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天才を自称する理由


「助けるも何も、今回はストーカー事件の自作自演がバレそうになった宮村が私を陥れて発覚を防いだだけのことでしょう」


 きっと目的は竹ノ内氏に構ってもらいたいから、そんなとこだろう。

 おおかた、事件が想像以上に大事になってどう解決しようか困り果てていたのだろうよ。


「いや圭太、ちょっと待ってくれ……何かおかしくないか?」

「え?」


 動画の続きを再生した先輩が私に確認する。

 暗い面持ちのまま、宮村は怪文書を受け取った。用が済んだとばかりに城丸が離れていくが。


「彼の表情……」

「ぬ?」


 空中幼女は城丸を追いかけたようで、宮村に背を向けた城丸の顔がバッチリ写っていた。


 ──その顔はとても醜悪に歪み、邪悪な笑みを浮かべている。


 気落ちしたような宮村の表情とは全くの正反対で、何かを企んでいそうな顔だ。


「なんで明里が辛そうで、こいつはこんなに愉快そうなんだ?」

「……まさか」


 私は思い込んでいたのかもしれない。

 宮村があの怪文書を受け取るシーンを見て、失望と怒りの感情に任せて動画を停止していたから。


「ねえ圭太、この事件は本当に明里の自作自演なのかい? 明里は……私が見ても本当に辛そうだったんだよ」

「確かに、そうですね」


 疑い出せば、思い当たる節がある。スタバで見せた宮村の落ち込んだ表情はとても演技とは思えなかった。もし、これが宮村なりにストーカー事件を解決しようとした手立てだったのなら?


 ──怪文書は自作自演だったとしても、宮村は本当に被害に遭っていたとしたら?


「なるほど、このパターンだったのか……」

「圭太、もう一度お願いしたい。明里を助けてやってくれないか?」

「……あの、先輩」


 私に懇願する先輩を見て、ただ一つ疑問が残る。


「この問題を、なぜ私が解決できると?」


 私は鼻つまみ者だ。サークルでは人の輪に入れず、一目惚れした女の情報すら半年以上たっても得られない。そんな人間に、この先輩は何を期待しているというのだろう。


「圭太、君は変人だ。みんなに敬遠され続け、集団の中では弾かれる。にも関わらず、君はなぜかいつも話題の中心にいる。もし君に人を惹きつける才能があれば、一角の人物になっていたと思えるほどだ」


 一番欲しい才能に恵まれなかったのか!?


「だから、かもしれない。君なら私たちに解決の糸口が見えない問題でも、とんでもない切り口で突破してくれると期待してしまうんだ……君はもしかしたら本当に天才なのかもしれない」

「……自称ではなく、他人から天才と認められるのは久しぶりですよ」


 ──なぜだろう?


 あれだけ他人に才能を認めさせようとしておきながら、今はちっとも嬉しさが湧いてこない。


「これは乙女の勘だが、ここで君に見放されたら明里はきっとよくないことになる。いや、もしかしたら取り返しのつかないことになるかもしれない」


 辛そうに語る先輩を見て、嫌な思い出が蘇ってしまう。

 一年前、京都で見た彼女の表情が、先輩の泣きそうな顔に重なってしまう。


 ──ああ、そうか。


 ちっとも嬉しくないこの気持ちも、なぜか重なるアイツの顔も、全ては私が──。


「そんな泣きそうな顔をしないでくださいよ、先輩」


 どうやら私はまた大事なことを見失い、過ちを繰り返そうとしていたらしい。

 この違和感の正体は、過ちゆえのことのようだ。


「え? そ、そんな顔をしていたか?」

「はい、先輩は優しいのですね」


 わかっている。先輩はただ宮村を本気で心配しているんだ。まるで自分ごとのように。

 だからこんな表情ができるのだろう、まるであの時のアイツのように。


 でも私はあの時、もっとひどい状況だったアイツを、きっと藁にもすがる想いで私に頼った彼女を──。


「ねえ先輩。私は優しくありたいのです」

「優しく?」

「私を天才だと言ってくれましたね。でも私は才能があるだけに意味はないことを学んだのです。この才覚を、この能力を、私はもう人を傷つけるために使いたくないのです」


 きっと、京都にいた時の私は傲慢だった。

 今の私は鼻つまみ者だが、それはまだ結果を出していないからだろう。

 凡人の輪の中で生きられない異物が圧倒的な結果を出した時、凡人はその異物を天才と呼ぶのだから。

 そして地元という環境において、私は少なからず結果を出しそれなりの評価を受けていた。

 だからきっと増長してしまっていたのだろう。

 仲間に恵まれ、彼女に求められて、自分が特別だと過信してしまった。

 誰よりも大切にすべきだったアイツを見ずに、自分の才能ばかりに酔ってしまった。


 その結果が──。


「……やれやれ」


 ──私は才能が認められたかったのではない。


 才能の使い方をもう間違えないと、認めさせたかったのだ。

 きっとそれは自分自身に、あるいはもう会えない彼女に。

 なのにまた、私は才能の使い方を間違えるところだったようだ。


「まだ、間に合いますね」

「圭太っ!」


 そう、過去はもう悔やんでも取り返しがつかない。

 ずっと彼女に抱いていた恋心も、あの時に終わってしまった。でも、今は違う。

 宮村はまだ助けられるし、先輩の憂いも晴らすことができる。

 ここで私が拒絶してしまえば、それこそあの時の二の舞だ。

 また私は己の才能の使い方を間違い、身近な人を救えなくなってしまうのだ。


「予感がするんだ。今回の明里に忍び寄る奴に、きっと明里は……このままだとあの子が──だから、頼む」


 ヘルメット片手に、先輩が綺麗に頭を下げた。

 先輩と宮村がそこまで仲が良かったのだろうか?

 いや、この人はただ優しいのだろう。愚かな私と違って。


「そんなことしないでください……頭を上げてくださいよ、先輩」

 天才を名乗るのであれば、この花凪が人生をやり直すために名古屋に来たのであれば、今ここに才能を示す時である。

「さて、女を貶めようとするクソ猿に、人生のドン底を味あわせてやるとしようか」 


 先輩のおかげで少しは私も頭が冷えた。自分がなぜ動くのかの理由も明確になった。

 すると途端に、奴等への怒りが腹の底から込み上げてくる。

 宮村のためだけじゃない。他に頼る相手がいなかった有栖川も、こうしてわざわざ頭を下げた先輩も、今回の事件のせいで皆が心を痛めている。


「流石に見過ごせん」

『お主、また面倒に首を突っ込むのか? 別の伴侶を見つければそれですむ話じゃろうが』


 黙って聞いていた空中幼女が私を真正面から見据えて尋ねてきた。どこかその目は私を試しているようにも見えるが、無駄だ。この花凪の心はもう決まっているのだから。


「山田花子を探すためではあるが、先輩と有栖川の気持ちを無碍にできん。ついでに宮村もな。彼女たちをいたずらに傷つける今回の猿には厳罰を下す必要があるのだ」

『ほう! お主、何やら良い目をするではないか』

「やかましい、私は元々良い目をする男だ」


 しかし、この私としたことがまんまとはめられてしまったな。

 私の推測通り今回の件にストーカーは存在せず、これは自作自演だ。

 しかし自作自演を行なっていた人物は宮村ではなかった。

 私の頭の中で全ての点と点が線で繋がっていく。


「さあ、空中幼女。仕込みを回収し、悪漢退治を始めようではないか」

『なんじゃ、なんじゃ。阿呆のくせに凛々しい顔をするのう! 妾とて女を食い物にする悪漢は許せん! 協力してやるぞ!』

「くくく、そうか。お前に手伝ってもらえるなら盛大に復讐劇をかましてやれるな」

『お、おお……! ついに神と触れ合うに足る霊位の持ち主として覚醒が──妾の目はやはり間違っていなかったのか!?』


 空中幼女も何やら盛り上がりを見せるなか、いよいよクライマックスが訪れるようだ。

 さあ、この花凪を貶めた責任をとってもらおうではないか。空中幼女も乗り気なら、私の反撃絵図を実現するのは容易い。念の為、幼女と打ち合わせをして今後の段取りを……。


「け、圭太……? そこに何かが見えるのかい?」

「あ」

『あ』


 奇しくも空中幼女と声が重なる。

 あまりに盛り上がりすぎて先輩がいたことを忘れていた。


『ど、どうするお主!? 高貴な妾の存在がバレてしまうぞ!?』

「いやバレてもいいだろうが!? しかしまかせろ、この天才、今が最も乗っている。こんなピンチ、簡単に乗りこなしてやる」

『なんとぉ!? 見てみたい! お主のいいとこ見てみたい!』

「ふ、まかせろ」

『あ、それ! お主のいいとこ見てみたい、ただのゴミでないとこ見てみたい!』

「やかましいわ!?」


 リズミカルに煽てたと思ったら誰がゴミか、このクソ幼女め。


「……圭太が狂った!?」


 あ、全部喋ってしもうてた。


「ち、違うのです! ちょっと脳内シミュレーションで盛り上がってしまって……」

「やっぱり変人……いや変態!?」

「失敬な!? 私は変態でも変人でもなく……そう、ただの天才である!」

「変人の要素しかないんだけど!?」

『おい! まったく乗りこなせてないんじゃが!?』

「ぬううう!?」


 やっぱりこいつアホなのじゃと、ひっくり返った幼女が言った。

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