天才花凪の誤算
「あれ? 花凪じゃん……何してんのよ?」
不機嫌な声の正体は金髪貞子だ。
埴太郎だけではなく貞子をはじめとしたサークルの面々がぞろぞろ現れた。
皆が私を見て怪訝な表情を浮かべている。
「なんでこいつらが現れるんだこの阿呆!? 私のときめきと甘酸っぱさを返せ!」
『阿呆とはなんじゃ! お主の想い人とはこの中の……どいつじゃ?』
「いないんだが!?」
うわっ、と。嫌悪感に満ちた声で金髪貞子が顔を歪ませる。
まあまあとイケメン天狗が機嫌を取りながら、困ったように眉を顰めて小声で私に話しかけてきた。
「ちょっと花凪……一人で空中に向かって何喋ってるんだよ。ブツブツとつぶやく姿が問題になってるけどそこまでなんて……君、一度休学して病院に行った方が」
「やかましい! これには訳があるのだ!」
「そ、そうか……まあ、君がそういうなら。一応、ここは愛知屈指の人気スポットだから、これ以上の奇行は控えるようにね……」
気障ったらしく片手を背中越しに振りつつ、アディオスとは言ってないが言いそうな雰囲気で、イケメン天狗は去っていった。
金髪貞子に至っては舌をべえっと出して、悪態を吐いていくおまけつきだ。
「おいこら幼女!? なぜあいつらが現れる! 花子はどこだ!?」
『むう? おかしいのじゃあ』
「おかしいのはお前だ! くそ、一瞬でも期待した私が愚かだった」
ここ数ヶ月は名前も知らない山田花子ともう一度出会うにはどうしたらいいか、出会ったら何から話そうかの膨大な脳内会話シミュレーションを繰り返し、住んでるアパートの隣人兼友人に「お前、近所で有名だぞ」と謎の太鼓判まで押されるほどに深い思考をめぐらせていた私だ。
にもかかわらず、こんなところで神などとあやふやなものに頼ったのが間違い、まさに神罰であろう。
「おい、空中幼女よ」
『え、空中幼女って妾のことか? 妾には素晴らしい神としての名が──』
「面倒だから空中幼女でいい。それよりもだ」
『こやつ、妾への敬意が……』
ブツクサ文句を言う幼女には取り合わず、ふと湧いた疑問を尋ねてみる。
「神のことを、現代人が見ることも聞くこともできんと言っていたな。でもなぜ私は大丈夫なんだ? 霊位がどうのこうのと言っていたが」
『むう、確かに。見たところ特に霊力がある訳でもないのう……おや? お主、どこかで神と出会っていないか? 僅かに神気を感じるのう』
「あいにく、お前みたいな人外はお前だけだ」
『誰が人外じゃあ!? 神を敬え! 妾を敬えええ!』
「うわ、こら離せ!」
頭にまとわりついてくる空中幼女と格闘した時、私だけが神と触れ合える理由を唐突に閃いた。
「……はっ!?」
ここに神の存在を持って証明されたことがある。
「やはり天才だからか!?」
『変人だからじゃっ!』
なるほど、神すら理解の及ばない天才であると考えれば私の特異性にも説明がいく。
私はきっと恵まれ過ぎてしまったが故に、常人の輪の中に入れないのだ。
そう、当たり前が他の人間と違い過ぎてしまうのだろう。
他人との会話がなぜか妙に弾まないのはこれで説明できる。
異性との会話については声すら出ない。
「しかし神の縁結びか……」
空中幼女に力を借りれば、この才能という大きなハンデを埋めることができるかもしれない。
摩訶不思議パワーで他人との差異を多少なりとも埋めることができれば……壊滅的な私の人間関係も一定の修復を──いや、ないな。
だって現れたのイケメン天狗だったし。
というか、万が一に神であっても、力不足なんじゃないのかこいつ。
幼女だし。
「ふむ、君に私を助ける力はないようだ。さっさと社に戻りなさい」
『いーやーじゃー! やっと捕まえた贄なのだ! 絶対にはなれんぞぉ! あらゆる廃社に張り巡らせた妾の糸。なかなか参拝客が来ない中、ようやくここで稀有な人間を捕まえたのじゃ!』
「贄だと!? この幼女め、何が神だ! これでは悪魔か妖怪だろうが!?」
私の言葉を聞いた幼女がより強く私の顔にしがみつく。
「くそ、前が見えん! 離れろ幼女、ゴーホーム!」
『くふふふ、絶対に離れんのじゃ。そなたの良縁、結んでみせよう!』
「ふざけるな! お前が結べるのは悪縁だけだろうが!?」
こうして、この日から。
私は神を自称するこの空中幼女に付き纏われることになったのだ。