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違和感


「おい城丸、客に失礼だろうが」


 竹ノ内氏がその無礼を注意すると、この大型犬は困ったように頭を掻いた。


「勘弁してくださいよ隼人さん。俺、まだ仕事全然終わってないんですから……明里ちゃんみたいな可愛い子にでも癒してもらわないとやってらんないんすよ」

「おい!」


 竹ノ内氏が威嚇するライオンのように吠えると、今度は餌を奪われたハイエナのようにシュンと肩を落とし城丸とやらは背を向ける。


「へいへい、お茶ですね」


 去り際に意味ありげに宮村に微笑むが、当の宮村は困ったように愛想笑いを浮かべただけだ。

 そういえばイケメン天狗もサークルで彼と同じ所作をするが、城丸は比べようもないくらいむかっ腹が立つ。

 一体どうしたことか。イケメン天狗も城丸も同じ敵カテゴリーなのに、私は城丸には明確な嫌悪感を抱いている。というより、イケメン天狗に嫉妬は覚えても嫌悪感を覚えたことがないことに気づいた。


「いや、すまないね。あいつ、仕事はできるんだがどうにも人間性が……」


 奴とイケメン天狗の違いについて考えていると竹ノ内氏が申し訳なさそうに謝罪を述べるが、彼の目は宮村に向けられていた。私に謝っているようで、宮村へ謝っている。自分のイメージでも気にしているのだろうか。全く、どいつもこいつも。

 内心でナイアガラの滝のように文句の洪水を流している私に反し、当の宮村は興味なさそうに「いえ」と短く呟いて、視線を伏せていた。


 ──これ、いかに?


 こんなしおらしい宮村は女帝の名に恥じる。

 サークルでは軒並み男どもを今やその視線だけで震え上がらせ女帝と呼ばれる宮村が、あんなわかりやすい茶髪の猿に愛想笑いで対応することもそういえば異常なのだが……。


「ほら、ここ座って」


 竹ノ内氏に案内され応接用のソファーに向かいあって座ると、先ほどの城丸がカップに入ったコーヒーを三つテーブル並べくれた。

 笑顔でコーヒーを配膳してくれた城丸は宮村の前にティーカップを置く瞬間、パチリとウインクをして何やらスケこましな雰囲気を醸し出す。


「……どうも」


 宮村は戸惑ったようにティーカップを受け取るだけだ。

 おい、宮村。アピールする猿には凍てつく視線を送るいつもの貞子はどこに行った。

 満足するように自分の席へと戻っていく城丸を竹ノ内氏が咎めるように睨んでいた。


「全く、あいつは……」

「まあ、お気になさらず。私たちはただの学生ですし、今日は客としてきた訳ではないので」

「……意外と頭の回転が速いな、君は」

「え、花凪がですか?」


 おい、宮村。せっかく竹ノ内氏がこの花凪が察したことを察したのに何を驚いている。


「全く、これだから凡人んわあああああ!?」


 言い終わる前に足を踏まれた。

 ブーツの踵が足の甲にダイレクトアタックしてきたのでたまらず苦悶の声を漏らす。


「うっさい、花凪」

「誰のせいだ、誰の!?」


 ギャアギャア騒ぐ私に、竹ノ内氏の視線が城丸に向けられる視線と同じように厳しさを増していった。


「──仲が良いんだな」

「勘弁してよ、こんなのと」


 この花凪に暴言を吐いた宮村はブスッと不貞腐れるようにそっぽを向いた。

 ここ最近の私は宮村に嫌われるようなことはしていないと自負しているのに、この好感度の低さはどういうことか。思わず私の頬も焼いた餅のように膨れそうになった時、竹ノ内氏がライオンの立髪のような髪をくしゃっとかき揚げ、呆れるようにため息をついた。


「はあ。で、今日はどうしたんだい?」


 おっといけない。私としたことが目的を忘れるところだった。


「……おい、宮村」


 隣でじっと動かない宮村をせかし、豚まん爆撃を進行する。

 宮村はおずおずとした動作で、蓬莱の豚まんをテーブルの上に置いた。


「これ、花凪からお土産でもらったんですけど……その、一人じゃ食べきれないのでお裾分けに持ってきました。ちょうど、お昼時だったので……どうかなって」

「へえ? 花凪君が……」


 ──ん?


 一瞬、竹ノ内氏の視線がまた鋭くなった。

 箱から豚まんを一つ手に取りながら、探るように私を見ている。

 もしかしてこちらの意図がバレたのだろうか?

 いや、まずい。

 目的はこのお土産を契機にした宮村と竹ノ内氏の仲の進展だ。

 ここは素直に宮村に感謝して二人で豚まんトークの一つや二つを繰り広げて欲しいのだが。

 今この場の主役は豚まんでなくてはならない。

 やむをえん、忙しそうな城丸を撒き込んで、ここは豚まん爆撃と──。


「う、うまいなこれ!?」


 と、そこまで心配したところで杞憂に終わったようだ。

 豚まんを一口頬張った竹ノ内氏が感動のあまり声を上げた。

 期せずして主役は豚まんに移る。


「ほら」

「ちょっ」


 話せと意味を込めて、宮村を軽く肘で突く。

 少し不満そうだが、観念したのか彼女は竹ノ内氏に私が仕込んでおいた豚まん情報を語り始めた。


「それ、美味しいですよね。551蓬莱の豚まんっていうらしいんです」

「へえ、確かに美味しいね。今まで肉まんを美味しいと思って食べることはなかったけど」

「確かにそうですよね。肉まんがこんなに美味しいと思うなんてちょっと意外ですよね」


 朗らかに話し合う二人に、私は肉まんではなく豚まんだと突っ込みたい気持ちを抑えて自分の取り分をもしゃもしゃと食べていた。


「蓬莱か、確か大阪のものだったよな」

「ええ。和歌山までしか出店してないらしくて、なかなかこっちで食べる機会はないんですよ。私も最初食べた時は驚きました」


 なかなかにいい雰囲気ではないか。

 これで宮村か竹ノ内氏が一緒に関西に行こうとでも切り出せば、万事うまくいく。

 婚約者がいようと関係ない、己の呪いで魅了せよ金髪貞子、とエールを送っているとある違和感に気づいた。


「ほんと、花凪は変なところだけ詳しいんですよね。この前もダン・アナベルのガトーショコラを持ってきて──」


 おい、なんで私の話なんかしている。


「お土産戦争なんて訳のわからない催しを初めて、いつの間にかみんな埴太郎と花凪で賭けようなんて盛り上がってて……まあこいつが不甲斐ないせいで賭けは成立しなくなったんですけど」

「そうなのかい?」

「変人で厄介者のくせに、いつの間にかみんなを巻き込む騒動の中心にいるんですよ」

「へえ……」


 見ろ、竹ノ内氏も反応に困っているではないか。

 私のことを話す宮村はなんだか妙に上機嫌だ。

 しかし、そんな態度を意中の男の前で取るべきではない。

 私に好感度がないことは私がよく知っているが、事情を知らない人からすると仲が良さそうと錯覚してもおかしくないのだ。


「ほんっと、あんたって謎に行動力あるわよね」


 ついには竹ノ内氏から会話の相手を私に変えてしまった。

 私のことを謎と言うが、宮村の言動の方が謎である。

 せっかくの機会、自分と竹ノ内氏の話題にすればいいのに。


「花凪君、あそこのガトーショコラを買えたのか? 俺も買おうと思ったんだけど、あの長蛇の列に並ぶ時間は流石になくてね」


 ほらみろ、竹ノ内氏も私に語りかけてきた。

 こうなっては仕方ない、早急に軌道修正する必要がある、


「もし食べたいなら、二人で並べばいいではないですか。おお、そういえば豚まんがお気に召したのであれば、私の故郷の京都にはもっと美味いものがたくさんあります。よかったら教えますので、なんなら二人で行って──」

「こら花凪! 失礼なこと言わないでよ! すみません隼人さんも忙しいのにこいつが勝手なこと言って……」

「ははは、別に構わないよ」


 いや、失礼でもなんでもないだろう。

 その後も、なぜか私を交えた三人での会話に終始してしまった。

 私が同性の友人ならそれで正解かもしれないが、今は状況が違うだろうに。

 むう。こいつ、まさか──。


「って、ごめんなさい。ちょっと長居しちゃいましたね」


 私が二人の会話にしようと修正しては、宮村が元に戻すという謎の駆け引きを繰り返していると、気付けば豚まんは無くなっていた。

 時計を見ると、針は昼の十五時を差している。

 十四時前にここにいたから、かれこれ一時間はしゃべっていたようだ。


「まだゆっくりしていけばいいじゃないか」

「そんな訳にはいきませんよ。隼人さんが忙しいのは知ってます」

「悪いな、気を遣ってもらって」

「いえ、こっちこそ時間をとってもらってありがとございます」


 別に仲は良さそうだ。笑顔で言葉を交わし合う二人を見て、じゃあさっきのは何だったのかと、違和感が拭えない。

 宮村が少し急いだ様子で席を立つ。私にも席を立てとせっついてくる。


「じゃあね明里ちゃん。花凪くんも豚まん美味しかったよ……おい!」


 それまでの朗らかさから打って変わって、えらく強い竹ノ内氏の呼びかけに「へーい!」とだらしない声で返事を返したのはこの花凪を軽んじた城丸だ。

 返事を返した後も、キーボードを打つ音がしばらく続いてから、ようやく彼はこちらに歩いてきた。


「なんか美味しそうな匂いしてたけど……あれ、俺の分は?」

「……」

「……」


 竹ノ内氏と宮村の返答は沈黙だった。

 だってこの二人が全部食べてしまったのだから仕方ない。

 目的通り会話が弾んだどうかは置いておいて、我が豚まん爆撃の策は見事に的中した。

 あれよあれよという間に竹ノ内氏が一個二個と豚まんを頬張っていき、なぜか宮村までも追従するように豚まんを頬張っていた。見たか凡人どもめ、これが関西は蓬莱が誇る豚まんの威力である。


「それお土産なんでしょう!? なんで明里ちゃんまで食べてるわけ!?」

「い、いやあ……」


 気まずそうに視線を逸らす宮村を尻目に、いい歳の大人である城丸が本当に不貞腐れるようにエレベーターのボタンを連打した。

 文句を言いつつも、一応はエレベーターボーイの役割を全うしているらしい。

 しかし──。

 エレベーターを待つ間、私はもう一度振り返り、竹ノ内氏のオフィスを見回した。

 この事務所は広い。室内がパーティションで遮られていないせいか、竹ノ内氏と城丸の二人分のデスクとチェアだけでは、もはや不釣り合いに感じるほどだ。

 内壁は白一色で統一されていて、デスクとチェアは黒一色なのは竹ノ内氏のこだわりなのだろうが、これではあまりにも……。


「ほら花凪、行くわよ」


 ぼうっと思考の海にダイブしていたら宮村に引き上げられ、私は竹ノ内氏の事務所を後にした。

 エレベーターに乗って振り返った時に視界に入る、彼の事務所の広さが妙に印象に残った。


 ──私の仕掛けが不発に終わるなら、それでいいのだが。


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