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【国家反逆罪】ボンボン二世議員、政界の闇に立ち向かう  作者: 九条ケイ・ブラックウェル
第一章「永田町の死角」
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第1話 俺の日常が壊れた日

「――つまり、この『レジェンド・オブ・ヴァルハラ』のコアとなるゲーム体験は、“選択による世界の再構築”です。プレイヤーは神々の黄昏、ラグナロクで敗北した世界からスタートする。そして失われたルーンの力を集め、過去に干渉することで、滅びの運命に抗う。重要なのは、どの神を救い、どの巨人を討伐するか、その“選択”そのものが、エンディングだけでなく、ゲーム中盤のマップや出現モンスター、果てはUIのデザインに至るまで、不可逆的に変化させていく点にあります」


高遠たかとお りくは、熱を帯びた声で語りながら、会議室のモニターに映し出された企画書をレーザーポインターで指し示した。

『サイバー・フロンティア』社、企画開発部。入社して六年、プランナーとしてようやく大きなプロジェクトの根幹を任されるようになった陸にとって、今日の役員プレゼンは一つの正念場だった。


「既存のオープンワールドRPGとの最大の違いは、その自由度の高さにあります。プレイヤーは英雄にもなれるし、己の欲望のために世界をさらなる混沌に陥れる“裏切り者”にだってなれる。我々が提供するのは、完成された物語ではなく、あくまでプレイヤー自身が物語を紡ぐための“ルール”と“世界”なんです」


ロジックと情熱。それが陸の武器だった。ゲームという仮想世界において、プレイヤーに最高の体験を提供するためのルール、すなわち「仕様」を設計し、それを実現させる。父の敷いた現実世界のレールから逃げ出した自分にとって、それは天職だと信じていた。


プレゼンを終えると、開発担当役員の武田が重々しく口を開いた。

「面白い。面白いが、高遠くん、あまりに風呂敷を広げすぎてはいないか。その仕様、本当にこの予算とスケジュールで実現できるのかね」

「できます。コアとなる“世界再構築システム”のプロトタイプは、すでにα版が完成しています。この後のセクションで、実機デモンストレーションをお見せします」

淀みなく答える陸に、武田は満足げに頷いた。会議室の空気が、プロジェクト推進へと傾いていくのを肌で感じる。高揚感で、胸が熱くなる。これだから、この仕事はやめられない。


二時間に及ぶプレゼンを終え、自席に戻った陸は、ぐったりと椅子に背中を預けた。隣の席の先輩プランナー、健太が缶コーヒーを差し出しながらニヤリと笑う。

「お疲れ。役員ども、完全に納得してたな。こりゃ、プロジェクトはGOサインだろ」

「だといいんですけどね。予算獲得までは気は抜けませんよ」

「またまた謙遜しちゃって。そういや、昨日のニュース見たぜ。お父上、またテレビで吠えてたな。『我が国の未来を、安易なポピュリズムに売り渡すわけにはいかない』ってやつ」

「……見てない」


陸は、ぶっきらぼうに答えてコーヒーを呷った。

父、高遠たかとお 誠二せいじ

現職の国土交通大臣であり、与党・民自党の最大派閥『経世会』の重鎮。世間ではクリーンで剛腕な政治家として知られているが、陸にとっては、自分の人生に「政治家」という選択肢を強制しようとした、ただの権威的な父親でしかなかった。家を飛び出し、この会社に就職してからは、まともに顔も合わせていない。


「まあ、お前が政治に興味ないのは知ってるけどさ。大臣の息子がゲームプランナーって、面白すぎだろ。たまには親父さんのコネとか使って、業界に便宜図ってもらえよ」

「冗談じゃないですよ。それに、俺は高遠大臣の息子じゃない。ゲームプランナーの高遠 陸です」

刺々しく言い返す陸に、健太は「へいへい」と肩をすくめた。その時だ。デスクに置いていたスマートフォンが、甲高い着信音を立てた。ディスプレイに表示された名前に、陸の眉がひそめられる。


『高遠 誠二』


父親からの電話だった。どうせ「一度くらい顔を見せろ」という決まり文句だろう。陸は迷わず『拒否』ボタンをタップし、スマホを裏返した。健太が呆れたように言う。

「いいのかよ、大臣からの電話だぞ」

「大臣だから何だって言うんですか。仕事中です」

そう言って、陸はPCに向き直り、企画書の修正作業に取り掛かろうとした。だが、その数分後。再びスマートフォンが震えた。今度は、さっきとは違う名前が表示されている。


『浅野 恭子』


父の公設第一秘書を務める、ベテランの女性だ。陸が物心ついた頃から高遠家に仕え、父のすべてを知り尽くしていると言っても過言ではない人物。彼女が、個人の携帯に直接かけてくる。

途端に、胸騒ぎがした。

何か、良からぬことが起きた。理屈ではない、動物的な勘が警鐘を鳴らす。


「……すみません、ちょっと外します」

健太に断りを入れ、陸は足早にオフィスの喧騒から離れ、非常階段の踊り場へと向かった。冷たいコンクリートに囲まれた無機質な空間で、通話ボタンを押す。

「もしもし、浅野さん? 親父のことなら、今は……」

そこまで言いかけて、言葉を失った。電話の向こうから聞こえてきたのは、いつもの冷静沈着な浅野のものではなく、押し殺したような、嗚咽まじりの声だったからだ。


『……陸さんっ』


浅野は、陸のことを今でも昔の愛称で呼ぶ。


『落ち着いて、聞いてください。今、どちらにいらっしゃいますか』

「会社ですが……どうしたんですか、その声」

嫌な予感が、確信に変わっていく。心臓が、嫌な音を立てて脈打ち始める。浅野は一度、深く息を吸い込むと、震える声で、信じられない言葉を告げた。


『先ほど……お父様が、大臣室でお倒れになりました。救急搬送されましたが……』


そこで言葉が途切れる。電話の向こうの、息を呑む気配が伝わってくる。


『――ご臨終です』


ごりんじゅう。

その言葉が、頭の中で意味を結ぶのに、数秒かかった。まるで出来の悪いゲームのシナリオだ。非現実的な響きに、思考がついていかない。


『……え?』

陸の口から漏れたのは、そんな間抜けな声だけだった。

『死因は、急性心不全とのことです。すぐに、東都大学病院に来てください。お願いです、陸さん』

浅野の声が、やけに遠くに聞こえる。

急性心不全? あの親父が? 頑健さだけが取り柄のような男が、そんなあっけなく死ぬものか?

嘘だ。何かの間違いだ。あるいは、手の込んだ悪戯か。

だが、電話口で必死に涙をこらえる浅野の気配が、それが紛れもない現実であることを、陸の脳天に叩きつけていた。


タクシーの後部座席で、陸は窓の外を流れる景色を、ただ呆然と眺めていた。運転手が気味悪がっているのが分かる。行き先を告げてから、一言も発していないのだから当然だ。

最後に父と話したのは、いつだったか。

確か、半年前。祖母の一周忌で顔を合わせた時だ。

「いつまでそんな子供の遊びのような仕事をしているつもりだ。お前には、お前にしか果たせない責任というものがある」

「俺の人生だ。あんたに指図される筋合いはない。それに、ゲームは遊びじゃない。何百万人もの人間に夢を与える、立派な仕事だ」

売り言葉に買い言葉。結局、まともな会話にもならずに終わった。それが、最後の言葉だった。


東都大学病院は、異様な空気に包まれていました。

正面玄関には、おびただしい数の報道陣が詰めかけ、無数のカメラレンズが殺気立った光を放っている。その人垣を、屈強なSPたちが壁となって押しとどめていた。陸がタクシーを降りると、すぐに黒いスーツの男が駆け寄ってきた。父の秘書の一人だ。

「陸さんですね。こちらへ」

男に導かれるまま、陸はまるで罪人のように裏口から病院の中へと入った。冷たい消毒液の匂いが鼻をつく。通されたのは、特別室と札のかかった一室だった。

部屋の前で、浅野が待っていた。彼女はいつも寸分の隙もないスーツを着こなしているが、今日ばかりはその肩が力なく落ち、目元が赤く腫れ上がっている。

「陸さん……」

「……」

陸は、何と声をかければいいのか分からなかった。浅野は静かにドアを開ける。

「お父様、こちらに」

部屋の中央に置かれたベッドに、白いシーツをかけられた人影が横たわっていた。ゆっくりと近づき、浅野がそっとシーツをめくる。

そこにいたのは、間違いなく父、高遠 誠二だった。

血の気の失せた顔。テレビで見ていた、あの傲岸不遜な表情はどこにもない。ただ、疲れ果てた老人のような、穏やかな顔がそこにあった。久しぶりに間近で見る父の顔が、死に顔だという現実に、陸の胸が締め付けられる。

悲しい、という感情とは少し違った。

まるで、自分の人生の半分が、何の予告もなく突然抉り取られてしまったような、巨大な喪失感。そして、間に合わなかったという、取り返しのつかない後悔。

陸は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


どれくらいの時間が経っただろうか。

部屋には、与党の幹部や政府関係者がひっきりなしに訪れ、誰もが沈痛な面持ちで頭を下げていった。その誰もが、陸に何かを期待するような、探るような視線を向ける。その度に、陸は息が詰まるような思いがした。


人の波が少し途切れた時、ずっとそばに控えていた浅野が、陸のすぐ隣に立った。そして、他の誰にも聞こえないよう、声を潜めて囁いた。

「陸さん、これは内密にお願いします。公式発表は、あくまで激務による心不全です。世間を騒がせるわけにはいきませんから」

「……どういう意味です?」

陸が聞き返すと、浅野は意を決したように、さらに声を低くして続けた。

その言葉が、高遠 陸の人生を根底から覆す、巨大な陰謀への入り口となる。


「お父様は、亡くなる直前まで、誰かと電話で激しく口論を……なさっていました。私が大臣室に駆けつけた時、お父様は受話器を握りしめたまま、床に倒れておられたのです」

最後までお読みいただきありがとうございました!

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