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花凪、サークル退会の危機

 いや、それはちょっと待ってほしい。

 いくらなんでも私が負けた場合の処罰が大きすぎるのではないだろうか。

 周囲の面々も、うんうんと首を縦に振っているが、この非情さに気づくべきであろう。


「ねえ埴太郎、花凪と関わるなんて人生の無駄だよ? 貴重な大学生活に要らないものだよ?」


 金髪貞子に至っては、消滅の可能性があるこの花凪の心配など微塵もしておらず、もはや私と関わるべきことこそが悪だという。

 ここまで侮辱されては引っ込んではいられない。

 たとえ相手が女帝だろうと、ここで引き下がっては京男子ではない。

 天才花凪、臆するものか。


「いいだろう受けて立つ! 心しておけ、金髪貞子! その低評価も今のうち。私がこのお土産戦争に勝利した時、貴様は自然薯のポタージュを否定したことを後悔することになる!」

「──あっ?」


 貞子の怨念が増したので、啖呵を切って早々ではあるが戦略的撤退を選択する。

 具体的には部室の出口に向かってひた走る。

 くそ、足が震えてうまく走れない!


「で、ではさらばだイケメン天狗、首を洗って待っていろ!」

「この場合、首を切られるのは君だから、洗って待つのは君だよね?」

「ぬうううう!?」


 去り際にすら論破され、私はもんどり打つ気持ちでイケメン天狗とのお土産戦争に備えることとなった。


 ──これが私と奴との間に発生したお土産戦争の発端だ。


 後日、正式に取り決めた勝負方法は以下の通りである。


 一、期間は三ヶ月の合計十二回、毎週月曜日に買ったお土産をサークル内で振る舞う。

 二、お土産を買うエリアは自由。街中でも観光名所でも可。

 三、高級品は禁止。あくまで学生の領分で行うこと。


 金髪貞子の審判を間に入れてこんなことを取りまとめた条約を交わした私だが、高級品がどうのとか言ってくる時点で私の勝ちは確定していた。

 まさか高級であればいいとでも思っているのだろうか? 笑止千万、片腹が痛い。

 お土産とは値段ではない。

 哀れな名古屋人どもめ、京土産の貴公子とまで言われたこの天才が目にものを見せてくれる。

 こうして私はその日から、サークル内にお土産をばら撒いていった。


 第一回目、まずはジブリパークでも有名な愛知県長久手市が誇る古戦場跡に訪れた時のこと。

 空中幼女が激推しし、神のご加護とまで言った『レーズンサンド』を買った。

 本当はこの土地に一店舗だけ構える洋菓子の隠れ名店が産んだ『古戦場の長久手フロマージュ〜緑区桶狭間との戦い〜』を私は買おうとしたのだが、空中幼女からドロップキックをかまされ強制的にレーズンサンドに切り替えさせられた。


 まあ、そのレーズンサンドも美味しかったのだ。ふんわりとした甘いクリームがレーズンを包み、しっとりとしたクッキーでサンドした一品だ。常温でも美味いが、冷やしてクリームが僅かに固くなるほど冷えたレーズンサンドはまた別格の味わいを醸し出し、これで勝てると空中幼女も騒いでいた。


 だが正直に言えば北海道で有名な店のパチモン感は否めない。別に悪いものでもないし、仮にも神を自称するこの人外がここまで騒ぐならと買ってみたのだが──。

 決戦の日、金髪貞子の放った「私、レーズン苦手なのよね」の一言にあえなく散った。

 皆も「確かにレーズンは、ねえ……」みたいな空気を出して、私のお土産が空気と化すのに時間は掛からなかった。

 対してイケメン天狗が同じく長久手古戦場跡で買ってきた「マシュマロ・ピスタチオ〜家康の野望〜」というふわふわしたマシュマロの中にピスタチオクリームが入った歯が痛くなるような甘さのお菓子は大好評で金髪貞子も皆も喜んで食べていた。

 ここに花凪敗戦の白星がついてしまう。


 第二回目、用意したのは犬山城で有名な愛知県犬山市にあるレトロとロマン満載の『明治村』近くで見つけた犬山コーラという名のクラフトコーラだ。

 空中幼女が天界に伝わる伝説の美酒ソーマにも引けを取らんと豪語した一品でもある。

 私としては同じ店で売られていたイケメン武将たちがプリントされた地場限定の瓶の三ツ矢サイダーの方が皆のノスタルジーに訴えかけられるしこっちの方がいいと思ったのだが、空中幼女がコーラの空瓶を振り回して暴れ出したので私が折れるしかなかった。

 普通のコーラよりシナモンの風味が強くてスパイスが効いた大人向けの味だが、味覚が見た目通り幼女なこいつがここまでいうのならと買ってみたのだが……。

 決戦の日、金髪貞子の放った「私、コカ・コーラ以外は認めないの」の一言にあえなく散った。

 サークルの皆の間にも「やっぱコカ・コーラだよな」という謎の団結感まで生まれ始め、私は早々に閉め出された。

 対しイケメン天狗は名古屋が誇る遊べる本屋ビレッジ・バンガードで買ってきた「復刻! 昔ながらの瓶コカ・コーラ」はサークル面々に大好評で、「さすが大河内、わかってる!」とサークル面々がコーラの宴まで始めるほどだった。


 キンキンに冷やされた瓶コーラは皆の心を掴んだ。

 瓶からこぼれる氷結の雫が、これまた清涼感を演出し皆を笑顔にしていった。

 私のクラフトコーラは見向きもされず、大量に残って私の涙の材料と化した。

『あれ、こっちの方がうまいのじゃあ』と裏切り幼女は敗北した私を尻目にコカ屋さんの瓶コーラを美味しそうに飲んでいた。


 特売では八十円程度で売られるコカ屋さんのコーラに、我がクラフトコーラは負けたのだ。

 考えたら、チョコならなんで感動するほどに味覚音痴の幼女の言うことであった。

 二度と空中幼女の舌は信じないと心に誓った瞬間である。

 こうしてひたすらお土産を用意し一ヶ月と半月が経った頃、気づけば私は全戦全敗を喫していた。


 勝負の期間は三ヶ月、回数にして十二回、つまり七回負ければ私の負けが確定してしまう。


 どうやら金持ちらしいイケメン天狗は飄々と平気な顔をしてお土産を用意しているが、毎週サークルメンバー全員分のお土産を用意する出費はバカにならず、バイトを増やした私は早くも疲労困憊していた。


 それでも妥協はできない。

 京土産の貴公子を自称する私に敗北などあってはならない。

 そもそもめぼしいお土産がひとつもない名古屋の人間に京都人たる私が負けていいはずがないのだ!


 プライドの維持を胸に迎えた六回目のお土産戦争。

 

──ここで負ければ、もう私に後はない。

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