第13話:小さな一歩
陸が発見した臨海地区の学校給食における不自然なコストの上昇。
それは巨大な闇を照らすには、あまりにも小さな光だった。
だが父・誠二が教えてくれた。
「小さな綻びこそが、巨大な嘘を暴く糸口になる」と。
「美鈴さん、このコスト差の原因となっている業者と流通ルートを徹底的に調べてください」
陸の指示に美鈴は「承知しました」とだけ答え、その指が猛烈な勢いでキーボードの上を踊り始めた。
数時間後、美鈴の分析によって奇妙な商流が浮かび上がった。
「陸さん、奇妙です」
美鈴はモニターに表示した流通図を指さした。
「食材を納入しているのは都内全域で契約している大手の『東都フーズ』です。ですが臨海部の学校にだけ彼らは直接納品していません」
「直接じゃない?」
「はい。一度第三埠頭にある『東京ベイフーズ』という別の会社を経由しています。この会社は設立されてまだ一年。東都フーズから食材を仕入れ、それをすぐ近隣の学校に再配送している。この不自然なワンクッションが15%のコストアップの正体です」
陸はその報告を聞き、橘に連絡を入れた。
電話の向こうで橘が低い声で笑った。
「東京ベイフーズ、ね。いかにもな名前だな。第三埠頭経由で15%の上乗せか。普通に考えりゃ、ただの中抜き業者だ。でもな、陸」
橘の声が急に真剣になった。
「お前の親父さんを消すような連中が、たかが給食費の中抜きなんてセコい真似で満足するか? これは氷山の一角だ。何か別の目的で作られた会社が、表向きの事業として給食を扱ってるだけかもしれねえ」
一呼吸置いて、橘は続けた。
「面白くなってきたじゃねえか。俺の勘が言ってる。この『東京ベイフーズ』を掘れば、もっとデカい穴が開く。任せとけ、徹底的に洗ってやる。設立の経緯、役員構成、資金の流れ、全部だ」
「お願いします」
陸は力強く答えた。
橘の調査を待つ間、陸は自らの本来の職務に没頭した。文教委員会の都議会議員として。
彼は書庫に籠もり、埃をかぶった過去の条例のファイルと格闘を続けていた。その中で陸は一つの条例に目を留めた。
『学校プール水質管理条例』
制定されたのは30年前。バブル期に作られた古い条例だった。
陸はその条文を現在の国の安全基準や水道法の基準と一つ一つ照らし合わせていった。そして見つけたのだ。
「……塩素濃度の下限値が低すぎる。今の基準と明らかに乖離している……」
それは地味な、誰も気に留めないような古い条例のたった一行の記述。だがアレルギーを持つ子供たちにとっては健康を左右しかねない重大な問題だった。
陸はすぐに条例の改正案を作成し始めた。専門家や他の議員に頭を下げて意見を聞いて回る。
「高遠先生、なぜ今更そんな古い条例を?」
「もっと派手なテーマはいくらでもあるでしょう」
ベテランの議員たちからは冷ややかにそう揶揄された。だが陸は諦めなかった。
そして一ヶ月後。
文教委員会の席で陸が提案した改正案は、全会一致で可決された。
その日の夜、事務所で陸は小さな達成感に包まれていた。
それは国政を揺るがすような大きな戦いではない。だが確かに自分の手で何かをより良い方向に変えることができた。その実感が陸の心を温かく満たしていた。
それは彼にとって都議としての初めての成果。小さいが確実な一歩だった。
陸のその地道な活動は少しずつ人々の注目を集め始めていた。
SNSである母親の投稿が話題になったのだ。
『高遠陸都議が学校のプールの古い条例を改正してくれたらしい。うちの子、塩素アレルギーだから本当にありがたい。こういうことちゃんと報道してほしいな。#ちゃんと仕事してる都議』
そのハッシュタグは静かに、しかし確実に広まっていった。大手メディアは相変わらず綾小路雅人の動向ばかりを追いかけ、陸の活動を無視し続けた。
だが、ある日、千鶴が一枚の新聞を嬉しそうに事務所に持ってきた。港区の小さな地域紙だった。その一面に陸の特集記事が組まれていた。
『派手さはないが、確実に都民のためになることを。高遠 陸都議、学校の安全基準を地道に改革』
その記事を事務所の仲間たちが食い入るように見つめている。その顔は皆、誇らしげだった。
陸は少し照れくさかった。だが胸の奥が熱くなった。
自分は一人じゃない。
自分の仕事を見てくれている人がいる。応援してくれる人がいる。
その想いが陸に、再び巨大な敵と戦うための勇気を与えてくれていた。
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