第7話:本業?
東京港での実態調査から事務所に戻った陸たちを待っていたのは、衝撃的なニュースだった。
つけっぱなしにしていたテレビの画面が、臨時ニュース速報のテロップと共に切り替わる。
『速報:綾小路誠之介元大臣の長男・綾小路雅人氏、来たる都知事選への出馬を正式に表明』
画面には、高級ホテルの会見場で、無数のフラッシュを浴びながら、深々と頭を下げる綾小路雅人の姿が映し出されていた。年の頃は、三十代半ば。父・誠之介の面影を残しながらも、その雰囲気は全く違う。高級なイタリアンブランドのスーツを着こなし、その立ち居振る舞いは、まるでIT企業のカリスマ経営者のようだった。
「……出やがったか」
橘が、吐き捨てるように言った。
雅人は、マイクの前に立つと、爽やかな笑顔で、集まった報道陣に語りかけた。
「父の世代の、古いしがらみに満ちた政治を、私は刷新します。テクノロジーの力で、この東京を、世界で最も安全で、最も豊かなスマートシティへと生まれ変わらせる。それが、私の使命です」
記者から、父・誠之介との関係を問われると、彼は、少しだけ寂しそうな表情を作って見せた。
「父は父、私は私です。もちろん、尊敬する父親であることに変わりはありません。ですが、政治信条は、全く違う。私は、過去ではなく、未来を見つめる、新しい世代の代表として、この戦いに挑みます」
完璧な回答だった。父を切り捨てることで、自らのクリーンさを演出し、新しい時代のリーダーとしてのイメージを確立する。その計算され尽くしたパフォーマンスの裏に、陸は、父・誠之介と同じ、底知れない冷たさを感じ取り、背筋が凍るのを感じていた。
その一方で、陸たちの「表の仕事」は、皮肉なほど順調に進んでいた。
陸の、ゲームクリエイターとしての才能は、業界で高く評価され始めていたのだ。陸が、独創的なゲームの企画とシナリオを生み出し、それを美鈴が、完璧な設計図へと落とし込んでいく。そのコンビネーションは、まさに天才的だった。
二人が作り出す企画書は、いくつものゲーム会社から、引き合いがあった。
その日も、事務所には、韓国の新進気鋭のベンチャー企業から、オンラインでのミーティング依頼が舞い込んでいた。
モニターの向こうで、若いCEOが、興奮した様子で語りかけてくる。
「高遠さんの企画書、拝見しました! 素晴らしい! 我々は、あなたの才能に、惚れ込みました。つきましては、我が社と、専属のクリエイター契約を結んでいただけないでしょうか。契約金は、5億ウォン(約5000万円)。いや、もっとお出ししても構いません!」
破格のオファーだった。今の資金繰りに苦しむ陸たちにとっては、喉から手が出るほど、魅力的な提案だ。陸が、どう返答すべきか迷っていると、隣に座っていた美鈴が、キーボードを叩き、相手にチャットメッセージを送った。
『大変、光栄なお話ですが、今回は、お断りさせていただきます』
「えっ、美鈴さん!?」
陸が、思わず声を上げる。だが、美鈴は、陸に確認することもなく、淡々と話を続けていた。
『申し訳ありませんが、私達には、今、進めている別のプロジェクトがありますので。また、機会がございましたら』
美鈴は、そう言うと、一方的に、オンラインミーティングを終了させてしまった。
「……何で、断ったんですか!」
陸が、少し強い口調で問い詰めると、美鈴は、きょとんとした顔で、陸を見つめ返した。
「え? だって、あんな大きな仕事を受けたら、私達の『本業』が、疎かになってしまいますから」
「本業って……」
「決まってるじゃないですか。綾小路雅人を、都知事にしてはいけない。そのための調査です」
さも、当たり前でしょ、という顔をする美鈴。その、あまりに真っ直ぐな瞳に、陸は、言葉を失った。
隣で、そのやり取りを見ていた橘が、こらえきれずに、腹を抱えて大笑いした。
「ぶはははは! 嬢ちゃん、あんた、最高だな! 5000万を、蹴飛ばしやがった!」
その笑い声につられて、陸も、いつの間にか、笑っていた。
浅野が去り、調査が行き詰まり、重苦しい空気が支配していた事務所に、久しぶりに、明るい笑い声が響いた。
それは、三人の間に、新たな、そして、より強固な絆が生まれた瞬間だった。
金でも、名誉でもない。ただ、同じ志を持つ仲間がいる。そのことが、陸の心を、温かく照らしていた。
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