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決別の時

 演劇部ではヒロインすら演じることもあるというその美顔の紅潮と、男にしては長いまつ毛をした瞳に惑わされ、私はひたすら混乱していた。


 ──美しい。


 相手はイケメン天狗、変な気など起こしてなるものかと己の心に喝を入れるが、視界に映る彼が蠱惑的すぎて妙な気分が収まらない。

 鼻に薫るイケメン天狗の匂いもまるで──だめだ、頬だけでなく耳まで熱い。


「あ、あの……」


 馬乗りになり、彼の顔の横に両手をついていた私がなんとか言葉を絞り出した時、その気色の悪い野郎二人が織りなす雰囲気は霧散した。


「いたあああ!?」


 私の悲鳴である。

 ボゴオという鈍い音と共に、火照った私の頬にずっしりとした痛みが走ったのだ。


「殴ったな!?」


 まさかイケメン天狗からグーパンをお見舞いされるとは思わなかった。

 空中幼女に蹴られ、イケメン天狗に殴られる。

 泣きっつらに蜂とはまさにこのこと!


「おい、たとえ私が嫌いでも、殴るなんてやりすぎではないだろうか!」

「な、なな、何がやりすぎだこの変態!」 

「へ、変態とは言いがかりだ! ちょっと倒れ込んだだけではないか! なのに殴るとは……謝罪を要求する!」

「いきなり君みたいな変人に押し倒された方の気にもなってみろ! 刺されなかっただけありがたいと思え! それに男がたったひとつのグーパン程度で騒ぐなんてみっともないんだよ! まさか親父にもぶたれたことないとでもいうのかい!?」

「父親だと!? 違う、私は母親にぶたれて育ったのだ!」

「そこはどうでもいい!」

「私の幼少期の話だぞ!?」

「だからだよ!」


 まさかイケメン天狗と、こうも大声で罵り合うことになるとは。

 そもそもちょっと押し倒す形になっただけで、人をグーパンで殴るほど怒るなんて、ほんと王子とかイケメンとか言われるやつは気に食わん。


 高校の時も髪の毛を少しでも触られるとキレてグーパンしてくる男がいたが、そいつもこの埴太郎も総じてナルシストなのだろう。

 自分のイケメンポイントを害する輩にナルシスト共は容赦ない。

 普段の気取ったハリボテを突き破り、醜い本性を顕にしてくる。

 にも関わらず、イケメンと呼ばれる人間の本性を知らない周囲のサークルメンバーは、早くも私が悪いと囁き合っていた。


「──決めた」


 立ち上がったイケメン天狗は柳の下の幽霊のように、垂らした前髪の隙間から私をじとっと見て言った。


「君に彼女の情報は渡さない」

「なんだと!? 横暴だ!」

「変人ならまだしも、変態とあれば紹介などできるものか!」

「私は変人でも変態でもない! 天才だ!」


「「「ただの変人だ(よ)!」」」


「うおっ!?」


 聴講していたオーディエンスまでもがイケメン天狗と口を揃えた。

 蔑んだ皆の視線が私を襲う。


「いじめである! いじめである!」

「人聞き悪いことを言うな! 全部自分のまいた種じゃないか!」

「お前に覆い被さったのは不可抗力だ!」

「嘘つけ! 誰もいないのに君が押し倒してきたんだろ!」

「違うのである! 違うのである!」


 全ては空中幼女のしでかしたこと。


『おや、これいかに?』


 この花凪にドロップキックを仕掛けた空中幼女は、私を取り巻く環境に気付くと、パッと目を輝かせ、腕を上下させ腰をくねらせるヘンテコな動きで踊り始めた。


『祭りじゃ! 祭りじゃ!』


 人を窮地に追い込んでおいてこの始末、やはり神ではなく悪鬼畜生の類か。

 一ヶ月はおやつ抜きの刑に処すのがよかろう。


「じゃあ一体何が違うって言うんだ! 答えろ花凪!」


 まるで裁判で逆転する弁護士のように、彼は私を指差した。


『あれえ? 祭りじゃないのか? ならなんなのじゃこの状況は……』

「この……全てお前のせいだ阿呆!」

「は? 僕のせい? 阿呆……?」


 ピキピキとイケメン天狗の表情に怒りの筋入ったと同時に、白い美顔が凍えるほどの冷たさを放ち迫力を増した。


「あ、いや、今のは違う……」


 またもや空中幼女のせいで事態が悪化した。

 これでは事情を知らない凡人共には、この花凪が暴走した挙句に責任逃れのため、相手に謂れのない中傷を始めた人間だと映ること間違い無いだろう。

 このままではサークル内での地位を上げるなど到底不可能、麗しき花子すら宇宙の膨張速度並みに遠ざかってしまう。


「ちょっと、花凪。謝りなさいよ」


 さすがに見かねたのか、金髪貞子までもが私を嗜めようとする。


 ──考えろ、考えろ花凪。


 普段から天才を自称してやまないのは、決して己の異質さを正当化するための言葉ではない。

 今この状況を、その才覚を持って解決する時がきた。

 我が頭脳が瞬時に現状打開のシミュレーションを開始する。

 思考に没した私とイケメン天狗の間に訪れた寂寞の一瞬が、周囲の人間の顔を苦々しいものへと変えていく。


「あのさあ」


 沈黙に耐えかねた金髪貞子がさらに介入しようとした時、我が頭脳は一つの解決策を導き出した。


 ──もういっそ、空中幼女の正体をバラしてもいいのでは?


 私の奇行が問題になっているというが、それは全て空中幼女のせいだ。

 ていうか今回のイケメン天狗との諍いも、空中幼女のせいだ。

 今、皆はこちらに夢中で気づいてないが、空き巣のように空中幼女がサークル内に皆が持ち寄った菓子を食い漁っている。

 きっと私以外には菓子が勝手に空中に消えていくように見えるだろう。

 つまり、この状況を見せれば人外の証明にもなるということだ。

 よし、いける。


「実は──」


 導き出した解決策をイケメン天狗に伝えようとした時、金髪貞子の言葉がかぶさってきた。


「ほんと、迷惑なやつね。何を言い訳しようと、アンタは変なだけなのよ。お土産すらセンスないんだし。ほら、自分が異常なことをいい加減に自覚して、さっさと謝りなさい」


 ほんとそうだよな、と。

 サークルの皆も呆れるように、この花凪を嗤った。


「──なん、だと?」

「な、何よ」


 金髪貞子の言葉が、この場の名古屋人共の反応が全ての運命を決めることになった。

 その言葉はいただけない。

 その反応は許せない。

 全国でもトップクラスにお土産の保有数を誇る関西は京都出身の私が、

 お土産審美眼についてはもはや魔眼の領域に到達しているこの私が、

 めぼしいお土産が『きしめん』程度の名古屋人に見下されるなどあってはならない。

 名古屋に良いお土産がないからと、三重の『赤福』や静岡の『うなぎパイ』を勝手に巻き込み「これが東海地方のお土産だがや!」と誤魔化すように売っている名古屋人どもにお土産センスを馬鹿にされるなど、あってはならない!


「──勝負だ、イケメン天狗」

「え?」

「はっ?」


 私の言葉に貞子も天狗も呆気にとられた。

 だがそんなことはどうでもいい。花凪演算によって導き出された完全な暴露シミュレーションを放棄して、私は感情に身を任せた。


「ああ、さっきのは事故だった。正式に謝罪しよう。お前を害する気はなかった、すまなかったな。だが、それとは別にイケメン天狗、お前は花子の情報を私に渡さないといったな」

「え? あ、うん。そうだけど」

「ならば勝負だ、イケメン天狗」

「は……え、勝負?」


 私の挑発にオーディエンスは薄ら笑いを浮かべ「なんだこいつ?」とまたヒソヒソ囁き始めた。

 金髪貞子はゲンナリとした顔で「また変なことを……」と呟く始末。

 しかし当のイケメン天狗だけは、驚きつつも私の目を見つめている。

 意外と負けず嫌いなのか、プライドが高いだけなのか、どこか愉快げな笑みまで浮かべている。

 ならばここに勝機あり。


『お、お主! そんなすらすらと常人のように喋れたのか! 変身か、変身というやつか!? しかも勝負とは一体何を始めるつもりじゃあ!?』


 あぐらをかいて菓子をボリボリ頬張りながら、空中幼女は興奮した様子でことの成り行きを見ている。

 その姿はテレビで野球のナイター中継を見るオヤジと変わらない。

 ちょっと将来が心配だが、その期待には応えてやろう。

 自信を持って得意げに頷くと、空中幼女が目を輝かせた。


『おお! 神と触れ合える才能に相応しい姿を、遂に見せてくれるのじゃな!?』


 無論だとも。今ここに、この天才の勇姿を見るがいい。

 私は先のイケメン天狗と同じく彼に指を向け告げる。


「イケメン天狗──今からお前にお土産戦争を申し込む!」


「え、お土産……なんだって?」

「お土産戦争である!」


 やっぱりこいつアホなのじゃと、ひっくり返った幼女が言った。


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