第13話:蝉時雨のギルド
事務所の大型モニターには、橘 蓮司が公安警察に連行されるニュース映像が、音声もなく繰り返し流されていた。
『〇〇党・高遠 陸議員の関係者、贈賄容疑で警視庁公安部に逮捕』
「差別」「汚職」そして「贈賄」。陸に貼り付けられたレッテルは、もはや彼の政治生命を完全に絶つには十分すぎるほどだった。
「……俺の、せいだ」
陸は、自責の念に駆られていた。遠藤の的確な警告を無視し、橘の危険な提案に乗ってしまった自分の判断ミスが、この最悪の事態を招いたのだ。
「いいえ」
陸の呟きを、浅野が静かに、しかしきっぱりと否定した。
「決断されたのは陸さんですが、私達も止めることができませんでした。これは、チーム全体の責任です。今は、ご自身を責めている場合ではありません」
「そうです、陸さん」
遠藤もまた、冷静な声で続けた。
「橘さんのルートは絶たれましたが、戦いが終わったわけではない。残された『“蝉”の正体』の謎、これを解明することに全力を注ぎましょう。敵が、我々の次の一手を警戒している今こそ、動くべきです」
その言葉に、陸は顔を上げた。そうだ。下を向いている暇はない。
「……お願いします、遠藤さん。蝉たちの繋がりを、徹底的に洗い出してください」
陸の指示を受け、遠藤の指が再びキーボードの上を舞い始めた。事務所のモニターに、彼の分析結果が次々と映し出されていく。
「まず、リストにあるインフルエンサーと市民団体のアカウントは、一見無関係に見えますが、特定の政治的キーワード、例えば『伝統』『人権』『食の安全』などを含む投稿を、24時間以内に行う確率が90%以上という、異常な相関関係にあります」
モニターに表示されたネットワーク相関図は、まるで蜘蛛の巣のように、無数のアカウントが互いに結びついていることを示していた。
「これは、背後に明確な指示系統が働いていることを強く示唆します。彼らは、個別に鳴いている『蝉』ではない。統率された『蝉の群れ』です」
さらに、遠藤は別のデータを表示した。
「そして、彼らの投稿を熱狂的に拡散しているアカウントの7割以上を解析したところ、プロフィールが空欄で、機械的な投稿を繰り返す『ボット』アカウントでした。彼らは、こうして人工的に『世論の熱狂』を作り出し、我々を攻撃していたのです」
遠藤の分析は、敵の巧妙な手口を白日の下に晒した。だが、彼はそこで、悔しそうに首を振った。
「しかし……彼らの連携と手口は証明できましたが、その『司令塔』がどこにあるのか、資金源は何なのか、このデータからだけでは追跡できません。彼らは我々のようなデジタル調査を予測し、絶対に尻尾を掴ませない、極めて高度な匿名化技術を使っています。……申し訳ありません、陸さん。現時点では、ここまでです」
緻密な分析の果てに突きつけられた、完璧な「行き止まり」。事務所は、再び重い沈黙に包まれた。
陸は、ホワイトボードに広がる遠藤の分析結果を、もう一度見返した。政治活動という側面に限れば、その分析はどこまでも緻密で、論理的だった。だが、その完璧にさえ見える分析は、結果として「壁」を示している。
何かが、根本的に違うのだ。パズルのピースが、決定的に欠けている。
陸は、ゲームプランナーとしての思考をフル回転させていた。
(プレイヤーを、特定の目的に誘導したい時、どうする? 一番下手なのは、システムが直接『Aをしろ』と命令することだ。それではプレイヤーは、やらされていると感じて、すぐに飽きてしまう。もっと上手いやり方は、プレイヤー自身が『Aをしたい』と、自発的に思うように、ゲームの『ルール』と『環境』を設計することだ……)
「遠藤さん」
陸が、閃きに導かれるように口を開いた。
「もう一つだけ、分析をお願いします。リストの中から、政治的な主張が完全に真逆の二人をピックアップしてください。例えば、この保守的な言説で人気のインフルエンサーと、リベラルな主張で支持を集める市民団体の代表。その二人の、政治とは全く関係のない**『趣味』の投稿**だけを、もう一度比較・分析してもらえますか」
その突飛な指示に、遠藤は一瞬訝しげな顔をしたが、すぐに陸の意図を察し、キーボードを叩き始めた。
そして、画面に映し出された結果に、三人は絶句した。
二人は、SNS上では互いを「国賊」「売国奴」と罵り合い、それぞれの支持者から熱狂的な支持を得ている、まさに犬猿の仲のはずだった。
しかし、その裏で。
二人がプレイしているオンラインゲームは、全く同じ。所属しているサーバーも、同じ。熱心に応援している地下アイドルのグループも、同じ。その「推し」のメンバーまで、同じだった。
偶然では、到底ありえない、不気味な一致。
「……そういうことか」
陸は、ホワイトボードの前に立つと、マジックペンを手に取った。
「こいつら、敵同士じゃない。グルなんだ。プロレスと同じですよ!」
陸は、AとBの名前を丸で囲み、一本の線で結んだ。
「AとBが、リングの上で激しく殴り合う。観客は、それぞれの選手を必死で応援し、相手の観客を罵倒する。議論は深まるどころか、感情的な罵り合いになるだけです。そして、どちらにも与しない中間層は、その醜い争いにうんざりして、プロレスそのもの……つまり、政治への関心を失っていく」
陸は、ホワイトボードに大きく「分断」と書いた。
「結果として、社会は二極化し、冷静な議論の土壌は失われ、国民は分断される。社会を内側から、静かに弱体化させること。それこそが、奴らの本当の狙いだ! “蝉”のやかましい鳴き気声ごえで、国民の思考を麻痺させること。親父が警告していたのは、これだったんだ!」
陸の分析に、浅野も遠藤も、ただ慄然とするしかなかった。
「だとしたら」と陸は続けた。「その“プロレス”の脚本を書き、レスラーたちに指示を出している『司令塔』……ブックメーカーが必ず存在するはずだ。その連絡手段が、このオンラインゲーム……」
陸は、父のメモにあった「意味不明な文字列」を指さした。
「遠藤さん、この文字列を、リストの連中が共通してプレイしているオンラインゲーム……『アストラル・レギオン』の、ギルド検索にかけてみてください!」
遠藤は、陸の仮説に導かれるように、ゲームの公式サイトにアクセスし、検索窓に父の遺した文字列の一つを入力した。
事務所の誰もが、息を呑んで画面を見守る。
遠藤が、エンターキーを押した。
すると、画面に、一つの鍵のかかったギルド名が表示された。
ギルド名:『蝉時雨』
「……見つけた」
陸の声が、震えた。
それは、橘を失い、全ての道を閉ざされた絶望の淵で、陸が自力でこじ開けた、敵の中枢へと続く秘密の扉だった。
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