天才花凪の逆襲2
「やったか圭太……って死んでないよな!?」
「大丈夫ですよ先輩。息はしています」
仲間由紀恵氏へのリスペクトとして、ドンキホーテで売っていた貞子変身グッズを集めていたのだが、まさかこのような形で役にたつとはこの天才の頭脳でも予想できなかった。
まさに結果オーライである。
「なあ圭太……この人、怖がりなのか? こんなパーティーグッズで気絶するなんて」
エレベーターから追いかけた先輩が、私の足元で痙攣している城丸を見て首を傾げる。
「……先輩の演技が素晴らしかったんですよ。埴太郎と一緒に演劇に出てはどうですか?」
城丸が非常階段に逃げることは容易に想像がついたので、先輩と同じ格好をした私とで二段構えで備えていたのだが、的中して何よりだ。
「でも……ここまで怖がるか?」
無論、からくりがある。
(でかしたぞ、空中幼女)
今回の立役者、空中幼女を労っておく。
電話への干渉からポルターガイストの演出、果ては幻覚まで、私一人ではここまでの恐怖を与えることはできなかっただろう。
『むふふー! どうじゃお主よ! これぞまさに神の偉業なり!』
ドヤ顔で仰け反っている空中幼女だが、お前の神の偉業とは怨霊に扮して人を失神させることなのかと突っ込みたくなる。
先輩にはコスプレした人間が追いかけただけに見えるだろうが、こいつの姿が見える私にはバッチリと城丸が見た幻覚が見えていた。今回は私が考えた珠玉のホラー演出を非常に高い再現度で幻覚として空中幼女が実現してくれたのだ。
こいつが初めて私の役に立った瞬間である。頭を撫でて労ってやろう。
「えらいぞ。いいこ、いいこ」
『えへへー……ってバカにしとるんか!? これでも妾はお主より年上じゃあ!』
「……圭太、やはり君は何か見えているのかい?」
「え? あ、いや冗談はよしてください。幽霊なんていませんよ……きっと」
「この状況でそんなこと言われると怖いんだけど!?」
真っ暗な部屋で先輩も怖がっているようだ。
まあ神がいるからには幽霊もいるだろうが、そんなことよりも今は証拠を回収する時である。
「──ふん」
城丸が開いていたパソコンを漁ると、今までの被害者であろう女性たちの赤裸々な姿が、いくつかのファイルに名前ごとに分けられ保存されていた。
「おいおい。変態だな圭太は、もう」
「そんなつもりで見てませんよ!?」
『やれやれ、これだから男は』
(おい、お前は見るな。年齢を考えろ)
『くおら! お主より年上じゃと言っておるじゃろうが!?』
妾は立派な大人の神じゃと、子供のように癇癪を起こす幼女の目を片手で隠してメールを漁る。
「……ち、やはり証拠は残さないか」
「圭太、何を探してるんだ」
「竹ノ内と城丸とのやりとりですよ……ここにいる裸の女性と同じように、奴は宮村を狙っていたようなので」
「──やっぱり、そうか」
「竹ノ内が関係しているのは間違いないでしょうが、残念ながら証拠がありません」
流石に危ない橋を渡っているのは自覚しているのか、城丸への指示をメールに残すようなヘマはしていないらしい。
「と、なるとこの女性の写真は城丸の独断だろうな……お、私の写真じゃないか」
合成に使われた私の写真だ。ちなみに合成前のパーカー姿の男は城丸である。
この写真でストーカーの件を立証できるのではないだろうか。
「おい、圭太。こいつはここで息の根を止めた方がいいんじゃないか? 君に濡れ衣を着せた張本人だ」
「気持ちはわかりますが、こっちが捕まります。それにこいつはただの駒です」
裸の写真はあるが、同意のもとと言われれば、逃げることはできる。
相手女性の弱みを握った上での行為、保険はかけているようだしな。
城丸が合成に使った宮村のマンションでの自撮り写真も、宮村の家で相談に乗っていただけと言い逃れできるかもしれない。
「え、じゃあまさかこのまま放置なのか!?」
「まあ、そうなるでしょう」
警察に届けたところで、相手の女性もこいつに脅され被害を申告しない可能性もある。
「──無論、それは相手が凡人ならですがね。くくく」
「……君は本当にブレないない」
当然だ。こいつは私を敵に回したのだ。ここで大人しく諦めるこの花凪ではない。
「よっと」
「圭太? なんだい、それ」
「ボイスレコーダーです」
「え!?」
以前、豚まんを持って行った時に事務所へ仕掛けたものだ。
竹ノ内が出会った時に言ったように、ストーカーというのは身近な人間も疑える。
無論、私は竹ノ内を最初から容疑者へと入れていたのだ。
「フハハ、凡人め。なぜ自分は疑われないと思っていたのか!」
当然、私は埴太郎も有栖川も全員を容疑者として見ていた。
宮村の自作自演の可能性も含めて、この天才の推理に抜かりはない。
「凡人て……いや、君が変人だとするなら他人は凡人か……」
「失敬な!?」
先輩に文句を言いつつも、レコーダーを再生させる。
豚まんを持って行ってから数日間、空中幼女に忍び込ませて持って行かせたモバイルバッテリーで繋いだレコーダーは充電しながら長時間の任務を無事に果たしてくれた。
城丸と竹ノ内の会話が再生されると、先輩も固唾を飲んで音声を聞いている。
『おい、城丸。今夜、行っとけ』
『え、ちょ、俺まだ仕事残ってるんすよ!?』
『ダメおしってやつさ。何やら変な男が明里にちょっかいをかけているからな』
『へえへえ、ったく。いつもみたいにさっさと堕としてくださいよ』
『くくく、時間の問題さ』
決定的ではないが、事情を知る私たちからしたら自白しているようなものだろう。
「……圭太、これって」
「ええ、そういうことですね」
続きを再生させるが、あとはほとんど仕事の内容だけだ。
「……くそ、でもこれだけじゃ不十分じゃないか!?」
「その通りです。これを警察に届けてもお咎めなしです」
「でもこのままま野放しにしていたら明里が……」
「──問題ありません」
一通り聞き終わった私はレコーダーをポケットにしまい、エレベーターへと向かう。
「おい、何が問題ないんだ!? それにいくなら私も……」
「先輩は警察を呼んでください」
「え、でもさっき警察に言っても無駄だって……」
「ふふ、それは竹ノ内についてで、城丸に関しては別です。音声はこいつのパソコンにコピーを作っておきました。あ、女性の写真が画面に出るようにしておいてくださいね。あとは先輩の演技でどうにかなります」
「演技って……」
「宮村のストーカーの件で、助けてくれている竹ノ内に会いにきたら真っ暗な中、非常階段の踊り場で城丸が倒れていた、パソコンが開いていたので見ると、女性の裸の写真と音声ファイルがあったって言ってくれれば、大丈夫ですよ」
「……なるほど、そういうことか」
ちなみに、さっき城丸が美希という女性にかけた電話の音声も録音されている。
あれを再生させれば、この城丸については警察がしっかり動いてくれるだろう。
竹ノ内を追い詰めることはできないが、それは私が行うので問題ない。
「私は黒幕を」
「──わかった」
いざ、出陣。
唾棄すべき中年の猿に、落とし前をつけに行こうではないか。




