やっぱり嫌われる?
「まさか、このマンションが金髪貞……宮村のマンションなのですか?」
肯定する竹ノ内氏の背後から、怨念のこもった視線で私を震わせてくる宮村がいた。
「おい花凪、それもう言い切ったようなもんでしょ。何、なんでもないように取り繕ってんのよ」
誤魔化しは通じなかったようだ。
つい癖で言ってしまったのだが、この褒め言葉は悪口になると有栖川に教えてもらったので気をつけなければならない。
「ん? ああ、そういえばキンパツサダってなんだ?」
「それは仲間由紀恵氏のような美しい長髪を金色にして凪かせた……」
「竹ノ内さんは気にしなくていいです! 花凪、これ以上何か言ったらここで話終わらせるからね!?」
「りょ、了解した」
私が貞子愛、もとい由紀恵愛を語ろうとしたところで宮村に止められた。
まあ話が脱線するのは私も望むところではない。
「つまり話を戻すと、宮村は竹ノ内氏にストーカー被害をずっと相談していたと」
「俺は職業上、犯罪被害者のカウンセリングを行うこともあってね。彼女の力に何かなれないかと、俺から持ちかけたんだ」
「職業上? あれ、あなたは大学の講師なのでは?」
「それは副業さ。本業は個人で独立した心理カウンセラーだよ。まあ、最近は若い子の人間関係の悩みを聞いてその人を後押しするセラピストのようなことが多いけどね」
「なんと」
そんな職業があったのか。
確かに弁護士などは相談料と言って打ち合わせだけにお金をとることもあるが、まさかお悩み相談料だけを生業とする職業があったとは。
「大学はいいフックになるんだよ。人間関係に問題を抱える子は多い。特に、大学生は高校までのコミュニティを一新して形成し直すことがほとんどだからね」
まさに私のことではないか。
「君ももし、何か悩みがあるなら相談に乗るよ? 明里ちゃんの知り合いってことで初回は安くしてあげようか?」
今度、お願いしてみようか……いや金がないんだった。
「検討しておきます。前向きに検討しておきます!」
「お、おう……普通は脈なしの言葉なんだが勢い強いな……あれ、俺でも君がわからないぞ」
「お願いしたいが今はお金がないのです」
お土産戦争で困窮してなければすぐに彼の元に通っただろう。
「くくく、正直だ。ほら、じゃあ余裕ができたら来てくれ」
「あ、どうも」
渡された名刺は銀色のカードのようだった。
プレートのような硬い質感のカードの表面には、ローマ字でHayato takenouchiとシンプルに名前だけが書かれている。裏返すと電話番号だけが載っていた。
「住所は……」
「ネットで調べてくれ。竹ノ内隼人か、その電話番号で出てくるから」
「名刺の意味!?」
「ゴテゴテ書かれてる名刺は嫌いでね。表の名前はシンプルなデザインなのに、裏面に住所で文字が多かったら気持ち悪いだろう?」
名刺なので住所くらいは書いてもいいと思うのだが、彼のこだわりは強いようだ。
シンプルというが、ともすればキザったらしいだけにも見える。私がこんな名刺を作ったら凡人どもから変人認定は免れないだろう。
しかし竹ノ内氏が使うと様になっているので、世の中は不思議である。
「心理カウンセラーですか……あれ、ならもう犯人は目星がついているとか?」
竹ノ内氏は評判の心理学講師だ。その人気は外見の良さだけでなく、確かな実力の高さからくるものである。人の心理を読むことに長ける彼なら、犯人を見抜いていてもおかしくない。もしやこのまま私の出番はないのではなかろうか。
「それがそういう訳でもなくてね。手がかりが多過ぎる上に、少なすぎるんだ」
「うん? どういうことですか?」
彼のような知恵者が逆説をここで使うとは。
「明里ちゃんは人気者だろ? 彼女を狙う男は多い」
「ああ、なるほど」
宮村がサークルの皆に影で女帝と呼ばれるのは、結局は皆の人気者だからなのだ。
サークルの女子はほぼ皆が彼女の元に集まるほどにカリスマがある。
そして何より。サークルで四大美女と言われるくらい、その外見は整っている。
男ども下手に彼女に声をかけて傷つくのが怖いので遠巻きで見ているだけだが、隙あらばなんとかお近づきになろうという下心のもと、遠大なパーソナルスペースを保っている。
宮村から私への好感度というものがないので私にはきつい姿しか見せないが、他人と接する彼女は笑顔を見せることも多く意外と人受けがいいようだ。
おそらくバイト先や大学の講義室など、きっとサークル外のコミュニティでも彼女は人気なことだろうから、容疑者の特定は困難と思われる。
「こういう場合の犯人って、身近な人かそうじゃないかを区別して考えるんだけど、
彼女は両方あり得てね。犯人像を絞る手がかりが欠けてるんだ」
なるほど、竹ノ内氏と私の推測は一緒だったようだ。
「しかし身近か……」
もしかしてサークル内にいるのだろうか。
確かに怪しい人物には心当たりがある。
宮村に告白し散った名友会の元部長とか、金髪茶髪の猿どもとか。
「花凪君もいるし、サークル内でのことをちょっと振り返るか。明里ちゃん、君に好意を示しておきながら、君が結構ひどい対応をした人物に心当たりはないか? 女性へのストーカーというのは愛情でも友情でもあり得るから、性別は男女どちらで構わない」
宮村が考えながら私を見た。
「うーん、好意を向けられることは多いけど無碍になんて……あ、嫌いと明言しているのは花凪だけですよ」
「うおい!」
そんなにはっきり言うことないではないか、泣くぞ。
ていうか、己に好意を見せるサークルの男たちを無碍に袖にした女帝を幾度か見たことある。しかし、今の彼女はまるでそんなことなかったような口ぶりだ。
一瞬、自業自得なのではないだろうかと同情の念が薄まったが、目的は正義ではなく彼女と良好な関係を築くことなので心に生じたモヤモヤは無視しておこう。
「ていうか──ねえ、あんた私のこと美人って言ってたわよね」
「ん? ああ、まあ事実だからな」
いきなり何をいうのだろうか。
宮村の視線が責めるように、じとっとしたものに変わる。
何故か竹ノ内氏まで「こいつ……」と言いたげな目で私を見ている。
「最近、サークルで私のことめちゃくちゃ見てたわよね」
「そ、それは!?」
女帝ウォッチングがばれていたとは、冷や汗と焦燥を禁じ得ない。
だがまさか弱点や悩みを探すためとも言えないだろう。
しどろもどろになり、「あの……えっと……」と呟くのが精一杯の私を見た宮村の視線が、怒りを宿した貞子の視線に変わる。
『おい、お主。まずいぞ……』
なぜか空中幼女までもが渋い顔をして私を見ている。
「──なんで、私がここを通る時にアンタもいたの? 今日は埴太郎たちとご飯のはずでしょ?」
「それは私がハブられたからだ」
それまでのどもりが嘘のようにすんなり言葉が出た。
真実だからな。
「でもここにいる理由にはならないわよね? 私がここを通るタイミングでここにいたのがおかしいって言ってるのよ?」
「ぬううう……」
空中幼女の奇跡によるものなのだが、当然そんなことを言えるわけもない。
腕を組んだ貞子の私を見る視線に険しさが増す。
「やっぱり!」
得心がいったように、宮村が私を指差した。
あれ? いやちょっと待て。これってもしかして……。
「竹ノ内さん、こいつが犯人です!」
「違うわ!?」
状況証拠で有罪じゃと、空中幼女が呆れて言った。