トラウマ?
女帝こと、宮村明里はお金欲しさに男と遊ぶような女性には見えなかった。
ズバッと他人を切りつける言論の鋭さは自分の価値観を大事にしていることと、彼女に存在する正義感というもの裏返しなのだろうと私は思っている。
ちなみに私はその正義感からすると悪と断じられているので、間違い無いと思う。
意外と公正さを大事にする彼女だからこそ、強権的な彼女でもみんなが慕うのだ。
だからこそ、彼女が金欲しさに男と遊ぶというイメージは、彼女のブランドを失墜させる可能性が高いだろう。
ともすれば遊んでいそうな見た目と、意外と堅実という中身のギャップが彼女の人気の根幹に存在するのだから、イメージが崩れた時の彼女への風当たりは想像できる。
「宮村のイメージが凋落した時の影響が大きすぎると、有栖川もそう思ってるんだろ」
「驚いた……花凪くんって意外と考えてるんだね! 変なだけかと思った」
「まあ、パパ活はイメージが……おい、今変なだけって言ったか?」
「うん!」
「満面の笑みで肯定するな! ったく、なんと失敬な女子だ」
私をからかって満足したのか、微笑みつつも真剣な目をして有栖川が彼女のことを話した。
「ねえ花凪くん。明里ってパパ活するような子じゃないはずなんだよ。絶対、理由があるはずなんだ」
「理由か……本当に恋人という線は?」
「わからない……明里の好みは埴太郎くんみたいな爽やか中性的なイケメンだから」
「むう」
お金をもらうために年上のおじさんと遊ぶ。
時に体を売ることもあるが、違法ではあっても罰則はないらしくグレーなところらしい。
好きにすればいいし、この大学にもそんな女性が一定数いたとしても不思議ではない。
しかし、どうしても風評というものがある。
このサークルに、残念ながらそれが許される空気は存在していそうにない。
「明里って、実は妬みも買いやすくてね。誰が言ってたかはわからないけど、つぐみちゃんがパパ活の噂を耳にしたって血相変えて私に相談してきたんだ」
「なるほど、女子も一枚岩じゃないのか」
まあ当然だろう。どんなイケメンリア充の人間にも敵はいる。
そう、大河内埴太郎をいけ好かない花凪圭太のように。
「しかし、パパ活か。真偽も定かでない中で嫌な噂を流すものだ」
自分を害する敵を貶めるためなら私だってあらゆる手段を活用するが、ただの嫉妬でそんな噂を流すなど人としてどうかと思う。
「花凪くんにはね、本当に明里がそんなことをしているのか、もし……本当にパパ活なんてしていたらその理由を調査してほしいんだ」
「ふむ……」
「これがうまくいったら、花凪くんの恋も応援してあげるからさ!」
「本当か!?」
まさか花子への私の熱意を有栖川も知っていたとは。
まあ隠していたわけでもないし、埴太郎とはその話をしていたから知られていてもおかしくない。
「俄然、やる気が湧いてきた」
四面楚歌に孤軍奮闘がデフォルトの私に、ようやく協力者が生まれそうな瞬間である。
「ふふふ、期待してるよ天才くん?」
「ならば早速取り掛かるとしよう。確か宮村は講義室の方に向かっていたな」
「あ、じゃあ私のLINE教えておくね」
「お、おお……」
名古屋に来て初めての女子とLINE交換だった。
「あれえ、もしかして女の子との交換は初めて?」
「べ、別に初めてではない」
「本当に? ほらQR出して」
「ええと……」
「やっぱ慣れてないじゃない!」
バレてしまった。
操作方法を教えてもらいながら、なんとか互いを友だち登録する。
「あれ? 花凪くん、なんかすごい未読たまってない?」
「……ただのメルマガだ」
「そ、そう」
すぐに有栖川がスタンプを送ってきたので既読にしておく。
「うん、無事完了。あ、それと今回のことなんだけど……その……」
「大丈夫だ。万が一バレても有栖川から頼まれたとは言わない。適当に噂を聞いたからとでも言っておくさ」
「……ありがとう」
有栖川は本当に宮村のことを心配している。
彼女のサークル内での立ち位置や人間関係を心配しての今回の依頼だ。
しかし、宮村からしたら自分の素行を探る探偵みたいなことを、自分が嫌う男に親友が依頼したということになる。友情の裏切りと捉えられるリスクは高い。
「そうまでしても、か。有栖川は本当に宮村が大切なんだな」
「うん、だって明里のおかげで私も変われたんだ。私も昔は今みたいじゃなかったんだよ? こうしてみんなと仲良く楽しくできているのは明里のおかげなんだ。だからもし明里が人に言えないことに悩んでいるなら、私は力になりたい」
「なるほど。そういうことなら私に任せろ!」
「そういうことなら? ふふふ、さっきよりやる気満々だね」
ああ、そういえば。
だけど、その理由はなんとなくわかる。
「……ごめんね、こんなこと頼んで。悩んだんだけど花凪くん以外に思い当たる人いなくてさ……でも話してみてやっぱ頼んでよかったって思えたかも!」
「そうか、それはよかった。成功した暁には私の応援を忘れるなよ」
「もちろん!」
別に情に絆されたワケではない。
有栖川と宮村の二人の関係がただの仲良しではなく、私の知らない歳月とストーリーの上に積み重なってできた友情なのだと感じて、それがとても羨ましいものに思えたから、手伝おうと思ったのだ。
──きっとそれは、京都で積み重ねた私とアイツの関係が最後に壊れたからなのだろう。
「……ふん」
贖罪のつもりかと自分を嗤うと、高揚した気分は消え抑えていた黒いモノが衷から溢れる。
「花凪君……?」
そんな私を不思議そうに、有栖川がみていた。