」
「えっ?ここで?まぁこの時間、この丘に私達以外いないみたいだしいいけど……」
「頼む。お前がそのライブで披露する新曲、歌とメロディを聴かなきゃ、どう振りをつけるかイメージすらできねぇ」
そう言うと、仲間たちも一斉にうなずいた。
「そ、そうだよね……!」とアルヴァン。
「基礎資料もなしに作れるわけないしな!」とユーリ。
「音楽に合わせて初めてダンスは輝くのよ」とアオイも冷静に付け加える。
セナはきょとんとした顔でレイを見て、ぽんと手を打った。
「そういうこと……!最初に聴かせないと始まらないのね!」
「……まさか今気づいたのかよ」
レイが肩を落とす。
ステラは苦笑を浮かべながら、セナに向かって少し心配そうに言った。
「でも……セナさん、ここで新曲なんて歌っちゃって大丈夫なの?レイだけじゃなくて私達もいるけど……」
「平気よ!」
セナは胸を張り、得意げに笑った。
「信頼できる人しかいないんでしょ?なら問題ないわ!録音してももちろんいいわよ!」
そう言うと、彼女はスマホを取り出し、スピーカーへと繋げた。
「――じゃあ、聴いてもらうわね。私の新曲--『シャイニング・ブレイズ』!!」
そう言って再生ボタンを押す。
瞬間、星見ヶ丘に流れ出したのは煌めくようなイントロだった。
透明なピアノの旋律に、疾走感のあるビートが重なり、まるで夕焼け空を突き抜ける光の矢のように駆け抜けていく。
そこに重なるセナの歌声。
澄んでいながら、炎のような情熱を帯びた響く。
その歌詞が風に乗り、空へと放たれるたび、仲間たちの胸を震わせた。
「……すげぇ」
ユーリが思わず息を漏らす。
「こんなの、生で聴けるなんて……」
アルヴァンは呆然と口を開けたまま。
アオイは腕を組みながらも、唇の端をわずかに持ち上げる。
「さすがね……これが“本物の歌姫”」
ステラも胸に手を当て、言葉を失っていた。
「……!!」
だが、誰よりも真剣な眼差しをしていたのはレイだった。胸の奥で――燃え上がる炎を感じていた。
彼は一歩前に出て、夕陽を背に立つセナの姿を見つめる。
「シャイニング・ブレイズ、か……」
呟きながら、彼は曲のリズム、歌詞の意味、展開の抑揚を一つ一つ頭に刻み込んでいく。
二週間後、この歌に命を吹き込むダンスを完成させるために。
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やがて、最後のサビを歌い切ったセナの声が夕暮れの空に消えていった。
草原を吹き抜ける風の音だけが残り、全員がしばし言葉を失う。
最初に口を開いたのはユーリだった。
「……やっぱ反則だろ、あれ。声量も表現力も、次元が違うわ。マジで全身鳥肌立った……」
アルヴァンは目を丸くしたままポツリと呟く。
「こ、これが人気のトップシンガー……同じ高校生とは思えない……」
それぞれが称賛を口にする中、ステラは一人、胸の奥をぎゅっと掴まれたように立ち尽くしていた。
夕陽に照らされるセナの横顔、その歌声、その姿――。
(……悔しい……でも、綺麗……)
胸の奥に湧き上がる嫉妬と憧れが入り混じった感情に、彼女は思わず視線を逸らした。
けれど耳には、まだセナの歌声が残響のように鳴り響いている。
「セナさん……ほんとに……すごい」
気づけば、かすれた声でそう漏らしていた。
一方セナは照れくさそうに笑い、肩をすくめる。
「でしょ? だから絶対に踊りも入れたいの。完璧なステージにしたいから」
仲間たちの視線が自然とレイへと集まる。
レイは腕を組み、しばし黙り込んでいた。
頭の中で曲の展開をなぞり、リズムと動きのイメージを必死に繋ぎ合わせていく。
やがて目を開き、自信に満ちた表情でセナに向かって言い切った。
「セナ。明日のこの時間までに、振り付けの構成を間に合わせる。俺が必ず『情熱の歌姫』を最高に輝かせてやるよ!」
その言葉に全員がざわめいた。
「はぁっ!? おいおい、いくらなんでも無茶すぎだろ!」
「レ、レイ君! そんな短時間で完成なんて……!」
ユーリとアルヴァンが目を見開き驚きの声をあげる。それからアオイも目を細めて彼を見つめる。
「……ふふっ、やっぱり無茶苦茶。でも、そういう無茶に挑むほうがレイらしいわ」
ステラは驚きで目を丸くし、思わず叫んだ。
「レイ、ほんとにやるつもりなの!? 二週間しかないのに……無理して――」
だがレイは軽く片手を上げて制した。
「二週間しかないからこそ、明日までに形を作る必要があるんだ。基礎ができなきゃ練習も始まらない。……ということで明日学校サボって家に引きこもるから」
その真剣な眼差しに、ステラは言葉を飲み込む。
胸の奥がざわつきながらも、彼の決意の強さに何も返せなかった。
セナは一瞬だけ目を丸くし――すぐに笑顔を弾けさせた。
「やっぱりレイならそう言ってくれると思った! じゃあ明日の放課後、ここでね!」
「ああ!覚悟しておけよ!きつい振りになるかもしれないからな!」
「望むところよ!」
夕陽を背に向かい合う二人。
そのやり取りは、まるで本当の戦いを前にした宣言のようだった。




