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【国家反逆罪】ボンボン二世議員、政界の闇に立ち向かう  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
第一章「永田町の死角」

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第25話:親子の絆

陸の手が止まった。

報告書の最後から数ページ。そこには、通常の調査報告とは明らかに異なる、特別な警告文が記されていた。

『以下の情報は、政府内部の協力者より、極秘裏に入手したものである。情報提供者の生命に関わるため、取り扱いには最大限の注意を要する』

橘が、陸の肩越しに報告書を覗き込んだ。二人の呼吸が、シンクロするように浅くなる。


次のページには、興信所による調査経緯が記されていた。

『調査開始から半年後、綾小路誠之介氏の行動パターンに不可解な点を発見。特に、毎年父親の命日に必ず訪中し、一般の墓参りでは説明のつかない場所を訪問していることが判明。この不審な行動から、父・源一郎氏の経歴調査に着手』


「父親の命日に訪中……」

陸が呟いた。

「墓参りじゃない場所って、どこだ?」

さらに読み進めると、その答えがあった。

『綾小路源一郎・誠之介親子の関係性について、通常の親子関係とは著しく異なる特徴を確認。誠之介氏は幼少期から父親の「影」として行動し、特に対中国関係においては、常に同席・同行している。これは高遠様のご指摘通り、何らかの「継承」プロセスと推測される』


陸は、父の洞察力に改めて感服した。「親父さんの影から出られない」という一言から、ここまで真相に迫っていたとは。

そして、次のページ。そこには、一枚の書類のコピーが挟まれていた。それは、不鮮明ながら、判読可能な程度にコピーされた、中国語の文書だった。

「これは……」

橘が、息を呑んだ。文書の上部には、中国国家安全部の紋章らしきものが見える。そして、タイトルが記されていた。


『友情之橋計画・第一次対象者名簿』


「友情の橋計画の、対象者リスト……」

陸の声が、かすれた。二人は、震える手で、リストに目を通していく。そこには、日本の政財界の重要人物と思われる名前が、コードネームと共に記されていた。

多くは判読不能だったが、読める部分だけでも、戦慄すべき内容だった。そして――


「あった」

陸の指が、一つの名前で止まった。


綾小路源一郎あやのこうじ げんいちろう

その名前の横には、こう注釈が付けられていた。

『第一期工作員として同化完了。後継者として、長男・誠之介の育成に着手済み。第二世代計画の模範例として、北京本部より表彰』

陸の手から、力が抜けた。報告書が、膝の上に落ちる。

全てのピースが、はまった。恐ろしいほど、完璧に。


父の直感は正しかった。「親父さんの影から出られない」――それは単なる親子の確執ではなく、文字通り、影として育てられた工作員の姿だったのだ。


「二世代スパイ……」

橘が、呟いた。その声には、ベテラン記者としても初めて遭遇する事態への、震えが含まれていた。

「親父が工作員で、息子をスパイとして育て上げる。まるで、北朝鮮の工作員家族じゃねえか」

陸は、報告書を見つめたまま、動けなかった。綾小路誠之介は、生まれながらにして、この国を内側から蝕むための「兵器」として育て上げられていたのだ。

おそらく、幼い頃から徹底した思想教育を受け、中国への忠誠を叩き込まれ、同時に完璧な日本人を演じる術を身につけた。

そして、政界に入り、父・誠二に接近し、四十年にわたって「親友」を演じ続けた。


「信じられるか?」

陸の声は、震えていた。

「四十年だぞ。四十年間、親友のふりをして、信頼を得て、そして最後には……殺した」

陸の脳裏に、様々な光景がフラッシュバックした。父と綾小路が、選挙事務所で朝まで語り合っている姿。二人で訪中した時の写真。父が総理の座を目指した時、最も強力に支援してくれた綾小路。

全てが、偽りだった。

全てが、演技だった。

全てが、この瞬間のための、壮大な仕込みだった。


「親父は……」

陸は、拳を握りしめた。

「親父は、いつ気づいたんだろう。親友だと信じていた男が、実は敵だったって」

報告書の日付を見る限り、三年前には既に疑念を抱いていた。だが、確証を得たのは、もっと最近のことだろう。

その時の父の絶望は、どれほどのものだったか。

四十年間、共に歩んできた盟友。苦楽を共にし、時には家族ぐるみで付き合い、政治生命を預け合った仲。それが全て、嘘だったと知った時――


「だから、誰にも相談できなかった」

橘が、静かに言った。

「綾小路は、親父さんの最も近い位置にいた。下手に動けば、すぐに察知される。だから、一人で戦うしかなかった」

陸は、涙を堪えながら、報告書の最後のページをめくった。そこには、興信所の所長による、手書きのメモが添えられていた。


『高遠先生へ。調査の結果、驚愕すべき事実が判明しました。綾小路氏は、単なる親中派ではありません。彼の一族は、数十年にわたる中国の対日工作の、中核を担っています。

先生のご推察通り、源一郎氏は息子を幼少期から「教育」し、完璧な日本人を装いながら、中国の利益のために動く工作員として育て上げました。親子の異常な密着は、まさに「影」としての訓練だったのです。

どうか、お気をつけください。貴方の周りには、既に敵が入り込んでいる可能性があります。

なお、この報告書の存在は、私と貴方だけの秘密とすることをお勧めします。警察も、司法も、どこまで浸透されているか分かりません』


メモの日付は、父が亡くなる、僅か二ヶ月前だった。

陸は、立ち上がった。

夏の日差しが、西に傾き始めている。庭の木々が、長い影を落としていた。

父は、この事実を知って、どう思っただろうか。

「親父さんの影から出られない」――酒の席で漏らしたその一言に込められた、父の複雑な思い。親友への憐憫だったのか、それとも既に疑念を抱いていたのか。


信頼していた親友が、実は生まれながらの工作員。四十年の友情が、全て芝居。そして、自分の命が狙われていることも、察していたはずだ。

それでも、父は最後まで戦った。

たった一人で。

誰も信じられない状況で。

命を賭けて。


「橘さん」

陸は、振り返った。その目には、もう涙はなかった。代わりに、冷たく研ぎ澄まされた決意が宿っている。

「親父は、俺たちにバトンを託したんだ」

橘は、黙って頷いた。

「この報告書を残し、手がかりを残し、俺たちが真実に辿り着くことを信じて」

陸は、報告書を胸に抱いた。

「もう、逃げも隠れもしない。親父の敵を、俺たちの手で討つ」


日が暮れかけた頃、二人は東京に戻った。

車中、陸は浅野に暗号化通信で連絡を取った。重大な発見があったこと、至急セーフハウスに集合してほしいこと。

浅野の返事は短かった。

『了解しました。遠藤の動きも含めて、報告があります』

セーフハウスに到着すると、既に浅野が待っていた。彼女の表情も、尋常ではない緊張感を帯びている。

「お二人とも、ご無事で何よりです」

浅野は、深々と頭を下げた。そして、顔を上げた時、その目には決意が宿っていた。

「実は、本日、遠藤が不審な動きを見せました。昼休みに外出し、赤坂の高級ホテルで、誰かと密会していたようです」

「誰と?」

「確認できませんでした。ただ……」

浅野は、一枚の写真を取り出した。遠藤がホテルから出てくる瞬間を捉えたものだ。

「この表情を見てください。明らかに、動揺しています」


確かに、遠藤の顔は青ざめ、足取りも覚束ない。

「おそらく、我々の動きが、相手側に伝わっているのでしょう」

橘が、鋭く分析した。陸は、報告書を机の上に置いた。

「浅野さん、これを見てください」


浅野は、報告書を読み始めた。

最初は冷静だった彼女の表情が、ページをめくるごとに変化していく。驚愕、恐怖、そして最後には、深い悲しみへと。

「二世代にわたる、工作員……」

浅野の声は、震えていた。

「誠二先生は、こんな恐ろしい真実を、お一人で……」

彼女の目に、涙が浮かんだ。それは、主君の孤独な戦いへの、深い哀悼の涙だった。

「『親父さんの影から出られない』……先生は、もうお気づきだったのですね。でも、それを確かめることが、どれほどお辛かったか……」

「浅野さん」

陸が、静かに言った。


「父は最後まで、綾小路先生にも一縷の希望を持っていたのかもしれません。もしかしたら、彼も父親の犠牲者なのかもしれないと」

「でも、結局は……」

橘が、苦い顔で続けた。

「親友を殺すことを選んだ。それが、二世代目の『任務』だったんだろう」

浅野は、涙を拭いた。そして、背筋を伸ばす。


「陸さん、橘さん」

彼女の声は、凛としていた。

「今こそ、誠二先生の無念を晴らす時です。私も、全力でお手伝いさせていただきます」

三人は、顔を見合わせた。そして、同時に頷く。


陸、橘、浅野。

裏切り者のいない、真のチームが、ここに結束を固めた。


陸は、ホワイトボードの前に立った。

そこには、相変わらず父と綾小路の写真が貼られている。だが、もうその笑顔に惑わされることはない。

陸は、赤いマーカーを手に取った。そして、綾小路の顔に、大きく×印をつける。

「俺たちの敵は、もはや一人の政治家じゃない」

陸の声は、静かだが、鋼のような強さを持っていた。

「この国に、何十年も前から巣食っている、巨大な悪意そのものだ」


陸は、振り返った。橘と浅野の顔を、真っ直ぐに見つめる。

「簡単じゃない。相手は、二世代にわたって根を張った化物だ。政界、官界、財界、どこまで浸透しているか分からない」

橘が、煙草に火をつけた。

「望むところだ。ジャーナリストとして、これ以上の獲物はねえ」


浅野も、静かに頷いた。

「誠二先生が命を賭けて守ろうとしたもの。それを、今度は私たちが守ります」

陸は、二人の顔を見て、小さく笑った。

もう、あの甘えたボンボンの面影は、どこにもなかった。


「必ず、俺たちの手で、断ち切る」

その声は、父・誠二の声に、どこか似ていた。窓の外では、東京の夜景が輝いている。無数の光の中に、どれだけの敵が潜んでいるのか。それは、誰にも分からない。


だが、陸たちの戦いは、今、本当に始まったのだ。

父が遺した報告書を手に、三人の『幽霊』狩りは、新たな段階へと突入した。

綾小路誠之介――二世代スパイという、最大の敵を相手に。

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