とある学校の片隅で
変わり映えのしない毎日を生きることは、牢屋の中にいるのと変わらない。
さくらはそう感じていた。
見慣れた場所でいつも通り過ごして、よく知った友達と時間を共にする。決して嫌だという訳ではないけれど、何かが足りない気がする。
「そういうものよ」
さくらがそんなことを口にすると、友達の優花が笑った。
「あたし達だって来年は受験生なんだし。そんな呑気なことを言っていられるのも今だけよ」
「そうなんだけどさあ」
さくらは隣県の短大を受験するつもりだが、自分がこの学校を出て他所の土地に行くなんてことが信じられなかった。それはまるで永遠に実現することのない幻のように思えた。
二人が机を挟んでたわいない話をしていると、始業ベルが鳴り、教室に教師が入ってきた。
「今日はみんなに転校生を紹介するぞ。入ってきて」
教師が開かれたドアに声をかけると、女の子が入ってきた。
長い黒髪を背中に垂らして、大人っぽい顔立ちをしている。さくら達と同じ紺のブレザーにチェックのスカートという制服姿だ。
転校生ということだったが、制服はよく彼女に馴染んでいた。
「へぇー、珍しいね。この学校に転校生が来るなんて初めてなんじゃない?ひっ」
さくらが優花に顔を向けると、優花がものすごい形相で転校生を睨みつけていた。
「どうやってここに……」
「優花ちゃん、どうしたの?すごい顔してるわよ」
さくらはおそるおそる優花に声をかけた。
「えっ、あらやだ。何でもないの。気にしないで」
優花は慌てて両手で顔を隠した。
「初めまして。初芝七海です。よろしくお願いします」
七海は深く頭を下げると、顔を上げた。
七海の目がさくらと合った。七海は嬉しそうに微笑んだ。さくらもつられて笑顔になった。
さくらは七海に何となく親近感を感じた。
「いい、さくらちゃん。絶対にあの子に近づいちゃだめよ。あたし知ってるの。あの子は人殺しよ」
優花がさくらに耳打ちした。
昼休み。さくらは学校の放送室に向かった。
さくらは放送部に所属しており、昼休みにはいつも音楽を流していた。
しかし、放送室の扉には『使用禁止』の貼り紙が貼られ、鍵がかかっていた。
「あっ、そうだった。放送室は今使えないんだった……」
機械の故障で放送室は立ち入り禁止になっていた。
「もう、わたしったら。何回同じことしてるのかしら。昼休みにここに来るのが習慣になっちゃってたからなあ」
さくらはすごすごと教室に戻り始めた。
「それにしても、人殺しってホントかしら?でも、優花ちゃんが嘘つくはずないし……」
さくらと優花は幼稚園からずっと一緒だ。大人しいさくらと活発な優花はいいコンビだった。優花の性格もよく知っている。決して嘘をついたり、人を騙したりするような子ではない。
さくらがそんなことを考えながら廊下を歩いていると、前から七海がやってきた。
さくらは緊張した。
「木之下さん。ちょっといいかしら?」
七海がさくらに声をかけてきた。
「あれっ、私の名前、もう憶えてくれたの?」
「だって、昔から知っているもの」
七海は意味ありげに笑った。
「私のことを覚えてる?」
「えっ、でも今日会ったばかりじゃ?」
「そう、覚えていないのね。残念だわ」
七海は目を伏せて少し考え込むような仕草を見せた。
「ごめんね。どこかで会ったことがあったっけ?」
申し訳なさそうに、さくらは七海に尋ねた。
「ううん、いいの。確認しただけ。覚えていないならそれでいいわ」
七海は顔を上げると、さくらの後ろに目を向けた。
「お迎えが来たようよ」
「えっ?」
さくらが振り返ると、怒った様子の優花が立っていた。
「さくらちゃん、行こっ」
優花はさくらの腕に手を回すと、七海を置いて歩き出した。
「ちょっと、ちょっと、優花ちゃん。あの子に失礼じゃ……」
「言ったでしょ。あの子は人殺しなのよ。絶対に近づかないでって言ったのに」
優花は苛々した様子で振り向きもせず、真っすぐ前を向いて歩き続けた。
「たまたま廊下で出会っただけよ。わたしから近づいたわけじゃないわ」
「どこに行ってたの?」
「昼休みだし、放送室に行ったの」
「放送室は今使えないわよ」
「行ってから思い出した。ほら、毎日の習慣になっちゃってたから」
さくらは手を叩いておどけてみせた。
「何回同じ事やってんの?バカなんじゃない?」
優香が吐き捨てた。
「そんな言い方しなくても……」
「あたしはさくらちゃんを心配して言ってるのよ!」
優花が大声を出した。
さくらは怖くなった。
「分かったから。ホントにあの子とはたまたま廊下で出会っただけなの。もう近づかないから」
さくらがそう言うと、優花は立ち止まってさくらの両肩をつかみ、その顔を覗き込んだ。
「分かってくれたならいいけど。約束よ。絶対にあの子には近づかないで。あたしはさくらちゃんのために言ってるの」
優花がさくらの目をじっと見た。その目には嫌とは言わせない迫力があった。
「……うん。約束する」
さくらは頷いた。
優花はしばらくの間、さくらの様子を窺っていたが、納得したのかさくらの腕から手を放した。
「優花ちゃん、怖い……」
さくらがぽつりと言った。
「ごめん。あたしにはさくらちゃんだけなの。さくらちゃんまでいなくなったら耐えられない」
「そんな。いなくなるわけないって」
さくらがそう言うと、優花は寂しそうな笑みを浮かべた。
「世の中、何があるか分からないわ。平和なのは学校の中だけよ」
優花が異常なまでに強く念押ししたことによって、逆にさくらは七海のことが気になり始めた。
授業中、机に座っていると、ついつい七海の方に目がいってしまう。視線に気がついたのか、七海がさくらの方に目を向けると、慌てて目をそらすことを何度か繰り返した。
体育の授業前、教室のドアを締め切って女子たちが着替えをしている間も七海に目がいってしまう。
そして、さくらは衝撃の事実を知ることになった。
七海の胸が非常に大きいことに。
「同じ日本人なのに……」
自分のものと比べると、まるで大人と子供、そびえたつ高峰となだらかな平地だ。世の中はなんて理不尽にできているんだろうとさくらは嘆いた。
(……いや、まだ時間はある。これからだ。希望を捨ててはいけない。わたしは若い。今は人々が暮らしやすそうな平野部であるこの胸も、地殻変動の影響により大きく様変わりして、いずれは世界に羽ばたいてくれるに違いない……)
などと叶うはずのない妄想にふけっているうちに、体育の授業が始まった。今日は体育館でバスケットボールだ。
体育の授業は最初に二人一組で柔軟体操を行う。
さくらはいつも優花と組んでいた。しかし、今日は優花がいない。
さっきまで一緒にいたので、学校にいることは間違いないはずだ。
「優花ちゃん、どうしたんだろ?」
さくらがきょろきょろと優花の姿を探していると、七海が体育教師の方に歩いていった。
「先生、私は誰と組めばいいですか?」
「あっ、そうか。転校生がいたんだったわね」
教師は柔軟体操をしている生徒達に視線を向けた。
「えーっと、誰か……空いている人は……」
「先生、私、木之下さんと組んでもいいですか?」
柔軟体操をしている生徒達の中で、ぽつんとさくらだけが突っ立っていた。
「そうね。木之下さん、彼女と組んであげて」
「はい」
「木之下さん、よろしくね」
「ええ」
後で優花に怒られるかなあと不安を感じながらも、さくらは七海と組むことになった。
最初、さくらは身構えていたが、七海から特に話しかけてくることもなく、二人は淡々と柔軟体操を終わらせた。
「ありがとう。キャッチボールも付き合ってくれる?」
七海はさくらに礼を言うと、カゴに入ったバスケットボールを手に取った。
「いいよ」
二人は向かい合ってバスケットボールを投げ合った。
「初芝さんって、大人っぽいよね」
さくらは黙って人と向かい合っている時間が苦手だ。つい、七海に声をかけてしまった。
「そう?自分では分からないけど」
七海はボールをキャッチすると、さくらに投げ返した。
「だって、すごく落ち着いてるし。大人の女性って感じ。胸も大きいし……」
最後の方は小声になった。
さくらはボールをキャッチして、七海に投げ返した。
「やーね。私はまだぴちぴちの女子高生よ」
七海はボールをキャッチすると、さくらにボールを投げ返した。
「じゃあ、人とちがう体験をしたことがあるとか?」
さくらはボールをキャッチして、七海に投げ返した。
「え、どういう意味?」
七海はボールをキャッチすると、手を止めた。
「例えばだけど……その……人を殺したことがあるとか?」
「はあ?そんなことあるわけないじゃない。そんなことしてたら今頃刑務所よ」
あきれたように笑って、七海はさくらにボールを投げ返した。
「そうだよね。そんなはずないよね」
さくらはボールをキャッチした。
やっぱり優花ちゃんの勘違いだ、とさくらはホッとした。
「私、修行してるから、それで落ち着いて見えるのかもしれないわね」
少し考えて、七海が言った。
「修行?何の?」
さくらはボールを投げ返した。
七海はボールをキャッチした。
「巫女の修行。私、家が神社なの。小さい頃から修行させられてて大変」
「へえ。修行って、滝に打たれたりとか?」
「そんなことしないわよ……って言いたいところだけど、やるわね」
苦笑いして、七海はボールを投げ返した。
さくらはボールをキャッチした。
「やっぱりやるんだ」
あははとさくらは笑った。
「木之下さんのお家は何してるの?」
「わたしの家は全然普通よ。普通の……」
さくらの言葉が止まった。
さくらは投げ返そうとしたボールをそのまま抱え込んだ。
(あれっ、家は何やってたっけ?)
思い出せなかった。
毎日帰っているはずなのに、いざ家のことを思い出そうとすると、霞をつかむように記憶が逃げていく。
「確か、お家は緑ヶ丘だったわよね?」
七海が言った。その顔には薄笑いが浮かんでいた。
(えっ、緑ヶ丘って何?)
さくらは頭を抱えた。
言葉は分かるが、それが意味するところが全く浮かんでこない。
「小さい弟さんがいて……」
(弟?うそっ、全然、思い出せない。何で?)
さくらは激しい頭痛と吐き気に襲われた。
「う……」
気持ち悪くて立っていることができなくなり、さくらはうずくまった。
視界の隅にちらちらと赤い炎が見える。
「先生、木之下さんの体調が悪そうです。保健室に連れていってあげてもいいですか?」
七海が教師に告げた。
真っ青な顔をしているさくらを支えて七海が廊下を歩いていると、廊下の先に息を切らした体操服姿の優花が現れた。
「あら、もう抜け出してきたのね。世話が焼けること……」
さくらの耳に七海のつぶやきが聞こえた。
「お前、何をした?」
優花が怒鳴った。優花は激怒していた。
「何のことかしら?私は体育に出てただけけど」
七海は白々しく首をかしげた。
「ぬけぬけとよくも!」
優花が七海に掴みかかった。
「優花ちゃん、やめて!」
痛むを頭を押さえて、さくらがふらふらと二人の間に割って入った。
「どいて、さくらちゃん!こいつはあたし達を殺しに来たのよ!」
優花はさくらを振り払って、七海の前に出た。
「お前なんか消えちゃえ!」
優花の叫びとともに、廊下のガラスが一斉に割れた。
「きゃあっ!」
さくらが悲鳴を上げた。
割れたガラスの破片が意志を持っているかのように、七海に降り注いだ。
「祓」
七海が言葉を発すると、ガラスの破片が消失した。
「くそぉ!」
割れた窓の外に炎の海が現れた。炎は世界の全てを焼き尽くさんばかりに燃え盛っていた。
優花の体からも炎が噴き出し、優花自身の体を焼きつつも、七海を飲み込もうと廊下に燃え広がった。
「あらぁ、井上さん。木之下さんにそんなものを見せてもいいのかしら?」
七海がおかしそうに笑った。
「お前ぇぇぇ!」
優花が振り向くと、呆然と立ちすくんでいるさくらの姿が目に入った。
「くっ……」
優花はぎゅっと体を抱きしめると、膝をついた。必死に何かを抑えようとしているようだった。
優花の体から炎が消えた。焼け爛れた体が元に戻っていく。
窓の外は炎の海に代わって普段通りの学校のグラウンドが現れた。男子生徒が歓声を上げてサッカーに興じている。
割れたはずの窓ガラスも何事もなかったかのように元通りになった。
「何、今の?」
さくらにはたった今起こったことが理解できなかった。
「ねえ、木之下さん。あなたいつから学校にいるの?」
七海がさくらに問いかけた。
「えっ、いつって……」
朝、学校に来たに決まっているとさくらは思ったが、自信がなかった。家から学校に向かった記憶がまるでない。そもそも家のことが思い出せない。
さくらには優花と二人でたわいない話をしている記憶しかなかった。
まるで永遠にそれを続けているかのように……。
「さくらちゃん、そいつの話を聞いちゃダメ!」
膝をついている優花が叫んだ。
「縛」
「ぐっ」
床から注連縄が現れて、優花を縛り上げた。
「ちきしょう。このっ、このっ……」
優花は激しく暴れたが、注連縄から抜け出すことはできなかった。
優花は悔しそうに唇をかんで七海を睨みつけた。
七海がさくらに顔を向けた。
「木之下さん、あなたは知りたくない?ここがどんな場所か」
「えっ」
「ついてきて。あなたに見せたいものがあるの」
「やめて!さくらちゃん、行っちゃダメ!あたしを置いていかないで!」
「井上さん、もう木之下さんを解放してあげなさい。その時が来たのよ」
七海は優花に憐れむような目を向けた。
「ごめん、優花ちゃん、必ず戻ってくるから」
七海はさくらを放送室に連れて行った。
ドアに使用禁止の貼り紙が貼られている。
「開けてみて」
「でも、鍵がかかってるんじゃ……」
「鍵はかかっていないわ。そう思い込んでいるだけ」
さくらはドアに手をかけた。確かに鍵はかかっていなかった。
さくらは扉を開いた。
「……そっか。わたし死んでたんだ」
血だまりの中でさくらが倒れていた。
―――――――――――――――
あの日、さくらがお風呂から上がってベッドに入ろうとすると、優花から電話がかかってきた。優花は取り乱していた。何を言っているのかよく分からなかった。
「今、どこにいるの?」
「学校……。放送室にいる……」
「そこから動かないで。すぐに行くから」
電話を切ると、さくらはすぐに七海に電話をかけた。七海は修行のために隣県の神社に出かけていた。
「私もすぐにそっちに向かうから。優花ちゃんをお願い」
「うん。まかせて」
さくらが学校に行くと、暗い放送室の奥で優花がうずくまっていた。
「優花ちゃん、どうしたの?」
「…………お父さんが死んだの」
長い沈黙の後、優花がぼそりと言った。
「えっ!?」
「首を吊って死んだの。そうしたら怖い人達がやってきて借金を返せって。あたしに体を売れって。体を売って借金を返せって……」
優花は泣き出した。
「そんな……」
「あたし嫌だ!体なんか売りたくない!」
優花は頭を抱えて激しく首を振った。
「優花ちゃん、落ち着いて。もう少ししたら、七海ちゃんも来てくれるから」
さくらは優花を抱きしめた。
「さくらちゃん、どうしよう?あたし、どうすればいい?」
涙でくしゃくしゃになった顔を上げて、優花はさくらに縋った。
さくらは答えることができなかった。
優花はしばらくの間、さくらに縋って泣いていたが、やがて何かが壊れたようにくすくすと笑い出した。
「……そうよね。さくらちゃんに言ってもどうしようもないわよね。所詮、他人事だもんね」
「そんなつもりは……」
優花はさくらをドンと突き放した。
「どんなつもりでも同じことよ!出てって!」
優花は隅に置いてあったスポーツバックから包丁を取り出した。
「あたし、ずっとここにいる。どこにも行かない」
「優花ちゃん、何するつもり!?」
「出てって!体を売るくらいだったらここで死ぬ!」
優花は包丁を首に当てた。
「優花ちゃん、やめて!」
さくらは優花に飛びついて包丁を握った手をつかんだ。
「放して!邪魔しないで!」
さくらは懸命に優花を押さえ込もうとしたが、優花は激しく暴れた。
「優花ちゃん、やめて!」
二人はしばらく揉み合っていたが、急にさくらの体から力が抜けた。
包丁がさくらの心臓を貫いていた。
噴き出した血が優花に降りかかり、さくらは床に崩れ落ちた。
「ああっ、さくらちゃん!?」
優花は血に濡れた包丁を投げ捨てて、さくらに取りすがった。
さくらは既にこと切れていた。
「さくらちゃん!さくらちゃん!さくらちゃん!……」
絶望に染まった顔で優花は長い時間さくらの体をゆすっていたが、さくらが応えることはなかった。
やがて優花の顔が狂気の笑みに変わり、優花は笑い出した。
「あはははは。もう、どうでもいいや。みんな消えちゃえばいいんだ!」
優花は学校に火をつけた。
学校は炎に包まれた。
―――――――――――――――
廊下に戻ると、優花が力なく座り込んで泣いていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
二人が近づくと、優花は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「ごめんなさい、さくらちゃん。あたし、取り返しのつかないことしちゃった……」
「ううん、わたし、怒ってないよ。優花ちゃんが心配なだけ」
さくらは首を振った。
「七海ちゃん、あたし、地獄に行くの?」
優花は弱々しく七海に尋ねた。
「地獄なんてないわ。地獄というなら、ここが地獄よ。でも、もうそれも終わり」
七海は優しい声で答えた。
「あたし、どうなるの?」
「また別の人生を歩むことになるわ。これまでのことは全部忘れて」
「さくらちゃんとはもう会えない?」
「また会えるわ。でも、出会ってもさくらちゃんとはわからないでしょうね」
「そう……」
優花は寂しげな顔でうつむいた。
「でも、そういうものなの。優花ちゃんはこれまでもずっと長い旅を続けてきたの。でも、何も覚えてないでしょ。今回はちょっと失敗しちゃったけど、旅はまだまだ続くわ。旅をする必要がなくなるまで。だから……」
七海は少し考える仕草を見せた。
「がんばってね」
七海はにっこりと微笑んだ。
「わかった。ありがとう。……七海ちゃんともまた会える?」
「うん。きっと。その時は仲良くしてね」
「もちろん」
優花は白い歯を見せた。
三人の前に白いゲートが現れた。
さくらが優花に手を伸ばした。
「そこまで一緒に行こ」
迷った様子で、優花は七海に目を向けた。
「大丈夫よ」
優花はさくらの手を取った。
「じゃあ、また」
「それじゃ、またね」
ゲートに入る直前、二人は七海に手を振った。
「うん、またね」
七海は二人に手を振り返した。
二人は手をつないで白いゲートに入っていった。
二人を受け入れると、ゲートは消えた。
深夜、人気のない廃校の一角に巫女姿の老婆が座っていた。
その周囲には注連縄が張り巡らされ、結界を構築している。
あの事件をきっかけに学校は廃校になった。死んだ少女達の声が聞こえるなどの噂も立って、訪れる者もいない打ち棄てられた場所になっていた。
「ふぅ、霊力を使い切っちゃったよ」
ほっと息をつくと、老婆は持っていた祓串を膝に置いた。
「それにしても二人に会うまで随分と長くかかってしまったもんだ。まったく、約束を果たすのも大変だよ。優花ちゃん、思い込みが激しかったからねえ。さくらちゃんも付き合いがいいったらありゃしない」
老婆は懐かしそうに目を細めると、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっと笑った。
「ま、私が生きているうちに何とかできてよかったよ。私ももうすぐかね。立ち上がるのも一苦労だ」
廃墟と化した学校を出ると、老婆は夜の闇に消えた。
作品を読んでいただき、ありがとうございます。