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【国家反逆罪】ボンボン二世議員、政界の闇に立ち向かう  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
第二章「東京湾の罠」
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第11話:新たな戦場へ

陸が都議会議員に当選してから、一ヶ月が過ぎた。


その朝、陸の事務所に一通の封書が届いた。差出人の名前はない。

中には、たった一行。

『都議会へようこそ。君の父上も、ここで敗れた』

手紙を握りしめる陸の手が、かすかに震えた。


季節は、晩秋。神田の裏通りに、陸は、新たな事務所を構えた。ガラス張りの、日当たりの良い、小さなオフィス。表向きは、フリーのゲームクリエイター高遠 陸の仕事場。だが、その裏では、日本の首都を蝕む、見えない敵との戦いを続けるための、新しい司令塔だった。


事務所開きの日。

そこには、選挙戦を共に戦った、港湾労働者や、ボランティアの学生たちの、明るい笑顔が溢れていた。

「先生! これからも、応援してます!」

「俺たちの声を、頼みます!」

その熱い声援に、陸は、改めて、自らが背負うものの重さを感じていた。


美鈴は、早速、政策秘書として、事務所のITインフラを構築している。その手際の良さは、まさにプロフェッショナルだ。千鶴は、地域担当として、支援者一人ひとりに、深々と頭を下げて回っていた。彼女の誠実な人柄が、陸の選挙戦を支えた、最大の力だった。


事務所の喧騒から、少しだけ離れて。陸は、スマートフォンの画面を開いた。

そして、あのレトロゲームのアプリを起動する。浅野に、事務所開きの報告をしたかったのだ。


『事務所、開きました。皆、元気にやっています。いつでも、遊びに来てください』


メッセージを送信した瞬間、画面にエラーが表示された。

『このユーザーは存在しません』

陸は目を疑った。昨日まで確かに存在していたアカウントが、跡形もなく消えている。

まるで、浅野恭子という人物が、この世から消し去られたかのように。


その時、事務所のテレビが、臨時ニュースを伝えた。

『都議会、本日、新しい会派として、「東京フロンティア」が、正式に結成されました。代表には、綾小路雅人氏が推薦した、元IT企業役員の藤堂健介氏が就任…』


画面には、藤堂健介を中心に、元IT企業の役員や、都市開発の専門家たちが、ずらりと並んでいる。その姿は、若さと、知性に溢れ、新しい時代の到来を、鮮烈に印象付けていた。


そして、カメラが引くと、最後列に立つ一人の男の姿が映し出された。

綾小路雅人。

議員ではない彼が、なぜかその場にいた。まるで、真の支配者が誰であるかを、暗に示すかのように。


記者会見で、藤堂が語り始めた。

「我々『東京フロンティア』は、綾小路雅人氏のビジョンを実現するために結成されました。東京を、世界で最もスマートな都市にする。そのためには、古い既得権益と戦わなければならない。例えば、非効率な港湾運営。あれは、もはや時代遅れの遺物です」


カメラが再び綾小路を捉えた。彼は満足げに頷いている。その背後には、中国系IT企業のロゴが並んでいた。

陸は拳を握りしめた。議員でもない男が、都議会最大会派を影から操る。その歪な構造こそが、新たな脅威の本質だった。


その夜。祝賀ムードが去った事務所で、陸たちは、初めて、都議会議員としての、作戦会議を開いていた。

だが、その席で、美鈴がもたらした報告は、陸たちを、いきなり絶望の淵に叩き落とすものだった。


「陸さん、都議会の仕組みについて、調べてみました。……正直、私達が考えていた以上に、厳しい戦いになります」


美鈴は、ホワイトボードに、都議会の構造図を描きながら、説明を始めた。


「まず、私達のような、一人会派の無所属議員は、議会の運営方針を決める、最も重要な『議会運営委員会』に参加することすら、できません。議題の選定、審議の時間配分、その全てが、私達の知らないところで、多数会派の談合によって、決められてしまいます」


「なんだと…?」

橘が、思わず声を上げた。


「それだけではありません」

美鈴は、さらに、厳しい現実を突きつけた。


「常任委員会。政策を、具体的に審議する、最も重要な場所です。多数会派であれば、毎年の重要事項に応じて、所属議員を、柔軟に入れ替えることができる。ですが、陸さんのような無所属の場合は、最初に決められた委員会に、原則、四年間、在籍し続けなければならないという、悪しき慣例があります」


「つまり……」


「はい。もし、陸さんが、港湾問題とは全く無関係な、例えば、福祉保健委員会に配属されてしまったら。四年間、『東京フロンティア』が進める『スマートシティ計画』について、議会で、直接、質問する機会すら、奪われてしまう可能性がある、ということです」


「それだけじゃない」

美鈴が、声を潜めた。

「都議会には、毎週木曜日の『朝食会』があります。主要会派の幹部だけが招かれる、完全招待制の会合です」


「朝食会? ずいぶん普通の名前だな」

橘が首を傾げた。


「それが巧妙なんです。ただの親睦会に見せかけて、実際はそこで都政の重要事項が事前調整される。議会での議論は、すべて出来レースというわけです」


美鈴は、データを示した。

「過去5年間、この朝食会で話し合われたと思われる議案の修正率は、わずか3%。つまり、ほぼ全てが事前の打ち合わせ通りに可決されています」


「そして……」

美鈴は、最後の爆弾を投下した。

「その朝食会に、議員でもない綾小路雅人氏が、『特別顧問』として毎回出席しているという情報があります。つまり、都議会の実質的な意思決定は、選挙で選ばれてもいない人物によって左右されている、ということです」


その場にいた全員が、言葉を失った。


橘が、重い口を開いた。

「……国会も、腐ってると思ったがな。こっちも、大概だぜ。都議会の予算は、16兆円。そこらの小国の、国家予算より多い。なのに、国会ほど、メディアの監視の目も行き届かねえ。スキャンダルが起きても、全国ニュースになることは、滅多にない。……奴らにとっては、まさに、やりたい放題の、無法地帯ユートピアってわけだ」


新たな戦場。それは、陸たちが想像していた以上に、ルールそのものが、敵に有利に作られた、不公平なフィールドだった。


奇跡の当選に、浮かれていた気持ちは、完全に消え失せていた。


陸は立ち上がった。

「確かに、俺たちは圧倒的に不利だ。ルールも、システムも、全てが敵に有利にできている」


彼は、父の遺影が飾られた壁を見つめた。

「でも、親父もきっと、同じ壁にぶつかったはずだ。それでも、最後まで戦い続けた。俺も、同じことをする。たとえ一人でも、この腐った都議会に、風穴を開けてみせる」


その瞳には、鋼のような決意が宿っていた。

港湾労働者たちのため、そして何より、この国の未来のために。


陸は、自分の事務所の、真新しいデスクを見つめた。

ここから始まるのだ。

国会よりも、さらに深く、そして、暗い闇が支配する、この場所で。


窓の外では、東京の夜景が煌めいている。

1600万人が暮らすこの巨大都市の中で、陸はたった一人の議員に過ぎない。

だが、たった一人でも、真実の声を上げ続ければ、いつか必ず、変化は起きる。

父が信じたように、陸もまた、それを信じていた。


闇が深ければ深いほど、小さな光でも、遠くまで届く。

都議会という新たな戦場で、陸の孤独な、しかし決して諦めない戦いが、今、始まろうとしていた。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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