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【国家反逆罪】ボンボン二世議員、政界の闇に立ち向かう  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
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第9話:父が遺した三重の戦場

国立国会図書館の、静寂に満ちた閲覧室。

父が遺した暗号を解き明かした陸、浅野、橘の三人は、事務所に戻ると、改めて三冊の複写資料と、そこから取り出した三枚の極小マイクロSDカードをテーブルの上に並べた。米粒の四分の一ほどの黒い点が、まるで巨大な陰謀の凝縮された核のように見えた。


「問題は、どうやってコイツを読むか、だ」

橘が、ピンセットで一枚をつまみ上げ、眉をひそめた。

「俺が持ってるリーダーじゃ、規格が小さすぎて物理的に入らねえ。それに、ただのカードじゃねえだろう。親父さんが、何重にもプロテクトをかけてるはずだ。下手にいじったら、データが全部消し飛ぶ可能性もある」

橘の言葉に、陸と浅野は顔を見合わせた。最強の武器を手に入れたはずが、その使い方が分からない。まるで、開け方の分からないパンドラの箱だ。


「……アキバの裏通りにでも行けば、こういうのを読み解くゴッドハンドのハッカーがいるかもしれねえが……」

橘が冗談めかして言った、その時だった。

「陸さん」

それまで黙って考え込んでいた浅野が、意を決したように口を開いた。


「お父……誠二先生も、信頼されていた政策秘書。遠藤えんどう 圭介けいすけさんならどうにか出来るかもしれません」

「遠藤さん……?」

陸は、その名前を聞いて首を傾げた。父の代からの秘書官の一人だが、地盤や後援会を一緒に回るタイプの秘書ではなかった。あくまで浅野の部下の一人という印象しかなかった。

浅野は、陸の疑問を察したように、静かに語り始めた。

「遠藤さんは、もともと国内最大手のIT企業で、サイバーセキュリティ部門のエンジニアでした。ですが数年前、我が国の基幹システムが大規模なサイバー攻撃を受けた事件を覚えていらっしゃいますか」

「ええ、確か、数日間にわたって行政サービスが麻痺した……」

「はい。遠藤さんは、その事件で国の防衛システムがいかに脆弱かを痛感し、全てを投げ打って、自ら官僚の道を志したのです。日本の盾になるために」

浅野の目には、遠藤という人物への深い敬意が浮かんでいた。

「しかし、彼の優秀すぎる能力と、民間出身者ならではの既得権益に囚われない正義感は、旧態依然とした霞が関では煙たがられました。不遇をかこっていた彼を、その類稀なる才能を見抜いて一本釣りなさったのが、誠二先生だったのです」

陸は、初めて聞く父と一人の秘書との物語に、息を呑んで聞き入っていた。


「誠二先生のデジタル関連は、すべて遠藤さんが一手に引き受けておられました。このマイクロSDカードの存在も……もしかしたら、遠藤さんだけが知る、先生との共同作業だったのかもしれません」

父が、絶対の信頼を置いていた男。

「……分かりました。遠藤さんに、話してみましょう」


陸は、力強く頷いた。

議員会館の、陸の事務所とは別のフロアにある一室。それが、政策秘書である遠藤の仕事場だった。橘は、「内輪の話だろう。俺は外でタバコでも吸ってるさ」と言って、廊下で待つことになった。


ドアを開けると、そこにいたのは、シャープな銀縁の眼鏡をかけた、三十代後半の痩身の男だった。物腰は柔らかいが、その目の奥には、全てを見透かすような鋭い光が宿っている。


「陸さん、浅野さん。どうかなさいましたか」

陸が事情を説明し、三枚のマイクロSDカードを差し出すと、遠藤は目を見張った。


「誠二先生が……こんなものを……」


彼は驚きを隠せない様子だったが、すぐにプロの顔に戻ると、自身のノートパソコンに指紋認証でログインし、いくつもの周辺機器を接続し始めた。


「……これは、通常の規格ではありませんね。先生と私の間で決めていた、特殊な暗号化が施されています。ですが、ご安心ください。必ず、開いてみせます」

遠藤がキーボードを叩き始めると、画面には常人には到底理解できないプログラムコードが、滝のように高速で流れ始めた。

長い、沈黙の時間だった。

やがて、遠藤の指が止まる。


「……開きました。第一のファイルから、表示します」

画面に映し出されたのは、インフラ法案の受け皿企業『日ノ本基盤ソリューションズ』と、中国のフロント企業との、黒い金の流れを示す相関図だった。遠藤が、複雑な送金データを瞬時に図式化したのだ。


「これは……明白な外患誘致のスキームです。言い逃れのできない、完璧な証拠です」

続けて、第二、第三のカードのデータが、遠藤によって解き明かされていく。


「第二のカードです。北海道と富士山麓の地図データですね。赤くマーキングされた区画は、地政学的に極めて重要な水源地ばかりです。登記情報を照会しないと断定できませんが、先生が日本の『水』に何らかの危機感を抱いておられたのは、間違いないでしょう」


「第三のカード……これは、不可解です。いくつかの市民団体やインフルエンサーのアカウント名のリスト。そして、これが何を意味するのか……暗号キーのような文字列。現時点では、これだけでは何も分かりません」


明確になった一つの巨大な陰謀と、新たに生まれた二つの巨大な謎。

陸と浅野は、父が戦っていた相手の途方もない巨大さに、言葉を失った。

解析を終えた遠藤は、静かに陸に向き直った。


「陸さん。誠二先生が遺されたこの戦い、あまりに巨大すぎます。ですが、先生があなたを信じてこれを託されたのなら、私にも、そのご遺志を継ぐ義務がある。これより、私もあなたのチームの一員として、この身を捧げます」

その言葉は、力強く、そして誠実な響きを持っていた。

陸は、力強い仲間を得た。


だが、心のどこかで、言いようのない不安が芽生えていた。浅野、橘、そして遠藤。それぞれが、父との間に、自分だけが知らない繋がりを持っている。彼らは皆、頼りになる味方だ。だが、この中に、もし――。


「親父、あんたは一体、何と戦ってたんだ……。なぜ死ななくてはいけなかったんだ」

陸は、ホワイトボードに書き出された、三重の戦場の構図を睨みつけながら、呟いた。

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