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身銭を切る天才花凪

「で、何よこれ」


 赤い箱の入った乳白色のビニール袋を持って、突然現れた私を見た金髪貞子の視線に怨念が増した。

 場所はサークルの部室。有栖川姫花、木下つぐみ、おまけに埴太郎と、いつものみんなで仲良さそうに話しているところに私が突然きたのだ、無理もない。


「なんだい、それ? まだ勝負の日じゃなかったと思うけど?」

「これはお土産戦争とは別物である。心配するなイケメン天狗」

「いや、心配はしてないんだけど……」


 少し不機嫌になったイケメン天狗を放っておいて、私は目的の金髪貞子……もとい宮村へと赤い箱の入ったビニール袋を差し出した。


「ほら。この前話していた蓬莱の豚まんだ」

「え?」


 渡された袋から赤い箱を取り出した宮村に、周囲の面々が反応する。


「ちょ、匂いが強いよ花凪君!?」

「何もって来てるんだ君は!?」

「やっぱり変人……」


 有栖川、埴太郎、木下と三者三様の反応を見せるが、どれも好意的ではなかった。

 まあいい。本来であれば551蓬莱の豚まんの素晴らしさと、それにまつわる私の武勇伝を語るところだが今回の件に関係ない有象無象は放っておこう。


「な、あんたまさか京都行ってきたの?」

「違う。たまたま物産展で出店していたのを見つけたのだ」


 もちろん、そんな都合よく名古屋に蓬莱が来るわけもなく、からくりがある。

 穀潰しの能力も使いよう、この天才の頭脳の賜物である。

 出会う能力の応用、店にも活用できるのではと考えたらうまくいった。

 空中幼女も当初はそんなの無理とほざいていたが、私の分析は正しかったのだ。

 働いているのが人なら、蓬莱が人で成り立っているのなら、出会えるのではと仮定した。

 そもそも蓬莱は全国の物産展に顔出しの常連であり、名古屋にも何回かきている。であれば、能力適用の範囲に含まれるのではと考えたのだ。

 そして空中幼女に願いの力を使わせた後、蓬莱の公式ホームページを確認すると名古屋地区へ出展の案内が書かれ、そして数日後には近くのデパートに蓬莱の姿が。


 痛い出費だが仕方ない、一応は奴にも報酬として豚まんを渡したら目を輝かせて頬張っていた。

 上機嫌になった瞬間にもう一つ要件を頼むと心よく引き受けて飛び立っていったので今は私の側にいない。


 面倒ではあるが御し易い神といえよう。


「昼飯はまだなのだろう? 持っていくといい」

「っ!」


 一応、周囲に配慮して誰にとは言わなかったが意図は通じたようだ。

 胡散臭そうに私を見ていた宮村の目が驚いたように見開いた。


「で、でもこんな匂いのキツいもの……それに私は井村屋派よ?」


 相変わらずことごとく私の反対の嗜好を持った女帝である。確かに東海地区では三重に本社を置く井村屋の肉まんとあんまんが圧倒的シェアを誇っている。小さいく食べやすい肉まんはおやつとして女性や子供に好かれているので無理はない。

 しかし、だ。

 豚まんと肉まんは別物であることを教えてやる時がきた。


「ならば一個食べてみろ。それは豚まんだ、井村屋の肉まんとは別物であることを知れ」

「……」


 怪訝そうな表情で豚まんを一口かじる宮村だが、途端にその表情が綻んだ。


「っ! お、美味しい……」

「だろう? その肉餡を包んだ皮がまず美味しいのだ。甘味の強い皮が、旨みが凝縮された肉餡と起こす化学反応はこの豚まんでしか味わえない」


 堂々の自信を全面に押し出し、私は勝利の笑みを浮かべた。

 と、同時に。なんだか皆の様子がおかしい。


「「「「………」」」」


 宮村を含む四人が、何故か私を見てている。


「なんだ、みんなして。イケメン天狗、お前も豚まんが欲しくなったのか?」

「え? あ、いやそうじゃないけど……花凪って、案外顔は──」

「ふん、どうせまた変人とか訳のわからないことを言うのであろう」

「……まあいいや。それで、これ僕たちも貰ってもいいのかい」

「それはダメだ」

「えー、ケチだよ花凪君!」


 断った私に有栖川がクレームを入れてきた。

 それに頷く埴太郎と木下つぐみだが、どうやらこいつらも豚まんを食いたいらしい。

 無論、普段の私なら堂々と彼ら彼女らにも大盤振る舞いをしたことだろう。

 しかし、だ。

 今回のこれは私が勝つための必要な出費としてやむなく捻出したもの。

 我が家はこの出費によって二週間はガスが止まる。

 まあ蓬莱の豚まんだけでなく、もう一つ高価なものを買ってしまったせいなのだが。

 残念ながらこれ以上、豚まんを買う余力はないのである。


「それは宮村に必要なものだ。名鉄百貨店に蓬莱は出店しているから、自分たちで買ってこい」


 そう、こいつらにそもそも私が奢る必要はない。

 木下は知らないが、埴太郎も有栖川もおそらく金持ちだろう。

 ……あれ、こいつらが女帝に金を貸せばよかったんじゃないか?

 私がガスを止められなくても済んだのではなかろうか?


「おい埴太郎、五千円よこせ。さすれば買ってきてやる」

「なんだ、パシってくれるのかい? でも五千円って、これそんなに高いの?」

「手数料3千円だ。それで手を打とう」

「おい、暴利すぎるだろう!」

「そこをなんとか!」

「なんで必死なんだよ!?」


 ちょっと切羽詰まったものが出てしまったらしい。

 一瞬、ゴミを見るような目で私を見た埴太郎が、「もういいや」と私に興味を失ったように告げるとみんなに別れの挨拶をした。

 どうやら演劇部の練習が始まるらしい。

 時刻は十三時、正午の昼休憩は名友会を憩いの場としていたようだ。

 四大美女を二人も侍らせて休憩とは相変わらずである。


「ふん、これだからイケメンは気に食わん」

「いや花凪君、イケメンって……」

「事実である」


 有栖川の視線が痛いが、女子に男子の気持ちはわかるまい。

 あんな奴に花子が近しい関係であるなど、私の心中は穏やかではいられない。

 どうやら恋人ではないらしいが、「今は」という可能性もある。

 急がなければならん。


「ではな宮村、うまく活用するんだぞ」

「あのさ、でもこれ私のお土産じゃないでしょう? 別に私が買ってないものを渡すのっておかしくない?」

「問題ない、日本にはお裾分けという便利な言葉がある」


 抜かりはない。そのための五個入りを買ってきたのだ。

 女子一人では食べきれない量……いや実際には食べ切れるが、まあ十分な口実にはなるだろう。


「──っ」

「うん、どうした?」 


 豚まんの箱を見つめる宮村の顔はなんとも言えない表情だ。

 意中の人間へのアプローチができるなら、もっと喜んでもよさそうなのに。


「……はあ、いいわ」


 一体何の葛藤があったのかは知らないが、決意してくれて何よりだ。

 これでまず第一歩、イケメン天狗に勝利し花子へ近づく道を私は確実に歩んでいる。


「頑張れよ、宮村。それでは──」


 声を宮村にかけながら、視線を有栖川に送る。

 約束を忘れるなよというメッセージだが、伝わったのか彼女はコクンと軽く頷いた。

 ならばあとは座して吉報を待つのみ。

 次のアクションにはまず宮村の行動が必要不可欠だ。

 私はこのあと日雇いのバイトでもして家のガス代を稼ぐとしよう──と思った時だった。


「花凪、あんたも来なさい」

「え?」


 鋭いその目に拒否の余地は残していない。


「あの、いや私はバイトが……」

「つべこべ言うな!」

「あたっ!?」


 首を掴まれそのまま引きずられる。

 あまりの力強さに女帝には腕力でも敵わない可能性が頭によぎった。

 いや、十八にもなる大和男子が流石に貧弱すぎるのではなかろうか。


「ぬう、鍛え直さなければ」

「うん、そうだね……」


 引きずられる私の独り言に反応した有栖川が、深刻そうにつぶやいた。

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