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【国家反逆罪】ボンボン二世議員、政界の闇に立ち向かう  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
第二章「東京湾の罠」
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第12話:小さな違和感

都議会議員として初登院してから一ヶ月が過ぎた。季節は初冬へと向かい、銀杏並木が色づき始めた頃。陸は、選挙戦を支えてくれたボランティアスタッフ一人ひとりを招き、ささやかな感謝の会を開いた。豪華な料理も有名な政治家の姿もない。千鶴や、労働者たちの妻が腕を振るった手料理と、缶ビールだけが並ぶ手作りの会だった。


陸は、主役の席に座ることなく、会場を回り一人ひとりの手を取って、頭を下げていた。

「あの雨の日、街角でビラ配りを手伝ってくれましたね。本当に心強かったです。ありがとうございました」

声をかけられた若い女性は、まさか顔を覚えられているとは思わず、驚きと感動で顔を赤らめた。

数回しか参加しなかった学生にも、陸は「君がSNSで俺たちの活動をシェアしてくれているのちゃんと見てたよ。ありがとう」と、声をかける。名前までは、必ずしも憶えているわけではない。だが、一度でも自分のために動いてくれた人間の顔と、その想いを陸は決して忘れなかった。その誠実な姿勢が人を惹きつけた。


会が終わりに近づいた頃、選挙戦で特に熱心に活動してくれた田中と吉見という二人の大学生が陸の元へやってきた。

「高遠先生」

法学部生の田中が緊張した面持ちで口火を切った。

「僕たちはただの学生で何の力もありません。でも時間だけはあります。これからも先生の戦いを手伝わせていただけないでしょうか」

「お願いします!」

社会学部の吉見が深々と頭を下げた。

そのあまりに真っ直ぐな瞳に、陸はかつての自分を重ねていた。

「……ありがとう」

陸は二人の肩を力強く叩いた。

「君たちのような若い力こそがこれからの戦いに必要なんだ。よろしく頼む」


しかし陸の都議としての戦いは、静かなる敗北から始まった。

所属委員会が発表され、陸が配属されたのは『文教委員会』。教育や文化を所管する、港湾問題とは全く無関係な委員会だった。

「……予測通りですね」

事務所で美鈴が悔しそうに呟いた。

「完全に港湾や都市開発の問題から隔離されました。綾小路派の巧妙な根回しです」

陸はただ黙って辞令の紙を見つめていた。敵は議会のルールを使い、合法的に陸の手足を縛ってきたのだ。


だが陸は腐らなかった。

「父ならこうしました」

彼は仲間たちに言った。

「どんな仕事でもそこに必ず何かがある、と。それにこれは俺が都民から託された大事な仕事ですから」

その日から陸は文教委員会に提出される全ての資料に丹念に目を通し始めた。学校の耐震工事の予算書、文化施設の改修計画、教科書の選定報告書。地味で退屈な数字と文字の羅列。


橘は時折事務所に顔を出すと、その姿を見て呆れたように言った。

「おいおい陸。PTAの役員にでもなったつもりか?」

しかし陸の机に積まれた資料の山を見て、橘は何かに気づいたようにふっと目を細めた。

「……いや、待てよ。お前の親父さんも最初はこうやって誰よりも地味な仕事から始めたんだったな。膨大な資料の中からたった一つの矛盾点を見つけ出して、そこから巨大な汚職を暴いた。……大物を釣るにはまず餌を撒く。そういうことか」

陸は顔を上げずにただ小さく笑った。


そしてその日は訪れた。

深夜の事務所。陸が一人最後の資料に目を通していた時だった。

それは都内の公立小中学校の『給食食材調達コストに関する年次報告書』。分厚いファイルの一番最後に綴じられていた、誰も気に留めないようなただの統計資料。

だがその数字の羅列の中に、陸は僅かな、しかし確実な「ノイズ」を発見した。

「……美鈴さん、このデータをすぐにグラフ化してくれないか」

陸はオンラインで待機していた美鈴にデータを送った。

数分後、送り返されてきたグラフを見て陸は確信した。都内23区のほとんどの学校で調達コストはほぼ均一。だがたった三つの区…港区、江東区、品川区。その臨海部の学校だけが他の地区に比べて平均で15%以上も調達コストが突出して高いのだ。


陸は事務所の壁に貼られた巨大な東京都の地図の前に立った。

コストが異常な臨海部の三つの区。

そこは綾小路雅人が「スマートシティ計画」の中核と位置付けるベイエリア。

そしてあの国籍不明の警備員が守る謎の倉庫群がある第三埠頭を含むエリアだった。

(ただの偶然か……?)

陸は報告書の小さな数字をもう一度睨みつけた。


「配送ルートの問題か? いや距離だけでこれほどの差が出るはずがない。それに納入している業者はどこも同じだ。ならばなぜ……? いや、これは……」


陸はまだ気づいていなかった。

自分が今手にしているこのささやかな「給食費の謎」が、綾小路雅人の巨大な牙城を崩す最初の突破口になるということを。

そしてこの些細な発見が、父・誠二もかつて辿り着きかけた真実への最初の一歩だということを。

窓の外では東京の夜景が静かに瞬いていた。

巨大な都市の片隅で一人の若い都議が見つけた小さな違和感。

それがやがて東京を、いや日本を揺るがす大きな波紋となることを、まだ誰も知らない。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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