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イケメン天狗の懸念

 こんな具合で、供物と称しておやつを度々要求してくる子供の世話を負う羽目になった私だが、何より重要なのはみんなに認められるかも、チヤホヤされて仲良くなれるかも、これで花子の情報を得れるかもと大きな期待を背負わせた自然薯のポタージュを金髪貞子に全否定され撃沈したことだ。


「私は自然薯のポタージュ美味しいと思うけどなあ」


 貞子の親友であり、貞子と並ぶこのサークル四大美女の一角にして『恋人』の異名を取る有栖川姫花は美味しそうに紙コップを啜っている。

 誰にでも笑顔を振りまき、男女関係なく友人が多い彼女にぴったりなあだ名であろう。

 サイドテールの髪がフラフラと揺れるほど、コクコクと頷きながら幸せそうな笑みを浮かべて自然薯のポタージュを飲んでくれている。


 ちなみに四大美女というが、私がその存在を確認できているのは三人までだ。

 残りの一人は知らないが、おそらく花子のことだと思う。

 私がなぜ知らないかにおいては語るまい。

 語らう相手がいないから、知れないのだ。

 ちょっと、涙が出てきた。


「花凪くん、なんで泣いてるのさ」

「ポタージュの湯気が目に染みて」

「あはは! ほんと花凪くんっておもしろーい! ねえ、花凪くんってさ。結構、珍しいものとか美味しいもの知ってるよね? いつかワインについても力説してたよね?」

「ワイン? ああ、最初の飲み会の話か」


 あれはまだ私が私とバレる前のことだ。

 フランクなイタリアンレストランで新歓を開催してもらった際、早々にみんなと打ち解けることに失敗し私の片鱗を見せた私が、すみっこの席でモッサモッサとパスタを頬張っていた時に話し相手になってくれたのは元ソムリエという店のオーナー、大前田源五郎氏であった。


 宵が深まった頃、酔いを深めたサークルメンバーたちがワインに手を出して酒宴が暴走気味になった時、ワインの飲み方について嘆いた大前田氏と意気投合したのだ。


 私としては、私抜きに盛り上がる皆へのやっかみも含めていたが、私のやっかみと大前田氏の嘆きが共鳴し、彼とはその瞬間、親友になった。

 葡萄畑について激論を交わし、投機目的と化したグランクリュから生み出されるワインの是非について語り合ったところ、方向性の違いで早々に喧嘩別れになったことを思い出す。


「なんだっけ、グラン栗がどうとか」

「グランクリュだ。最高峰の葡萄畑という意味がある。中でもどこのモノポールで獲れた葡萄かによってワインの価値が数百万単位で一気に変わるんだ」

「……ねえ、なんで未成年の君が知ってるの? もしかして、実はお坊ちゃんとか?」

「え、ああ……いや、別に……漫画で知っただけだ。そもそも私はただの苦学生だよ」


 事実を述べておく。バイトを掛け持ちし、なんとかお土産への出費を賄っている私はどう見ても苦学生であるのだから間違ってはいない。


「ふーん……京都からきたんだよね? じゃあ花凪君ってさ。もしかしてあの──」


 誤魔化せなかった。

 愛らしい小動物のような彼女が一瞬、獲物を狙う肉食動物のような雰囲気に切り替わった瞬間のこと。


「ちょっと姫花、花凪に絡むなんてやめなさいよ。感染ったらどうするのよ?」


 唐突に金髪貞子が割って入った。

 あまり過去は話したくないのでここは感謝をして──おい、感染るとはどういうことか。

 こんな天才を捕まえて病原菌扱いとは失敬である。


「あん? 何よ花凪」

「……」


 問い詰めたいが、貞子の機嫌がよくなさそうなのでここは沈黙は金なりの格言に従おう。

 反対に機嫌が良さそうな有栖川姫花は「ふふふ」と何が楽しいのか自然薯のポタージュを啜りながら私を見ている。猫のような愛らしさのくせ、その目はまるで猛禽類のように鋭い。

 私に興味があるのは嬉しいことだが、あいにく私の好みは清楚な黒髪女性、もっといえばグラマラスな妖艶女性、残念ながら小動物的可愛さの彼女は私のタイプではない。

 ポタージュを褒めてくれたことは、視線に込めた念だけで感謝しておこう。


「……ねえ、花凪」


 有栖川から視線を逸らし、続々とこちらに返却される自然薯のポタージュを「ぐぬぬ」と積怨の念を込めて睨んでいたら、諸悪の根源イケメン天狗が声をかけてきた。


「なんだ、イケメン天狗。くだらない焼き菓子でも自慢しにきたか」

「イケメン、か……ふふふ、まあいいけど」


 私の嫌味にもさらっとした笑顔でいなすこの美男子は、確かにイケメンの称号にふさわしい。

 腰に手をあて、見下すようでありつつも爽やかさすら感じる笑顔は清涼感が抜群だ。

 顔だけでなく、所作を含め全身でイケメンっぷりを発揮するのだから敵わない。

 感謝の念ですら怯えられる私とは大違いであろう。


『神が啓示してやろう。お主は日頃の行いを直すのじゃ』


 イケメン天狗の菓子でリスのように両頬をパンパンに膨らませた裏切り幼女がさも私が悪いかのように言ってきたので、その両頬の膨らみを押したら『むみょー!』と奇天烈な叫びをあげ、空気を発射する風船のようにすごい勢いで部室の窓から飛んでいった。

 頬に溜めたのは菓子ではなく空気だったのだろうか。


「君は本当に変な行動を繰り返すね……この間の植物園でもそうだったけど」

 空中幼女の頬を握る所作を見られていたのか、イケメン天狗が呆れるような視線をこちらに送ってくる。


「それで? 本題を言え、なんのようだ」


 誤魔化すように尋ねると、思わず惚れてしまいそうな綺麗な笑みを浮かべてイケメン天狗が珍しく私を褒めてきた。


「この自然薯のポタージュは美味しいね。君のお土産センスはバカにできなさそうだ」

「その言葉には感謝するが、そんなことが言いたい訳ではないのだろう?」

「──ふふ、君は時に異様に鋭い」


 胡散臭いものを感じてじっと見ていると、イケメン天狗が浮かべていた笑みを消す。


「実は聞きたいことがあるんだ」

「うん?」

 切り替わった彼の視線に心がざわつき、妙な一呼吸分の間が生まれる。

 私を責めるような、まるで犯罪を疑うような、普段のイケメン天狗らしからぬ敵意を感じる。


「ふと小耳に挟んだのだけど、サークルに入った理由が一人の女の子を探してというのは本当かい?」

「ああ、本当だ」


 何事かと思いきや、奴が尋ねたのは山田花子と私のことについてだった。

 なぜこいつがそんなことを気にするのだろうか。


 しかも怒りの気配まで漂わせて。



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