驚天動地
翌日の金曜日、サークルの部室に行くと何やらみんなが盛り上がっていた。
週明けの月曜日はお土産戦争開催日だ。みんな私と埴太郎の勝負論で盛り上がっているのかと思ったが、話題の中心にいたのはこの場では見慣れない人物だった。
「いいか、ハロー効果を上手く使えば初対面で人の心象というのはある程度自分の思い通りにできる。ここで大切なのは得点を稼ぐことじゃなく、失点をしないこと。つまり、他人に共感されないことをしないことが重要だ。いいか、自分のこだわりは捨てることを意識しろ」
おおー、と周囲の関心を集めているのは竹ノ内氏だ。
なぜ竹ノ内氏がここに? と思ったが、宮村が彼の隣にいるのでまあ不思議なことではないだろうと、私も竹ノ内氏の講義に参加する。非常に興味のあるお話だ。
「わかりやすく人がすごいと思うこと、つまりは人と同じことで高得点を取るんだ。他人と違うことで結果を出しても大体は理解されない。いいか、多くの人はテストで高得点を取れる人間を天才だと思う。正確には秀才なのだが、他人との関係を築くには自分が秀才になるのが一番早い」
なるほど、一理ある。凡人は共感でしか物事を判断しないので、わかりやすい優秀さというのは凡人が集うコミュニティの中で優勢を発揮するだろう。
「もちろん、最初は秀才じゃなくてもいい、最初から人より上手く物事を進めるなんて、俺にだって無理さ。ここで大事なのが、さっきもいった通り失敗しないこと」
どうやら竹ノ内氏は新しい環境で自分の居場所を作る方法を皆に講義しているようだ。
そして、本人は俺には無理と言うが、元々賢く能力が高い人なのでそんなことはないだろう。
だがこの場の皆は違う。皆、そこそこ器用でしかない凡人だ。
イケメンで頭がいい彼のような秀才が、自分も最初は君たちと一緒だと言う。
凡人は自分でもこの人の言うことを聞けば、彼のような秀才になれると錯覚を抱くだろう。
天才である私には通用しないが、なかなかすごいテクニックをお持ちの方である。
やはり人気講師は伊達でない。
「だが、どうしても爪弾きになる人間だっている。そういう人間が自分を認めてもらうためにどうするか……変なことを始めるんだ」
なるほど、と誰かが言った。
花凪と聞こえてきたが、気のせいだろう。私は変なことなど一切していない。
「でもね、もっと大きな問題は──犯罪まがいなことをやって自分の承認欲求を満たす人間がいることなんだ」
そこで竹ノ内氏が私を見た。サークルの皆も私を見る。
「待っていたよ、花凪くん」
「え? あ、どうも」
唐突に声をかけられ、私は軽く混乱しながらも会釈した。
──おかしい、何かとても嫌な空気を感じる。
「みんな、聞いてくれ。俺が今日、ここに来たのは最近、大学の中でストーカー被害に遭う女性が多いからだ。ここいる宮村明里ちゃんも、実は被害に遭っていてね」
ドヨドヨとざわめきが起きる。皆が驚く中、埴太郎と有栖川は困った顔で私を見ていた。
いや、状況がさっぱりなのだが、なぜあんな表情を私に向けるのだろうか。
「ご存知の通り、俺は心理学者だからここにいる明里ちゃんから相談を受けていたんだ。犯人探しに協力をしてもらえないかって」
この時、私は忘れていたのだ。
事件や問題というのはいつだって予測できるものでなく、完全に想定の外からやってくるということを。
道を歩いている時、すれ違った人に後頭部をいきなり殴られるように、突然やってることを。
「君だろう、明里ちゃんのストーカーは?」
──私は、忘れていた。