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【国家反逆罪】ボンボン二世議員、政界の闇に立ち向かう  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
第一章「永田町の死角」
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第20話:幽霊

古いエアコンが、一晩中唸りを上げていた。裏切り者の正体を突き止めた安堵と、それが誰よりも信じていた男であったという絶望。相反する感情が、陸の心をかき乱し、一睡もさせなかった。

夜が明けた窓の外では、アスファルトを叩きつけるような激しい夕立が、うだるような熱気をわずかに和らげていた。


「……瑞樹、か」

陸は、ホワイトボードに書き出された最後の謎を睨んでいた。「蝉」たちの頂点に君臨する、仮面の男。

遠藤が裏切り者だと分かった今、彼を逆に利用する。そのために、陸は橘と二人、新たな作戦を練っていた。

「奴を炙り出す前に、まず、この男の化けの皮を剥がす必要があります。瑞樹が、ただのクリーンな政治家ではないという、決定的な証拠を掴むんです」


翌朝、議員会館の事務所は、昨日までとは打って変わって、奇妙な静けさに包まれていた。陸は、わざと憔悴しきった表情で、浅野と遠藤をミーティングに呼んだ。

「……昨夜、橘さんと話した。もう、打つ手がない。党の勧告通り、次の本会議で、私は身を引こうと思う」

陸がそう言うと、浅野は「そんな…陸さん…」と悲痛な表情を浮かべた。

一方、遠藤は、陸の肩にそっと手を置き、慰めるように言った。

「陸さん、お辛いでしょう。ですが、今は耐える時です。一度引くことで、また道が開けることもある。賢明なご判断だと思います」

その目の奥に、ほんの一瞬、隠しきれない勝利の光が宿ったのを、陸は見逃さなかった。


「ただ…」と陸は続けた。「辞める前に、最後に一つだけ、自分の手でやり遂げたいことがある。父が遺した資料を、全て整理したいんだ。父が、どんな思いで政治家をやってきたのか、最後にそれだけは、この目に焼き付けておきたい」

それは、敗北した息子からの、感傷的な最後の願いに聞こえた。

「浅野さん、遠藤さん。父の代からの、全ての法案資料、国会答弁、陳情書の記録、その全てを、この数日でレポートにまとめてもらえませんか。膨大な作業になると思いますが、どうか、お願いします」

「……承知いたしました。誠二先生のためにも、謹んでお受けします」

浅野は、涙ながらに頷いた。

「分かりました。私が責任をもって、全てのデジタルデータのアーカイブ化も進めましょう」

遠藤もまた、有能な秘書として、その役目を引き受けた。

陸の本当の狙いは、二人をこの膨大で無意味な作業に没頭させ、その間に、橘と二人だけで、本当の調査を進めることだった。


その日の午後、陸は「気分転換に散歩してくる」とだけ言い残し、事務所を出ると、橘と合流した。

新たなターゲットは、瑞樹 秀。

「これが、瑞樹の公式な経歴だ」

橘が、ノートパソコンの画面を陸に見せた。

そこには、非の打ちどころのないエリートの履歴書が記されていた。

瑞樹 秀。台湾出身の両親を持つ、在日三世。生まれも育ちも、日本の横浜。名門私立大学を首席で卒業後、クリーンなイメージと卓越した弁舌で、若くして国政に進出。

彼は、常に公言していた。「私は、この日本という国を、心の底から愛している」と。


「これ、覚えてるか?」

橘が、一本の動画を再生した。数年前、テレビの討論番組に出演した瑞樹の映像だった。

対立候補のベテラン議員が、意地悪く彼に質問を投げかける。

「瑞樹さん、あなたは、ご自身のルーツを誇りに思うと、常々おっしゃっている。では、単刀直入に聞くがね。万が一、日本と中国が、戦火を交えるようなことになったら、あなたは、どちらの側に立つのかね?」

スタジオが、水を打ったように静まり返る。瑞樹は、一瞬、悲しげに目を伏せた。そして、顔を上げると、その瞳には涙が浮かんでいた。

「……そのご質問は、私の心を、まるで引き裂くような、本当に、辛いご質問です」

彼は、声を震わせながら、カメラの向こうの国民に、まっすぐに語りかけた。

「ですが、答えは、一つしかありません。私は、この国で生まれ、この国の水を飲み、この国の言葉で、夢を語ることを覚えました。この日本こそが、私の故郷です。……故郷を守るために戦うのは、当たり前のことではありませんか」

涙ながらの、魂の告白。この放送の後、彼の支持率は爆発的に上昇し、その人気を不動のものにした。


「……茶番だ」

陸は、吐き捨てるように言った。「この仮面を、俺たちの手で剥がしてやりましょう」


翌日から、陸と橘の、地道で、骨の折れる調査が始まった。瑞樹の完璧な経歴書を、ゼロから検証し直すのだ。

まず、彼が卒業したとされる横浜市内の小学校を訪ねた。卒業アルバムには、確かに幼い瑞樹の姿があった。だが、当時を知る年配の教師に話を聞くと、意外な答えが返ってきた。

「ああ、瑞樹くんねえ。もちろん、覚えていますよ。でも、あの子は、本当に物静かで、クラスにいるかいないか分からないような、目立たない子でしたよ。今の、あんなに雄弁な政治家になられるとは、本当に驚きです」

カリスマ的な現在の姿とは、あまりにかけ離れた証言だった。


次に、彼が通っていた中学校へ。野球部に所属していた、と記録にはある。二人は、当時野球部のキャプテンだったという、商店街の店主を突き止めた。

「瑞樹? ああ、同じクラスだったよ。でも、野球部? いや、あいつは運動がからきしで、部活には入ってなかったはずだ。俺がキャプテンだったんだから、間違いねえよ」

アルバムの写真を見せると、店主は首を傾げた。野球部の集合写真の隅に、瑞樹は確かに写っている。だが、一人だけユニフォームの着こなしがぎこちなく、どこか浮いているように見えた。


数日後、二人は、彼が高校卒業まで家族と住んでいたとされる、古いアパートの前に立っていた。大家である老婆に話を聞く。

「瑞樹さん一家? ああ、201号室の…。物静かな、感じの良いご家族でしたよ。でも……あの人たち、本当に10年以上もここに住んでたかねえ? なんだか、あっという間に引っ越していったような、そんな気もするんだがねえ……」

老婆の記憶は、曖昧だった。だが、その曖昧さこそが、陸の心に、ある決定的な違和感を植え付けた。


セーフハウスに戻り、陸は、ホワイトボードに書き出した瑞樹の経歴と、自分たちが集めた証言の食い違いを、ただじっと見つめていた。

物静かな少年。運動音痴。すぐに引っ越した家族。

一つ一つは、ただの記憶違いや、些細な齟齬に過ぎない。だが、それらが組み合わさった時、一つの、恐るべき仮説が浮かび上がってきた。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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