パパ活の真相?
『ぱうわー!』
意気揚々と構内を探して一時間経っても金髪貞子は見つからなかったので、穀潰しの能力を使うことにした。
我が花子以外にはその能力は通じるらしく、程なくして構内からこちらに歩いてくる長い金髪の女性が見えた。
『全く、妾の力をこんなことに使いよって。いいか、この力は過去に干渉し歴史をも変える絶大な神の力なのじゃぞ』
なにやら壮大なことをほざいて文句を言っているが、十中八九盛って話してこれまでの不甲斐なさを帳消しにしようという算段だろう。
「うるさい。食ったぶん働け」
『んなっ!? 妾は神じゃぞ! 働けとは何事かあ!』
この力を使ったからといって、いきなり目の前に現れる訳ではない。
宮村の姿が見えたら、あとは隠れて尾行するだけだ。
「よし、このまま……」
『妾を敬ええ! もっと神を尊重しろお!』
「ちょ、こらばか!」
空中幼女が顔面に張り付こうとするのを、なんとか両手で受け止めて防ぐ。
その様はまるで映画に出てくるエイリアンの幼体を思わせた。
こいつが自由に宙を漂う謎の推進力はなかなかに力強く、結構な力をこめなければ負けてしまいそうだ。
「お、おい! 今は止めっ」
こんなことをしている場合ではない。
早くしなければ金髪貞子がやってくる。その前に隠れて尾行を──。
「──1人で何してんのよ花凪。本当、変質者ここに極まれりね」
空中幼女と一緒に声の方に視線を向けると、金髪貞子がジト目で私のことを見ていた。
あかん、目撃されてもうた。
早速ミッション失敗である。
「い、いやこれには訳があって……」
「夜の大学で、一人で踊っている訳があるの?」
「ぬうう」
「ぬううじゃないわよこの変人! 名友会のブランドが下がる真似すんな!」
だって仕方ないではないか。顔に張り付こうとしてくる空中幼女と格闘していたのだから。
まあ確かに、こいつの姿が見えない他人からすれば、私は夜の大学で両手を挙げて踊り狂う阿呆にしか見えないだろう。
くそ、厄病幼女のせいでまた私のブランディングが下がった!
「あはは、面白い子と知り合いなんだな明里ちゃん」
「む?」
笑い声は男性のものだ。ていうかよく見ると金髪貞子は一人ではなく男と一緒だった。
「やあ初めまして、花凪くん。君の噂は明里ちゃんから聞いてるよ」
「え、あ……はい」
そう私に話しかけてきたのは、整えられたデザイン髭が特徴的なワイルドイケメンだ。
美男子系の埴太郎とは全く違う、異性だけでなく同性までも惹きつけるかっこよさ。
こんがり焼けた地肌に、キリッとした眉とデザイン髭も相まって迫力を生み出している。
ワックスでウェーブのかけられたセミロングの髪はライオンの立髪にも思えた。
「あなたは確か、心理学科の……」
「おっと、俺のことを知っているのかい? 社会心理学の講師をしている竹ノ内隼人だ」
知っているとも。
この人がいるからと、心理学の授業を己の単位に関係ないのに受けにくる女生徒が問題になり大学側が規制をかけたと話題になった。
群れてキャーキャー騒ぐ女生徒をたちと竹ノ内先生を見て、絶対に私に訪れないであろう、その光景を自分に重ねて妄想したものである。
「初めまして竹ノ内先生。私もあなたの講義を受けてみたかった」
「おやおや、高評価だね」
「学べることが多いのです。それにあなたほど教えるのが上手な講師は、教授連中も含めてこの大学にはいません」
「はは、嬉しいが俺に敵を作るような発言はやめてくれよ? おじさん連中の嫉妬は怖いんだ」
俺は非常勤だからなと、人懐っこく笑うイケメンほど好感度の高い存在はいないだろう。
ほんのちょっと話しただけでも、すでに私は彼に好感を持ち始めていた。
「何よアンタ、竹ノ内さんの授業取りたかったの? アンタ心理学部だっけ?」
「いや、違う。でも彼の授業には参加したかった」
人間の心理を知れば、少しは私のコミュニケーション能力も向上するかもしれない。
心理学といっても分野は幅広いのだが、彼の教える社会心理学は実用的な部分もある。
とはいっても、竹ノ内先生だったからという理由が一番なのだが。
多くの大学の講師は自分の研究分野をひけらかすことにしか興味がない。教授は自分が書いた教科書をなぞって説明するだけだし、生徒は単位を取るためにノートを取ることだけに集中している。
しかし、竹ノ内先生の授業は他と一線を画した。
人間個人が社会生活によってどのような心理的影響を受けるのかを、身近な学校のクラスやバイト先の人間関係などを例に出して授業を行い、実用的な改善方法まで教えるのだからたちまち人気になっていった。
身近な例をふんだんに使い生徒の興味を惹く話術の巧みさと、小難しいことをわかりやすく例え話にして教える頭の良さがあった。
そのワイルドな風貌から繰り出されるインテリジェンスに虜になる人間は多い。
彼は男女関係なく支持される人気講師の地位を確立していた。
「授業の内容もそうだが、先生の話術や振る舞いは勉強になるかもしれんと思ってな」
「アンタ……意外とそんなこと考えてるのね」
「私は天才ゆえ高い能力以上に、低い能力は低いのだ」
「天才って……」
相手が何をどう思っているかを洞察する能力が高いくせに、つい先走ってしまい相手を置いてけぼりにしたり、相手がまだ気づいていない相手の考えを言い当ててしまい、気味悪がられる。
察する能力は高くても、それを活かすコミュニケーション能力が欠落していることが原因だといえよう。
これは能力の高さの故の弊害とも思えるが、だからといって欠点に対し何も対策しないわけにもいかない。
得意を伸ばせばいいと人は言うが、偏差値30くらいの欠点があるなら50くらいには持っていかねばいずれ足を掬われる。
「天才といえど、才能にあぐらをかいてはいけないのだ」
「ほお! 面白い考えだな。最近の学生にしては根性がありそうだ。しっかり問題意識も持っているし……天才は自称ではないのかな?」
「認めていただき光栄で──」
「ちょっと隼人さん、やめてください。アホが調子に乗るだけです。こいつはただ変人です」
「うおい!?」
私の抗議に金髪貞子はふんと鼻息を鳴らして顔を背けた。
「それで……あの、お二人は?」
私の問いかけに、金髪貞子は少し気まずそうに身じろいだ。
竹ノ内氏は笑みを浮かべているが、もしかして二人はそういう関係なのだろうか。
有栖川の目撃した男の特徴と竹ノ内氏は一致する。
「あいにく、花凪君が勘繰るような関係じゃないよ。ちょっと明里ちゃんの相談に乗っていたんだ」
「相談?」
「ちょっと、やめてよこんなやつに話すの」
「まあいいじゃないか」
何やら匂わせる二人だが、そんなことより気になることがある。
「実は……ん、どうしたんだい、俺の顔に何かついてるか?」
「い、いえ、なんでもないです」
私が見ていたのは、もちろん竹ノ内氏ではなく彼の頭に乗っかって顔を覗き込んでいる空中幼女だ。
おかげで私はさっきから竹ノ内氏の顔が見えていない。
こいつは何をやっているのだろうか。
『こいつ、変な気配がするのう?』
ふわふわと漂いひとしきり彼の顔を確認したと思ったら、首を傾げている。
「ちょっと、なんでぼーっとしてんの? せっかく竹ノ内さんが話しているのに失礼でしょ!」
「あ、いやすまん、なんでもない。それで、理由とは?」
深掘りされてもどうしようもないので強引に話題を変える。
「あ、ああ……じゃあ話すよ明里ちゃん」
一応の確認を取る竹ノ内氏に、宮村は沈黙で肯定した。
私に関わりたくないのに、竹ノ内氏が私に好意的なので無碍にできないと言ったところであろう。
反逆のポタージュ作戦成功には金髪貞子攻略が不可欠のため、ここは竹ノ内氏に甘えるとしよう。
「実はね……ここ最近、明里ちゃんはストーカーに悩まされているんだ」
「ストーカー!?」
よく知ってはいるが、私には縁のない単語だ。
「ほら……」
そう言って竹ノ内氏が見せてきたスマホには、マンションの写真があった。
新築なのか、真新しい外観でエントランスの光が入り口前の道路を照らしている。
「別におかしいところのない、普通のマンションに見えますが」
「ここをよく見てみな」
竹ノ内氏が拡大してみせた場所、明かりに照らされたその道路には──。
「うわっ!?」
血を流して横たわる鳩がいて、焼き鳥屋で見慣れたモノが鳩の横に置かれているではないか。
「こ、これって……」
「鳥の心臓だよ。くり抜かれておいてあるな」
竹ノ内氏の言葉にたまらず顔を顰める私だが、宮村はもっと顔を歪めていた。