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複雑な宮村明里

「パパ活ですってぇ!?」

「そ、そう怒るな……あくまで噂だ」

 状況証拠的にストーカー疑惑を晴らせない私は、簡単に彼女を見ていた理由をゲロった。

 もちろん、正直に有栖川の名前を出すわけにかいかない。

 嘘をつく時の基本は事実と事実を足し算して結果を捏造すればいい。

 だから私はパパ活疑惑を耳にした、つい目で追ってしまったと話した。

 目で追ったのは事実だし、パパ活疑惑を耳にしたのも事実だ。

 そう、嘘はついていない。


「もしかして、その相手って俺かい?」

「ええ、おそらく」

「まいったな」


 困ったように髪をかきあげ、フッと微笑むように視線を下に落とす竹ノ内氏は、どこかあざとくも見える。

 我がイケメン憎しフィルターを通しているからそう見えるのかもしれないが、まるで自慢しているようにも感じる。


「絶対、悪意あるわよそれ。竹ノ内さん知らない人なんていないでしょうに」

「いや、そうでもないぞ」


 心理学部では人気の講師ではあるが、他学部の生徒からしたら関係ない領域の話だ。

 これが中学や高校なら、これだけの人気教師がいれば学部や学年の壁を超えて有名になっているだろうが、大学はそういう場所ではない。

 高校までのような教室を中心にした生活はなく、授業ごとにそれぞれ別の教室へ移動して活用する大学では人のグループは自然と小さくなる。

 授業以外の時はサークルの部室にいようが、ラウンジにいようが、図書室にいようが自由だ。

 故に自分の学科、自分のコミュニティ外は別の世界になると言っても過言ではない。


「でもあんたは知ってたじゃない」

「私は天才で勤勉だからな。情報収集は欠かさない。凡人を私と同列に扱うのは可哀想だろう」

「なんなのよその自己評価の高さは。ほんっとブレないわねこの男……」


 事実である。

 私は他学部でも自分にとってメリットのある授業があれば参加しようと狙っていた。


 大学というのは本当に自由な場所だ。


 自分の学部ではない他学部の授業であっても自由に参加できるのだ。

 定員制の授業や実験を伴う一部理系の授業は無理だが、基本的に講義室は百人以上を収容できる大部屋なので、誰が出入りしてもわからない。テストさえ合格して単位をとることが目的なのだから、自由参加を掲げる生徒も多い。サボっていても、ノートさえ出席した生徒に見せてもらえればそれでよしなのだ。

 私はノートを見せてもらえるような友人はいないので、秘密裏に開催されるノート競売所を利用しているが。


「心掛けはいいが、自分の単位はちゃんと取るようにな」

「無論、抜かりありません」

「くくく、勤勉な学生だ。噂と違っていい男じゃないか、明里ちゃん」

「あり得ないわよ……」


 げんなりと呟く宮村を見て竹ノ内氏が「相性の問題か」と呟いてひとしきり笑う。

 本当に人当たりのいいイケメンである。

 私の記憶にあるイケメンとは嫌味なやつが多かったが、彼は違うのかもしれない。

 イケメンという存在に対する評価を修正するべきかどうかを考えていると、困った顔をして竹ノ内氏が腕を組んだ。


「パパ活か……まいったな。許嫁もいるから、あまり変な噂は流れてほしくないんだが」

「はいっ?」


 許嫁とはまた珍しいしきたりだ。

 地元の連中は例外として、まさか名古屋でこの事例に巡り合うとは。


「お相手は? 普通の方ですか?」

「ちょっと花凪、普通って何よ。そんな言い方は失礼でしょうが」

「違うぞ、許嫁なんてこの現代にわざわざそんなカテゴリを作るのは富裕層の可能性が高い」

「隼人さんと会って間もないアンタがなんでそこまで突っ込むのかって言ってんの!」

「あ、いやだって……」


 気になるではないか。

 話せる相手が稀な経験を持っているのなら、聞きたくなるのが人の性である。


「別に構わないさ。まあ、普通の人ではないね。でも明里ちゃんも花凪君も知らないだろう? 柊家って聞いても」

「柊家!?」


 たまらず驚いた私に、竹ノ内氏が意外そうな顔で尋ねた。


「え、知っているのか?」

「ま、まあ」


 なかなかのビッグネームが出てきたではないか。


「有名な人なんですか? まさか女優とか?」


 宮村が首を傾げていたのでわかりやすく説明しておく。


「柊家は曽祖父が官房長官まで上り詰めた昭和の政治家で、いわゆる名家だ。その家柄は昔の華族から続いていてな。身分制度が平等になった現代とはいえ、そこらの起業家や有名人でも相手にできないほど莫大な富と資産と格式を持つ。たぶん名古屋駅あたりを歩けば、柊家の所有しているビルがたくさん見られるぞ」

「へえ、詳しいじゃないか! そうそう、柊家のご令嬢が許嫁でね。俺にはほんと不釣り合いな彼女さ」

「柊の令嬢……ではあなたの家も格式高かったりするのですか?」

「んん……まあな」


 ニヤッとニヒルに笑みを浮かべる竹ノ内氏にちょっとイラついたが我慢しておこ

う。


「ただ俺は分家でね。本家は昔の華族といえば聞こえはいいが、分家のしかも一般人と変わらない俺に大きな家と婚約させて家の格を維持しようと頑張る程度には落ちぶれている。普通と比べれば裕福だったが、それだけでね」


 理解しがたいことに、この現代日本においても婚約によって勢力を固めるということは平気で行われている。旧家なだけならまだしも、一代で複数の企業を経営するに至った経営者でさえ、子供の結婚は自由にさせないという。


「花凪君は意外と詳しいんだね?」

「そうよ花凪、なんでアンタがそんなこと知ってんのよ?」

「え? ああ……たまたまだな。近代の経済史には興味があったんだ」

「……変人、気持ちわる」

「どういうことか!?」


 なぜ勤勉さを示しただけでこうも引かれなければならないのか。


「まあまあ、そんなことより花凪君。君にも協力して欲しいんだ」

「協力?」

「明里ちゃんと同じサークルなんだろ?」

「ああ、なるほど」


 サークル内に犯人に該当する人物がいないかどうか、気をつけて欲しいということだろう。


「構いませんよ。浮いている私なら、犯人も警戒しないでしょう」

「驚いた、君は意外と賢いんだね。うん、俺が言いたいのはそういうことだよ」


 意外と、という言葉に驚きを禁じ得ない。

 天才と名乗っているだろうに、なぜこうも理解されないのか。


「それじゃ、パパ活疑惑のある俺はここらで退散させてもらおうかな」

「え?」

「花凪君がいるなら大丈夫だろう?」


 そう言って竹ノ内氏がそっと私たちの側を離れた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

「ごめんよ明里ちゃん、デスクに忘れ物したみたいでね。駅までは花凪君に送ってもらうといい」

「こいつがストーカーだったらどうするんですか!?」

「違うわ!」


 まだ私の疑惑は晴れていなかったらしい。


「大丈夫、俺の見たところ彼は……多分、問題ない」

「多分とはどういうことか!?」


 どいつもこいつも失敬である。

 面識の薄い、あるいは無い女性のことを調べ上げた挙句に執念深く付きまとうなど言語道断だ。なんなら私はそんな人間に対し、正義の心を持って憤る側である。


『気付け、お主はそっち側じゃ』

「なんだと!?」


 空中幼女がすごくバカにした目で私を見てくるが、冤罪も甚だしい。


「ははは、じゃあ頼んだよ花凪君」


 そう言い残し、竹ノ内氏は去っていった。

 背中を向けてすぐにスマホを取り出したので、実は仕事が溜まっていたのかもしれない。

 いや、ああいうタイプの人間は交友関係が広いので連絡が溜まっていた可能性も高いが。

 メルマガとか、ちょっとしたその他からしか連絡が来ない私には少し羨ましい姿である。


「………」


 さてどうしようかと宮村を見ると、それはもう怖い目で私を見ていた。

 ていうか睨んでいる。

 眉尻を吊り上げ、私への敵意を隠そうともしていない。


「その、まあ……許嫁がいるなんてな──悪かった」


 心当たりがあったので謝罪しておくと、宮村が目を大きく見開き、口元を微かに震わせた。


「……なんでそこを謝るの?」

「好きなんだろう? 彼のこと」

「っ! べ、別にそんなこと!」

「そうか?」


 顔を紅潮させ怒ったように否定するが、これは照れ隠しだろう。

 間違いなく。宮村は竹ノ内氏に好意を寄せている。

 そうなれば彼の惚気とまではいかないが、婚約者の話題を引き出した私のことなど面白くはない。ことさらに不機嫌な理由はそれであろう。

 ただでさえ、好感度の低い私ならなおさらかもしれない。


「私も迂闊だった。気分のいい話題ではなかったな、すまん」

「ふん、別にいいわよ」


 さらっと金髪をかき上げて、宮村は私に背を向けて歩き出した。

 どうやら一緒に帰るつもりはないらしい。

 ただ去り際に一言、


「──知ってたから」


 吐き捨てるように呟いた声が妙に印象に残った。

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