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天才花凪の問い

 夜風が吹く大学校内に生徒の姿は見えない。

 時刻は十時をまわっており、一部の泊まり込みで実験を行うような殊勝な学生以外はここに残ってはいないだろう。

 街頭に照らされたベンチで自作のポタージュを飲みながら待っていると、あの男は現れた。


「おや?」


 タバコ休憩にでも行くつもりだったのだろう。

 カバンも持たず、タバコを取り出し口に咥えた所で、竹ノ内が私を見つけ以外そうな顔をした。


「あなたに会いに来ました、竹ノ内氏」


 無論、空中幼女の能力を使ってのこと。


「へえ? なんのようかな、花凪くん」


 興味ないとでもいうように、そのままタバコに火をつけた竹ノ内に私は本題をぶつける。


「あなたがどのような性癖をおもちかは知りませんが、宮村明里を狙うのはもうやめてくれませんか」


 一瞬、時が止まったように竹ノ内が停止した。


「──は? おいおい、ストーカーが警告のつもりか?」


 すぐに火がつかなったタバコをしまい、竹ノ内は私を睨む。


「ストーカーなんていませんよ。あなたの自作自演でしょうが」

「はあ、随分と荒唐無稽なことを言ってくれるな」


 まるで心外だとでもいうような顔を作る。

 埴太郎の演劇サークルでも通用するのではないかと思えるくらい、素知らぬ演技がうまい。


「警察でも呼ぼうかな。君はきっと明里ちゃんにも疑われているから状況証拠で……」


 暗に逮捕をちらつかせて私を脅そうとしていたのだろうが、甘い。


「やめておいた方がいいのでは? 今、城丸が警察に捕まりかけている所ですから」

「え」


 私のカウンターに、今度は本当に驚いた顔をした。

 竹ノ内が意表をつかれた瞬間、ポケットから取り出したレコーダーからあのシーンを聞かせ畳み掛ける。


『ああ、だりい。早く明里ちゃんと遊びてえー。俺にも早く回ってこねえかなー。てか隼人さんもさっさと堕とせよな、まったく。いつもみたいに一回ヤって飽きてくれりゃあいいけど……今回はご執心だから俺に回ってくるかも解らねえし』


 城丸の声を聞いた竹ノ内は無表情のままだ。

 きっと頭の中で己の無関係さを証明するためのロジックを構築しているのだろう。


 ──無駄である。


「篠原美希、神谷恵、田中あずさ……いずれもあなたがカウンセリングをして、あなたと関係を持った女性たちですね。そして城丸に脅迫されて奴とも関係を持たされていた女性たちだ」

「っ!」


 ここまで知られていると思っていなかったのだろう。

 竹ノ内の表情から漂っていた余裕が、わずかに揺らいだ。


「……竹ノ内さん。あなたを追い詰める前に、聞きたいことがあります」

「追い詰める? 随分、調子に乗っているじゃねえかクソガキが……」

 頭の中を整理し言い訳を構築する時間を稼ぐ好機とでも思ったのか、悪態を吐きつつも竹ノ内は私の言葉を待っているようだ。


 このタイミングで愚かなと、そのこぼれた笑みが言っている。


 別に何も問題ない。

 私としても、どうしても彼に確かめたいことがあったのだ。


「あなたは才能がある。ロジカルに考える能力と言語化能力が高い。それは人間関係において大きなアドバンテージになる。きっと他人と関係を築くのにそこまで苦労はしないでしょう」


 私は発想に関しての才能はあるが、他人に理解できるロジックもなければ、わかりやすく伝える言語化能力が高い訳でもない。だから苦労するのだ。

 だがこの男にとって女性に会話を楽しませ良き関係を築くことは難しいことではないだろう。


「それなのに、何故ストーカーまででっち上げて、宮村明里を狙ったんだ? あんたなら正攻法でも問題なかっただろう」


 私は天才だが、才能があるだけでは意味がない。それは私のサークルでの人間関係を見れば明らかだろう。だからこそ、私は他人の才能の振るい方を見る。


「──それだけの才能と能力があって、なぜこんな真似をした」


 知らず、怒りが湧いてきた。

 それは過去、私もその振るい方を間違えた人間だからだろう。


「そんなことを聞いてどうする。音声を隠し撮りして自分に都合よく切り取るつもりかな?」

「安心してください。スマホも、レコーダーも稼働させていません。単純に私が天才だから、あなたがなぜ自分の才能を腐らせたのかに興味があったのですよ」


 これみよがしに、目の前でスマホの電源とレコーダーの電源を落とす。


「……腐らせた? ふん、何もわかっていないようだから説明してやろう」


 警戒が和らいだのか、懐からタバコを取り出した竹ノ内は火をつけ一服する。

 煙を吐いた時にはもう、その顔には最初の余裕が戻っていた。


「お前みたいな冴えない野郎にはわからんだろうが、俺は天才と呼ばれていてね」

「ええ、そうでしょうとも」


 吸い終わったタバコを地面に捨て、二本目に火をつけた所で竹ノ内が私を見た。

 顔に笑顔を浮かべ、まるで子供のように得意げに語り出した。


「俺の家が昔の華族の分家という話は覚えているな?」

「まあ、はい」

「俺は本家の人間より優秀すぎた、まさに天才児ってやつさ。容姿はいいし、頭もいい。幼少よりつくづく思っていたんだ。周囲の人間は見た目も醜悪で頭が馬鹿な奴しかいないのに、なんでこんなに偉そうなんだってな」

「──分家であるが故に本家に苦労した、というとこですか」

「ご名答。お前も馬鹿ではあるが、そこらの凡愚どもよりはマシだな」


 どうやら優秀であるが故の苦労があったようだ。

 我が花凪家もそうだが、本家と分家のヒエラルキーはこの令和においても存在する。

 優秀な人間からすれば、ただの生まれだけで能力もないのに己の上位にいる人間が鬱陶しいと思うのは理解できる。


「まあ、この大学に入れたお前も多少は頭がいいのは認めてやる。だけど実は俺、東大も行けたんだぜ? でも、そんな俺がなんでこんな大学で講師の副業をしていると思う?」

「さあ」

「俺の地元から馬鹿を駆逐するためさ。周りがバカばかりだと、賢い俺が生きづらいんだ。考えればわかることもわからず、俺の時間を無駄にする輩ばかりだ。本当に吐き気がする。だからこの俺が教育してやらないとな」


 心が冷えるというのは、こういう時にも使う表現なのだろうか。

 今、私の中にあった興味という熱が、急速に冷却されていく。


「はあ、そういう結論に辿りついたのか」

「ん? 天才を自称するだけのお前にはわからない話だったか」

「──くだらん」

「……は?」


 こいつは頭の良さというものを、才能の価値をまるで理解していない。

 その愚かさに、過去の自分を重ねてしまい吐きそうだ。


 ──限界である。

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