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天才花凪の逆襲

 カタカタ……カタカタ……。


 キーボードを打つ音が事務所に響いている。このビルで明かりが灯っているのは、竹ノ内隼人心理セラピー事務所だけだ。社長の竹ノ内の姿はなく、パソコンに張り付いている茶髪の男が一人、残っていた。


「ああ、だりい。早く明里ちゃんと遊びてえー。俺にも早く回ってこねえかなー。てか隼人さんもさっさと堕とせよな、まったく」


 仕事に飽きたとでもいうように、男が伸びをしながらぼやいている。


「いつもみたいに一回ヤって飽きてくれりゃあいいけど……今回はご執心だから俺に回ってくるかも解らねえし……」


 彼は困ったように鼻から長く息を吐くと、ふいにニヤリと笑いを浮かべた。


「そんな時は、と」


 ヒヒっと。茶髪の男がパソコンのモニターに映したのは、何人もの裸の女性の画像だ。今までの被害者なのだろうか。写した写真をニヤニヤと眺めながら、男はスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始める。


「やっほー、美希ちゃん。久しぶり〜」


 慣れ親しんだ様子で軽快に挨拶を交わすが、スマホから漏れ出る相手の声は暗く、落ち込んでいた。


『もう……電話してこないでって言ったじゃない』

「え、そんなこと言っちゃう? 隼人さんに振られた時は慰めてあげたじゃん? はあっ?」

『……』

「またあの時みたいに慰めてあげるからさあ! この後、いつものホテルに集合な?」

『……』

「──おい、返事は? あの時の写真、お前の旦那や子供に送りつけてやってもいいんだぞ?」


 どうやらあの写真は同意を得て撮られたものではないらしい。


「旦那に隠れて隼人さんと浮気した女が、今更清楚ぶってんじゃねえぞ。そのあと隼人さんに振られたお前を慰めてやったのは誰だ? ああん?」


 酷く冷めた声で男が告げる。最初のフレンドリーな態度はまやかしだとでもいうように。


『──った』

「あん? 返事が聞こえねなあ。どうするぅ? 俺は別に構わね──」


 それは女を支配することの喜びなのか、男の声にどうしようもない嗜虐性が宿った時だった。


『──じゃあ今カラ、いくネ』

「え?」


 女の声が一瞬、ブレる。機械で加工したかのような低音で、電話の女性の声とは全く異質の音がした。


 ツー、ツー、ツー。


「なんだよ、今の……って、あれ?」


 訝しげにスマホを見る男は、何かに気づいたようだ。


「……誰だよ、この番号」


 通話終了の知らせが写るモニターには、どうやら男の知らない番号が写っていたらしい。


「これ……俺の番号? いや、俺はちゃんと美希に……」


 ブー、ブー、ブー。


「うわっ!?」


 男が異変に気づいた時、けたたましくスマホが振動した。


「電話……え、これも俺の番号……」


 画面に表示された相手の名前は「城丸」と書いてあった。男がわずかに手を震わせながら、警戒した様子でスマホを耳に当てる。


「も、もしもし……」

『迎えにキタヨ』


 電話の声が、またブレる。


「美希……だよな?」

『──うん私、美希ちゃン。今からエレベーターで上がっテいクね……ヒヒッ』

「え? いや………え」


 エレベーターが、一階へと降りていく。


 キュイーン──。


 エレベーターを動かすモーター音が、静寂な室内に不気味に響いた。


「そ、そんなすぐ来れるわけねえだろ……それに声が……」

 ゴクリと、喉を鳴らす茶髪の男がエレベーターの階数ランプを見ている。


 一階でエレベーターが止まる。

 しばらく動かないのは誰かが乗降しているからなのだろう。

 もう一度、キュイーンとモーターの音が静寂の室内に響いた時だった。


 ──イヒヒヒイヒッ!


 けたたましい笑い声がエレベーターの内部から反響したと同時に、バチッと、部屋の明かりが落ちた。


「うわあああ!? な、なんだよこれ!? なんなんだよ!?」


 男は腰を抜かしたのか、尻餅をつきながらエレベーターから距離を取るようにジリジリと退がる。

 二階、三階、とエレベーターのランプが事務所の四階へと近づいてくる。


 ──チーン。


 到着を知らせるチャイムがなり、男の目の前でエレベーターの扉が開いた。


「あ、ああ……嘘、だろ……」


 開いたエレベーターの中は、まるで月のない夜のように底抜けに暗かった。

 吸い込まれそうな闇の中から、もぞっと黒い何かが蠢いている。


『しロマる、サン……』


 天井まで頭がつきそうな黒い影が、扉を潜るようにのそっと現れた。長く垂れ下がった髪の隙間から、血走った目が男を見つめている。嗤った口がパックリと、頬から耳まで裂けていった。


「ヒィ!? ひ、は、っっっっふ」


 男の呼吸音が、フロアに響くほど激しく脈打つ。ゆっくりと距離を詰める口の裂けた異形が、真っ黒な口内を晒して言った。


『ワタシト、アソびタイのよねえエエエエ?』

「うわあっああああ!?」


 絶叫をあげ、男が非常階段へとかけていく。外窓の横に備え付けられた非常口から飛び出した男は、転びそうになりながら急いで封鎖されていた非常階段へ続く扉のダイヤルキーを回す。


『ドコニ、イクノォォォォ』


 もはや異形は人間の声真似をやめたようだ。

 机をバタバタとひっくり返す激しい音をたて、男のいる窓へと近づいてくる。


「は、早く、早く………っ!!」


 焦った男が目に涙を浮かべて数字を合わせている。


 ──ガチャ。


「開いた……っ!」


 開ききっていない扉の隙間に体を滑り込ませるように階段に入った男が急いで鍵を閉め直す。


「こ、これで……」


 ──ぽん、と。男の肩に手が乗った。


 肌が干からび、爪がなくなっている異形の手を見て、男が再び呼吸を乱していく。


「っ……ああ、あああ……」


 振り返る男が見たのは、三日月のように大きく裂かれた口だった。

 血走った目が男を見て、裂けた口が男の頭を飲み込むように開く。


『──ツカマエタ』

「ヒ……ヒイいいアアアアアアアアア!!??」


 男は白目を剥き、地面にゴンっと硬い音を立てて頭を打つと、そのまま動かなくなった。


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