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【国家反逆罪】ボンボン二世議員、政界の闇に立ち向かう  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
第一章「永田町の死角」
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第18話:敵の敵

新宿駅の雑踏を抜け、二人は何度も何度も背後を振り返りながら、ようやくタクシーに乗り込んだ。陸は、手の中の小さなUSBメモリを、命綱のように強く握りしめていた。

「……どこへ?」

運転手の問いに、橘が低い声で答えた。

「神田、西口一番街」


そこは、橘が借りている数多くのセーフハウスの一つだった。古びた雑居ビルの4階、窓からは隣のビルの壁しか見えない、日当たりの悪いワンルーム。だが、部屋の中には、高性能な通信機器や、複数のモニター、壁に貼られた膨大な資料や相関図がひしめき合い、さながらスパイ映画の秘密基地のようだった。

部屋の隅では、古いエアコンが、唸りを上げて生ぬるい風を吐き出している。外の猛暑と、これから開かれるであろうパンドラの箱を前に、部屋の空気は息が詰まるほど重かった。


「ただのUSBだと思うなよ」

橘は、外部のインターネットから物理的に遮断された、通称「エアギャップ」と呼ばれるスタンドアロンのノートパソコンを起動した。「ウイルスやトラッカーが仕込まれている可能性もゼロじゃねえ。慎重にいく」

息を詰めて見守る陸の前で、橘はUSBメモリをPCに接続した。ドライブの中に表示されたのは、たった一つのPDFファイル。ファイル名は、ランダムな英数字の羅列だった。

橘がファイルを開く。画面に現れたのは、ほとんどの部分が黒く塗りつぶされた、およそ20年近く前の、古い調査報告書の画像データだった。


『特定アジア諸国からの政治工作に関する調査報告書(要旨)』

公安調査庁 関東公安調査局


その物々しいタイトルに、陸は息を呑んだ。

「……これは、公安の内部資料か」

「ああ。俺たちに鍵を渡した『名もなき役人』は、政府の中枢にいる人間だ。それも、伊達の闇を、長年追ってきた部署のな」


黒塗りの合間から、かろうじて読み取れる文字を、二人は貪るように追った。


【事案発生時期】:2005年6月~8月

【被疑対象者】:当時、外務政務次官であった███議員

【事案概要】:

対象者(███議員)は、当時所属していた派閥の領袖選挙を目前に控え、選挙資金の獲得に難航。その状況下、都内のホテルにて、『日中文化芸術交流促進基金』の代表を名乗る中国籍の男と複数回にわたり密会。

同基金は、実態としては中国共産党中央統一戦線工作部と深いつながりを持つ企業グループのフロント組織であり、対象者は、同基金より総額十億円にのぼる使途を問わない裏金(違法献金)を受領した疑いが極めて濃厚である。


「十億……」

陸の声が、かすれた。一人の政治家が、派閥争いに勝つためだけに、外国勢力から受け取るには、あまりに巨額な金だった。

報告書は、さらに衝撃的な事実を記していた。


【事後の展開】:

本件、野党██党の調査チームが内偵を進めており、スキャンダルが公になるのは時間の問題であった。しかし、情報が週刊誌にリークされる直前、駐日中国大使館の██書記官を通じて、対象者に「取引」が持ちかけられた。

中国側は、野党への圧力、およびメディアの懐柔によって、本スキャンダルを完全に揉み消すことを提案。その見返りとして、対象者は、今後の重要政策の決定において、中国側の意向を最大限に尊重する「協力者」となることを受諾した。


「……そういうことか」

橘が、憎々しげに吐き捨てた。

「伊達の奴……最初は、ただの金に汚い三流政治家だったんだ。自分の保身のために、派閥争いに勝つために、中国に魂を売り渡し、それ以来、ずっと奴らの犬になるしか道がなかった……。これが、全ての始まりか」


報告書の最後には、手書きのメモをスキャンしたような、短いテキストファイルが添えられていた。ファイル名は『READ_ME』。


『我々は20年間、彼を監視してきた。だが、官房長官となった今、我々の手では裁けない。これは、我々が入手できる情報の全てであり、最後のものだ。あとは、頼む』


その無機質な文章に、陸は、顔も名前も知らない味方の、悲痛な叫びを聞いた気がした。

国の中枢にも、この売国行為を止めようと、必死にもがいている人間がいる。俺たちは、一人じゃない。

だが、同時に、陸の脳裏には、もう一つの、より個人的な確信が生まれていた。


「……親父は、これに気づいたんだ」

陸は、モニターを睨みつけたまま、呟いた。

「親父は、ただインフラ法案という政策に反対していたんじゃない。伊達官房長官の、この20年前の『原罪』にたどり着き、彼の国家反逆を止めようとしていたんだ。だから……だから、親父は『処理』された……!」


二人の間に、重い沈黙が流れた。

橘は、気を紛らわすように、部屋の隅にあったテレビのスイッチを入れた。流れてきたのは、夜のニュース番組だった。

「…さて、連日国会で活発な議論がなされている『新しい家族の形法案』ですが、ここにきて法案のいくつかの問題点を指摘する声も上がり始めました」

アナウンサーが、いつものように瑞樹の法案を絶賛するのとは違う、硬い表情で原稿を読んでいた。

「専門家によりますと、法案がこのまま成立した場合、現行の戸籍制度とのデータ整合性に大きな課題が残り、全国の自治体で行政手続きの大混乱が生じる可能性があるということです。政府・与党内からも、国民生活に関わる重要な法案だからこそ、拙速な審議に懸念を示す意見が出ており…」


陸と橘は、顔を見合わせた。

偶然ではない。

自分たちが反撃の糸口を掴んだ、まさにこのタイミングで、これまで鉄壁だったはずの伊達・瑞樹サイドの世論操作に、初めて、目に見える「綻び」が生まれたのだ。

「……風が、吹き始めたのかもしれねえな」

橘が、にやりと笑った。


陸は、モニターに映る伊達の顔写真と、手の中のUSBメモリを、交互に見つめた。

絶望的な状況は、何も変わらない。辞職までのタイムリミットも、刻一刻と迫っている。

だが、陸の心から、数時間前までの絶望は消え去っていた。代わりに宿ったのは、氷のように冷たく、そして鋼のように硬い、決意だった。

心強い相棒は、隣にいる。

見えざる味方が、最後の望みを託してくれた。

そして何より、巨大だと思っていた敵の、最初の弱点を、今、この手に掴んだのだ。

「……やりましょう、橘さん」

陸の目に、闘志の炎が再び燃え上がった。

「ここから、俺たちの反撃です」

最後までお読みいただきありがとうございました!

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