告白?
仮説である。
サークルでは無敵を誇る金髪貞子だが、彼女にも弱点や悩みはあるはずだ。
私の人間ウォッチによれば、基本的に金髪貞子のサークル内での振る舞いは見事なものだった。
彼女は最新の流行に聡いらしく、よく女子同士の間では彼女によるファッション講義が開催されている。
中には彼女の手によって見事に変身した女性までいた。
本人なりに頑張っているだろうに何故か垢抜けず、イけてない系女子の筆頭である木下つぐみが、女帝の手によって華やかに生まれ変わり、涙を流して彼女に感謝していたことを思い出す。
そう、女帝は自分を慕う人間に惜しみなくそのセンスを分け与えたのだ。
ともすれば傲慢で反感を招きやすい性質をお持ちのくせ、彼女は敵ではなく味方を量産していったのだ。
それが女帝の地位を確立させた要因だろう。
しかし彼女にだって悩みや弱点はあるはずだ。
たとえ周囲の人間からはどれほど羨望の眼差しを向けられる人物であっても、その人にはその人なりの悩みというものが存在する。
そこに天才であるこの私が颯爽と現れ、彼女の問題を解決したら?
そう、自然薯のポタージュを口に含んでもらえるくらいの関係性は構築できるだろう。
私の自然薯のポタージュは本当にうまい。
貞子の親友である有栖川や、我が不倶戴天の敵、埴太郎まで太鼓判を押していたのだ。
口に含んだ数少ない面々も「うまっ」と思わず呟いていたのだから間違いはない。
金銭の乏しい私に残された手段は自然薯のポタージュを金髪貞子に認めてもらうことだけ。
ならば金髪貞子の求めに応じて信頼関係を構築するほかない。
距離を縮める話術なんてものは私にはないので、彼女の悩みを体当たりで解決する。
例えばいきなりサークルの部室にどこかのテロリストが現れて、私が隠された力を発揮して彼女を助けるような状況が望ましい。
無論、それは100点満点のシチュエーションだが、そもそも隠された力なんてないし、腕っぷしのガチンコ勝負なら多分、彼女の方が強い。
まあ都合よく事件なんて発生するわけはないので、だからこそ私は彼女の抱える問題を見定めなければならない。問題というのは経てしてすでに発生しており、事件はとっくに起きているものだ。
あとは私がそれに気づくのみ。
いざ、行かん。
◇
──ねえねえ、あいつ毎日部室に来て座ってるけど、何してんの?
──なんか宮村さんのことチラチラ見てる気がするけど……うわ、こっち見た!?
──ひぃっ!?
次の日から早速、貞子ウォッチングを始めた私はサークルでただただその眩い金髪を目におさめるだけの置き物と化していた。
貞子ウォッチングの結果判明したことは一つ
問題は発生していないし、事件なんて起きる気配もないということだ。
全くもって無益な日々が続き、誰と話すこともないのに部室の隅に座る私を気味悪がり始める人を順調に量産していったある日のこと。
金髪貞子攻略の糸口は期せずして、彼女の親友からもたらされた。
「花凪、どうせ君は来ないんだろう? 部室の鍵を閉めて返しておいてくれ」
イケメン天狗が皆を引き連れて部室から出て行く時、部屋の隅に残っていた私に鍵を渡した。
いつもならそのまま演劇サークルへ向かう彼なのだが、今日は休みらしく名友会の皆で近所のガストにでも行こうと話していのだ。
いや、どうせ来ないとは何事か。
行こうと思っていたのに、そんなこと言われたら参加できなくなってしまったではないか。
まあ、参加したところで一人孤独にドリンクバーの宴を開催することになるし、イケメン天狗がチヤホヤされる姿を見せつけられるだけなので行っても幸せにはなれない。
ただ、金髪貞子が友人たちとの会話の中で愚痴や悩みを漏らすかもしれないので、できれば参加したかったのだが……。
そう思っていると、目的の金髪貞子がこんなことを言い出した。
「あ、ごめんね埴太郎。今日は私も用事があるから」
「おや? それは残念だ。なんだか最近、忙しいみたいだね。香嵐渓も来なかったし……あ、もしかして!」
「ちょっと、そんなんじゃないわよ」
どうやら金髪貞子も不参加らしい。
残念がる取り巻き女子にも謝りながら、部室からでた彼女は大学構内の方へと去っていく。
一体どうしたのだろうか。
もう外は薄暗く、夜間授業しか残っていないはずだが……。
貞子ウォッチングによって、彼女が夜間授業を受講していないことは知っている。
埴太郎が目を輝かせていたが、あの様子からしてもしかして恋人でもできただろうか。
用事があると言っておきながら、学内に向かうのならその可能性もあるかもしれない。
いや、それはまずい。
これでは私の活躍のタイミングがますます無くなってしまう。
悩みがあるなら、彼氏に頼るだろう。少なくとも、私の力などいらないはず。
漆黒のラブデビル先輩に比べて、女帝に男の気配など微塵も感じなかったので盲点だった。
「ぬうう、どうしたものか」
「ねえ、花凪くん」
とその時、小動物系美少女の有栖川姫花が小声で寄り添うように声をかけてきた。
(近い!?)
あぐらを掻いて座る私の隣にちょこんと座った有栖川が覗き込むようにその顔を近づける。
女子から薫る甘いとも爽やかとも言い表せない独特の香の源は果たして何なのだろうか。
一度、匂いにこだわろうと香水なるものを見に行ったが、どれも臭いと感じてダメだった。
彼女達はどこでこのような匂いを身につけるのだろう。
男子禁制、女子だけに共有される秘密の香水でもあるのだろうか。
『すわ恋路の始まりか!?』
空中幼女が興奮しているが、私も興奮している。
「ちょっと、この後時間ある?」
「え、あ、ああ……」
「少し、話したいことがあるんだ」
「あ……は、はい」
「じゃあ一緒に来て。ちょっと誰にも聞かれたくない話だから」
「わ……った」
いきなりこう来られては私の心拍数も上がり顔も火照るというもの。
どないしよう……。
くだらない言い合いのような会話ならなんとかなるが、有栖川のような美少女と通常会話など私には荷が重い。
私が会話できる相手は、私の言葉を引かずに受け入れて返してくれる人間だけに限定される。
「ここら辺がいいかな」
有栖川についていくと、建物の裏の人気のない場所まで連れられた。
──会話が始まる。
しかし私の脳内は真っ白だ。
何を言えばいいのか、何を話せばいいのか、何と返せばいいのか、そのシミュレーションが全くできない。
最初にキュンキュンとした期待と共に生じた胸の高鳴りが、重いものへと変貌し、どっしりと胸を締め付ける。あかん、逃げたくなってきた。
「ねえ花凪君」
「は、はい」
かろうじて言葉を返した私を有栖川がじっと見つめた。
「あのね……実は、その……」
もじもじと、恥ずかしそうに私を上目遣いで見つめる美少女とは、つまり。
『告白』という二文字が脳裏に浮かぶ。
男なら誰しもモテ期というものが存在するらしい。
ただのオカルトと思っていたが、まさか大学一年の冬にして、ようやく私にも──。
黒髪花子と有栖川姫花が私の両腕を引っ張る妄想で頭がいっぱいになった時だった。
「ねえ、花凪くん──君に調査して欲しいの」
告白とはえらい違う二文字が聞こえた。