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お土産戦争

 お土産戦争とは古くはわが京都の実家、その親類一同に伝わる由緒正しい催し物であり、相手との上下関係を明らかにするための儀式だ。


 その一端を紹介しよう。


『あ、お義母さん。これ、お土産です』


 異教徒の祭りであるクリスマスを乗り切り、師走の喧騒に揉まれ疲弊に疲弊を重ねたある日のこと。

 結婚一年目にして新婚ほやほやの花凪妙子(旧姓、鈴木妙子)は愛する旦那と共に、夫の実家である我が花凪家に帰省しお土産を持参した。

 相手は最も気を遣う旦那の母親、つまり私の祖母である。


『まあ、おおきに! お土産なんて妙子さん、気が利きはりますなあ』

『そんなあ、お義母さんほどではないですよ!』


 妙子さんが持参したのは、駅の売店で売ってそうな焼き菓子だった。

 名菓というほどではなく、絶対に自分では買わないが、買ってきてくれるなら食べてみてもいいかもと思う、キヨスクで売られているような変わった味のクッキーだ。

 当時、五歳程度だった私はお菓子ならなんでもよく、当然そのお土産に喜んだ。

 妙子さんはきっと私がいるからと、気を利かせて買ってきてくれたのかもしれない。


 しかし──。


『なんですの、これ?』


 お土産を確認した一瞬、笑みを浮かべたままの祖母が放った一言と共に、ただならぬ空気が生まれた。

 妙子さんも、そしてまだ鼻垂れだった私も、何か異様な気配をその瞬間に感じ取ったのだ。

 祖母はその場で包み紙をビリビリに破り、中のクッキーを一枚取り出して口に入れ、そして一言つぶやいた。


『なんとまあ、はっきりしたお味ですなあ』 


 京都訳:味が濃くて不味い。

 もちろん、妙子さんも言葉の裏に隠された注訳をすぐさま察し、何か粗相をしたのかと、途端に慌て始めた。


『お、お口に合いませんでしたかお養母さん? でも圭太くんもいるし、子供にはいいかと』

『あきまへん』 


 京都訳:黙れ。

 たじろぐ妙子さんに、冷めた視線を向けて祖母は言った。


『お土産いうもんは、相手を喜ばせてなんぼですえ。こないなもん、人に渡すもんやあらへん。心が篭ってへんねん。おおかた、圭太がいるからとよく考えもせずに適当に買うたんちゃいます? お土産一つにも、その人の心いうもんは現れます。妙子さん、これから花凪を名乗るなら、ちゃんとしてもらわへんと……』


 そこから始まる祖母の説教は三十分続いた。

 幼児であった私ですら、顔が青ざめて引き攣った様子で祖母に謝罪する妙子さんを目に、面倒な家に生まれたものだと尻をボリボリ掻いたことを覚えている。


『圭太も、ええな? もしお土産いうもんを相手に渡すときは、しっかり吟味したもんを渡すんやで。時に値段が高いだけのものを買えばええいうアンポンタンもおるけど、そうやない。相手にとっての話題性、希少性、そして美味しさ。全てを兼ね備えてこそお土産やで。ほな、妙子さん。これ、うちからのお土産や。どうせ、今日中に帰るんやろ? ほんまはこのタイミングで渡すもんちゃうけど、これがお土産やいうことを知っときなさい。東京に帰ったときご両親にも渡しなはれ』


 そして祖母が妙子さんに渡したのは、京都名菓の阿闍梨もちだ。

 あまりにうますぎて、京都駅の販売所では永遠に長蛇の列ができており、夕方には売り切れていることのある、あんこの入ったお餅だ。

 妙子さんの夫──つまり自分の息子が昔かたぎな母親と妻が居合わせるのに気を使い、早々に東京へ帰ることを見抜いた祖母は、その場でお土産を渡したのだろう。


 確かに、阿闍梨もちならお土産として喜ばれるだろう。


 すぐに餅が固くなってしまうため、賞味期限が近づくにつれて日々劣化していくその味だが、逆に言えば買った当日の味が神格化されていくというもの。

 祖母はその日の朝一に京都は叡山出町柳駅のほど近くにある、阿闍梨もちの本店「満月」へ作りたてを買いに走っていたのだ。


『あ、ありがとうございます、お養母さん……』


 目を潤わせ、声を震わせ、感謝を述べた妙子さんは予想通り、夕方には東京へと戻っていった。

 後日、鈴木家のご両親からはお礼の電話が来た時、また欲しいと頼まれたことを誇らしげに祖母は語っていた。


 祖母はお土産で妙子さんに明確な差を見せつけたのだ。


 それからは東京土産の鈴木家vs花凪家のお土産戦争が毎シーズン勃発することになるが、祖母は全勝を納め、鈴木家は白旗をあげ祖母の軍門に降った。


 上下関係などないはずの両家に明確なヒエラルキーの差を示し、ついには東京から妙子さんのご両親が祖母にわざわざ会いに来ることが行事となった。


 このように、我が花凪家に嫁いだ外部の人間は、まずお土産の洗礼を受ける。


 まあ我が花凪家に限らず、京都という土地に古くから根付いた家には独自のしきたりというものがあって、それが我が家ではお土産だったのだろう。


 私もよく「元気なお子さんですなあ」と近所のおばはんに微笑まれ、文字通りに受け取りへらへらしていたら母親に頭をどつかれ、「ヤンチャですみません」と謝る母の姿を幾度も目撃した。


 言葉の裏を読め、態度に隠された真意に気づくべし。

 気付かん者は、敗者となって永遠に勝者に見下される羽目になるのだ。


               ◇


 こうして私の才能は厳格な祖母のもと、粛々と育っていった。

 特にお土産に関して、私は英才教育を受けている。

 だからあの自然薯のポタージュは、確実に皆の心を掴めたはずなんだ。

 それでもあんな結果になったのは、摩訶不思議な力が働いたに違いない。


 私の才能に翳りはない。

 故に、お土産戦争だ。


 私は金髪貞子とイケメン天狗を正面から見据えた。


「勝負だイケメン天狗。私のお土産とお前のお土産、どちらが皆の心を掴むか目にものを見せてくれる!」


 奴も負けじと私を睨み返してくる。


「お土産戦争……いいだろう、受けて立つよ」


 よし、乗ってきた。


「ならば私が勝った暁には山田花子の情報をよこせ!」

「相変わらず面白いね、君。うん、いいだろう」


 どさくさに紛れて花子の情報も獲得しようと目論む私に、彼はまんまと乗せられる。


「なんなら直接会わせてあげるよ」

「本当か!?」


 一気にやる気が湧いてきた。直接会えるとなれば、もう外堀を埋める必要はない。


「そ、その言葉を忘れるなよ、イケメン天狗!」


 バカめ、こうなればもはやこの花凪の手のひらの上だ。

 勝利が確定した戦いほどつまらないものはない。

 イケメン天狗が倒れ伏した側を、花子と手を繋ぐ私というイメージが即座に脳裏に浮かんだ。

 取らぬ狸のなんとやらどころではない。

 私は完全な勝利後のデートシミュレーションを演算していた。

 この勝負、勝ったぞ!


「ただ、僕が勝った暁には君にこのサークルを退会してもらおう。僕も二度と君には関わらない。それで君が彼女に会うことは永遠に出来なくなる」


 ──え?


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