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救世主

「ぬうう!? しまった!」

『やはりアホじゃろ!?』


 そういえばこの逃走経路を発見したきっかけは、部室の窓から程よい高さのこの場所が見えたからだったことを思い出す。


「こっちだ、音研の窓からいけるぞ!」


 振り向けば、仲間の猿が私のいる屋根へと飛び乗ってくる。

 地面までは約三メートル、足から飛び降りたら問題ないが、地上には別の猿ども待機している。


『あわわわ! ど、どうするのじゃ!?』


 奴らは自分がヒーローになれる瞬間を夢見ているのか、興奮した面持ちでにじり寄ってきた。

 私を捕まえ、あわよくば宮村に近寄りたいとでも思っているのだろう。

 地上で私を見上げる猿は、手柄を奪われるとでも感じているのかどこか悔しそうに見える。


「くそ、万事休すか!?」


 このまま捕まるのなら、いっそ──。

 覚悟を決めるように、地上で私を待ち構える猿の一人を睨みつけた。


「……え? おい、何をする気だ花凪!?」


 私の狙いに気づいた猿が慌てる。


 ──照準はバッチリ、怪我をしても私は知らん。

 私の脳内には飛び蹴りを必殺技とする仮面ヒーローの姿が浮かんでいる。


「いいか、私は悪くないからな! そもそも私の話も聞かずに暴力を持って取り押さえようとする貴様らが悪いのだからな!」

『お、お主まさか!?』


 虚栄心に溺れた猿どもは、勘違い正義のもとに無実の男に断罪を下すのだろう。

 そして己の武勇伝として仲間たちに自慢げに語り、飲み会では女子を引っ掛けるためのフックとするに違いない!


「よろしい、ならば好きに語り継げ! ただし顔に青あざをつけながらなぁ!?」

「なんの話だよ!?」


 いざ変身、と。私がキックをお見舞いしようとしたその時だ。

 ──ブオオオン! と仮面ヒーローの操るバイクの音が聞こえてきた。

 幻聴かと思えば、黒い影が颯爽と地上に乱入したではないか。


「う、うわあああ!?」


 続いて私を待ち構えていた猿共の悲鳴がこだまする。

 一つの真っ黒なバイクが、私が花凪キックを決めようとした猿どもを追い払ったのだ。

 バイクに跨った彼女は猿どもを蹴散らしたあと、黒いフルフェイスのバイザーを開けて私を見た。


「さあ、後ろに乗りたまえ圭太。ガトーショコラの借りを返しに来たよ」

「ラブデビル先輩!?」

「……ほう、圭太は私のことそう呼んでいるのか」


 助けに来たはずのきらら先輩が、まだ私がバイクに乗っていないにも関わらず走り出す。


「ああ!? 待って、違うのです! 置いていかないで!?」



 ◇



 猿共の追撃が迫る中で先輩に半泣きになりながら必死に謝罪の言葉を述べ、なんとかバイクに乗せてもらい近所の平和公園まで逃げてきた。

 池や木々が聳える長閑な公園には、子ども連れの母親たちで賑わっている。


「ありがとうございます、先輩」

「構わないよ。実は姫花ちゃんから連絡をもらってね。花凪くんが冤罪で貶められそうだから助けてほしいって」

「そうだったんですか……」


 どうやら有栖川は私を疑ってはいなかったようだ。

 スマホを片手に電話していたのは、私の場所を密告するためではなく堂島先輩に助けを求めていたからのようだ。

 疑ったお詫びに今度、豚まんを持って行ってあげよう。


「さてさて、どうするかな」


 まさか自分が貶められるとは思わなんだ。


『お主、ここまで追い詰められてはもう詰みじゃろう』

「ふん、この花凪を舐めるな。策はすでに仕込んである」


 先ほどのように物理的に追い詰められてしまえば打つ手はないが、堂島先輩のおかげでその窮地は脱した。ここからは私のターンだ。

 なぜ、竹ノ内氏が私を断罪したのか。城丸の態度からしてそれは明確だ。

 ならば私の仕込みは、ここに炸裂することだろう。


「ふふん、目にもの見せてくれるクソ猿ども。凡人の分際でこの天才をハメようなど……」

「──圭太」


 怒りに沸々と闘志を燃やしていると、先輩がこちらを神妙な面持ちで見ていた。


「君は怒っていないのかい?」

「え、怒ってるじゃないですか」


 何を言っているのか。

 猿どもの元凶、今回の件の背後には間違いなくあの城丸がいる。

 奴に復讐する計画を練る花凪演算はオーバーヒート気味の勢いでフル稼働していた。


「そうじゃない……明里のことだよ」

「宮村?」


 一体、宮村がなんだというのか。もしかして今回の裏側に先輩も気づいて──。


「君は今回、明里のために色々動いたじゃないか。私は姫花から話を聞いた程度だが、それでも君が明里のためにかなり苦心していたのは理解しているつもりだ」


 まあ、確かに。あの豚まん爆撃によって我が家はガスが止まっているし、3食主食にしているとろろの量が増え肉類のタンパク質は減った。ていうか無い。今の私の体を支えているのは自然薯と米だ。


「そんな君にこんなことを言うのは心苦しいのだけど……」


 私を助けたはずの先輩が、今回の件には関わらなかったはずの先輩が、ひどく気まずそうな表情を浮かべる。なぜ、彼女がこんな顔をするのだろう。


「明里のこと、助けてあげてくれないか?」

「助ける……?」


 ちょっと耳を疑った。今一番窮地に陥っているのは私だ。

 そもそも前提がおかしいのだ。

 宮村はきっと、ストーカー事件の解決なんて望んでいないのだから。


「──先輩、これを」


 昨日、空中幼女がフラペチーノの報酬と引き換えに手渡したスマホを見せる。


「こ、これは!?」


 写っていたのは、宮村のマンションだ。

 動画の登場人物は二人、城丸と宮村だった。


『はい、これ』

『すみません、こんなこと頼んで……』

『明里ちゃんの頼みだったらいつでもオッケーだって!』


 弾んだ声で城丸が渡したものは、昨日宮村が私に見せた怪文書だ。


 そう、あのストーカー事件は宮村による自作自演だったのである。

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