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朴念仁、花凪

「ふ、フハハハハ! イケメン天狗、これが私の力だ!」

「ふふ、そうだね。うん、君はただ変なだけじゃないようだ」

「だから何度も天才だと言っているだろうが!?」

「──ねえ、花凪」


 負けたくせに、イケメン天狗は何やら鋭い眼光を私に向けていた。

 なんだ、悔しいのか名古屋人め。


「フハハ! 気にするな埴太郎、京都人である私にお土産で勝とうというのがそもそも……」

「それはどうでもいい」

「私のアイデンティティだぞ!?」


 お土産をバカにするなど言語道断、こうなれば今からこいつと膝を突き合わせてお土産の素晴らしさについて語り尽くし──。


「僕が聞きたいのは君が山田花子と呼ぶ女性についてだ」


 花子というワードにフル回転していた花凪演算が停止する。


「あ、そうだ。埴太郎、勝ったら彼女を紹介してくれると言っていたな」


 大学入学の四月のあの時から、この十一月まで私は一度も彼女と会っていない。

 私のこと、覚えてくれているだろうか。


「僕が危惧しているのは……君、変態的な真似しないよね?」

「するかアホ!? 私を唾棄すべき盛った猿どもと一緒にするんじゃあない!」

「だって君は僕のことを押し倒した前科があるからねぇ」

「誰が好き好んで男を押し倒すか!? というか顔を赤らめて言うな気色悪い!」

「……ぷふ、君はまだ──まあいい」


 私の全力の否定を受けても、得意のイケメンスマイルでいなすこいつは本当にイケすかない。

 だがそんなこいつが我が花子への切符を握っているのだから人生とはままならないものだ。


「じゃあ花凪、これにてお土産戦争はお終いでいいだろう?」


 ……ちょっと耳を疑った。

 今回の勝負では勝ったが、まだ通算では私はまだ負けている。

 状況は未だ、私の方が圧倒的に不利なのだ。


「おいイケメン天狗、それでは──」

「案外察しが悪いね君は。僕は君に彼女を紹介してあげようと言っているんだ。今、このタイミングでね」

「んなっ!?」


 予想だにしない発言に目が飛び出そうになった。

 こいつ……もといこいつらにお土産の貴公子と呼ばれた私の神技を見舞ってやりたいのだが、そもそもの目的は花子に近づくために始めたものだ。

 提案に乗るのは決して悪いことじゃない。

 ただ私としては、不完全燃焼感が否めないので悩ましいところではある。

 まだこの花凪がお土産貴公子であると、このサークルに知らしめれてはいないのだ。


「本音を言うと、僕はもう飽きちゃってね」

「おい貴様! 飽きたとはどう言うことか!? これは我が花凪家に伝わる由緒正しき正統な戦いであって──」

「ああ、わかったから。ほら、今は勝利の余韻に浸りなよ。君は目的を果たせるのだから」


 私が言い終わる前に、気障ったらしく片手を背中越しに振りつつ、アディオスとは言ってないが言いそうな雰囲気でイケメン天狗は去っていく。


「むう」


 納得はいかないが、メリットはあると理解できる話だ。

 ていうか、冷静によく考えたら私にお土産を買う金がもうなかった。

 続けたら負けていたかもしれん。


「気に食わんが、助けられたということか」


 これにて、終了。そう実感した途端、なんだかどっと疲れた気がする。


「ふう」


 何気なしに改めて周囲を見れば、コーヒーを片手に談笑するビジネスマンがごとく、ポタージュを飲みながら皆がそれぞれ憩っていた。

 時におかわりを求められ、時におめでとうと微笑みかけられ、私は少しばかり困惑する。

 どうやら今回、私のお土産はちゃんと皆に評価されて認められたようだ。

 存外、人に喜ばれるものを作るのは心地いいものである。


「花凪──」


 などと感慨に耽っていると、えらく小さい声で呼ばれた。

 同時にか弱い力で袖を引かれる──宮村だ。

 一瞬、彼女だと気づくのが遅れるほどに、随分と態度がしおらしい。


『ほうほう! お主も隅におけんのう! これで妾が徳を積むのも時間の問題じゃのう!』

「いたのか、お前」


 朝から姿が見えなかった空中幼女が、突然現れたと思ったら何やら上機嫌に部室内を飛び回っている。


「何よ、私はずっといたじゃない。私、なんかアンタの気に入らないことでもした……?」

「あ、すまん。なんでもないんだ……ん?」


 ──違和感。


 宮村がおとなしい? 前は空中幼女への言葉を自分に向けられたと勘違いして激怒していたはずだが、今はなぜか小犬のように私を上目遣いで見るだけだ。


『お主も隅に置けんのう! まさかこのような形で徳を積むことになるとは妾も思いもよらなんだ!』


 ああ、そういうことか。私と花子の進展を期待……いやすでに確信しての上機嫌か。

 まだ出会うまで時はあるというのに気が早いと思いつつ、何やら目が潤み出した宮村が気になった。


「……どうしたんだ宮村?」


 ところなさげにポタージュの入った紙コップをさすり、彼女の視線はチラチラと地面と私を行き来している。


『ついにこの唐変木にも春がきたのじゃ! お主、早くこの女の変化を褒めてやれ!』


 幼女がうるさいが、何が来たというのだろうか。ていうか変化ってなんだ。


 ──ああ!


 確かに宮村らしい覇気がない。らくないしおらしさに、先日の弱った彼女を思い出した。


「……気分はどうだ? まだ、時間はかかりそうか?」


 仮にも慕っていた男に裏切れるような真似をされたのだ。

 いくら女帝と呼ばれる宮村だって心の傷が回復していない可能性は高い。

 なんだかさっきも涙目になっていたからな。


「……平気よ。私としたことが、情けなかったわ。終わってみれば、考えすぎていただけってことも解るわ。はあ、なんであんな人のこと……って、ごめん」

「別に謝ることではない。宮村、もしあいつがまた接触してきたら私にすぐ言うんだ。今度は再起不能にしてやる」

「──ふふ、ありがとう」


 一応、まだこの大学に在籍しているようだが、奴の今日の講義は臨時休講になっていた。

 退職の手続中と推測できるが、万が一のことがあれば彼の実家と婚約者の実家に殴り込むつもりだ。


「でも、もう大丈夫よ。私だっていつまでもやられっぱなしじゃないわ。もし平気な顔をして私に連絡してきたら、一発殴ってやる」

「そうか」


 カラッと笑う宮村はどうやら自分の恋心に折り合いをつけたようだ。

 彼女は己の恋路に答えを出した。

 きっとそれは望んだ答えじゃなかっただろうが、強い彼女のことだから、またすぐに新たな恋路へと歩み出すことだろう。私もそろそろ自分の恋路を歩かねばならん。

 イケメン天狗との戦いに勝つためとはいえ、琵琶湖を一周する程無駄に遠回りしてしまった。

 しかし今、ようやく花子への切符を手に入れたのだ。


『恋路じゃ! 新たな恋路の幕開けじゃ!』


 空中幼女も大喜びして、腕を上下に振りヘンテコな踊りをしながら私の周囲を漂っている。

 そう、新たな……いや別に新しくはないだろう。

 迷走し脱線した列車がまた本線に戻ったようなものなのだから。


「ねえ花凪」


 意気揚々と鼻息を荒くしたところで、黒い髪をくるくるといじりながら宮村が私を伺いみた。

 あれ? 何やらとんでもない違和感があるぞ……何だ?


「アンタってさ、黒髪好きなんでしょ……その、ど、どうかな?」

「ん……って、あ!」


 そういえば宮村の髪色が変わっている。

 こちらを恥ずかしそうに伺い見る女帝は、どこか期待しているようにも見えた。


 ──なるほど、全てを理解した。


 きっと私に言って欲しい言葉があるはずだ。

 ああ、大丈夫。私は天才、女性に掛ける言葉は心得ている。

 そうだ。私の才能は、この剣は、問題を解くことに使うのだ。

 人に向けることはもうない。だから私は、自信を持って彼女に告げる。


「うむ、金髪の方が似合ってるぞ!」


 ──そして宮村の表情が凍りついた。


「え……あれ?」


 私の背筋に冷たいものが走る。なんか私の想像していた反応ではない。


『お、折りおった!? 人生最大のフラグを折りおった! どう見ても今は褒めるところじゃろう!?』


 空中幼女め、相変わらず訳のわからんことを言う。

 彼女の黒髪姿は確かに美しいが、それでも仲間由紀恵氏には敵わない。

 だが金髪なら宮村に軍配が上がる……かもしれない。

 金髪という条件付きとはいえ、この花凪にここまで評価を上げさせた女帝の美には脱帽せざるを得ないというものだ。

 それは十分な褒め言葉だろうに。それでも足りないというのなら付け加えよう。


「あの眩い金髪は君によく似合う。黒髪も綺麗だが仲間由紀恵氏には及ばない──」


 そこまで言って気付いた。

 宮村が俯きプルプルと震え、空中幼女が助走をつけようと距離をとっている。


「この……」


 これは我が人生において幾度か体験したことのある感覚──怒り爆発の前触れである。


「大馬鹿やろう! 奇人変人朴念仁!!」

「あたっ!? よ、よせ何をする」


 不甲斐ないことに、天才である私はこの怒りの方程式をまだ解けていない。


『せっかく縁を結びかけたのに! 大きな徳のちゃんすだったのに! あんまりじゃあ!』

「よ、よせ、やめろおおお」


 宮村と幼女がタッグを組んで物理攻撃を仕掛けてきた。

 グイグイと宮村が頬を引っ張り、背後から幼女がドカドカと背中を蹴る。

 幼女からのダメージが大きい!


「ひょ、ひょもひょもわらひは変人れはない!」


 頬をつねる女帝と背中を蹴る幼女からなんとか距離を取ると、二人の殺意の籠った視線と交差した。

 負けじと睨み返し、ここに大事なことを宣言する。


「いいかよく聞け、私は──」

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