街の魔王の城にて
"魔王城"。それはこの国アルストロの首都アルパインにある名の知れた店だった。
風体はよくある酒場と変わりがない。通りがかれば変わった名前の、変哲のない酒場に見えるだろう。経営者が異世界人であることを除けば。
とはいえ、異世界人の経営する店というのも近年そこまで珍しくなくなりつつある。一番の問題は客層だった。
「よぅ。"魔王"様いる?」
一度帰宅し、中々落ちない臭いに悪戦苦闘しながら約束の時間を少し過ぎ、ローブを脱ぎ捨てたシャツとパンツスタイルのラフな格好で"魔王城"にたどり着いたケージは、扉を開けて店内に入るや否や店中に響き渡るくらいの声を上げた。
それほど広くない店内にごった返した客の6割くらいが彼の声に呼応し一斉に振り返った。
それは異様な光景だった。
ある者は鱗を持った竜の姿をした人であり、ある者は角が生えた鬼と呼ばれる怪物の姿をしたものであり。骸骨の頭と体、口と目をくり抜いた岩石のような姿の者、蝙蝠の様な羽と悪魔の様な尾を持った怪人、果ては魔人と呼ばれる青色の人間。
うっかり街中で地獄の門でも開いたような人外魔境。店内の客のほとんどがおよそ人類とはかけ離れた姿をしていた。
それもそのはず。この店はその名の通り"異邦人"の"魔王"達がひしめく店だったのだ。
「テメェらじゃねぇんだよ」
一斉に振り返った"魔王"達にケージは鬱陶しそうに言った。一方彼らも彼らで"魔王"と声を上げた男が管理局員のケージであると知るやいなや、糞野郎が、なんだ紛らわしい、死ね、と各々不快そうに舌打ちをして吐き捨てた。
「ガラの悪い連中だなぁ」
"魔王"達の反応に ケージは店内の客席をすり抜けるようにしてカウンターに向かった。そこには既に他の二人もいて、さらにもう一人、人の姿をした長身でウェーブのかかった長髪の褐色の男が座っていた。
「その呼び方やめたら?」
Tシャツとカーゴパンツのカズヤが言った。
「事実だろ? つか、やっぱりいんじゃねーか、魔王様」
ケージは立ったままカウンターに肘付き、カズヤと褐色の男の"魔王"の間に入って言った。しかし、当の"魔王"様はというと琥珀色の液体の入ったロックグラスを手にしたまま一切見向きもしなかった。
そんな様子を見てケージが"魔王"指差し振り返って、先に来ていた二人を見た。着流しといういつも服の上に羽織っている彼の世界の衣装を、今はしっかりと着て髪を結いでるアオエは肩を竦めてみせ、カズヤが自分の胸元で四角を描いてみせた。それを見たケージは納得と面倒臭ささが混じった表情を浮かべた。
「あー、"エドモン・ダンテス"?」
振り向いたケージはついこないだ目の前の魔王様から最近の名前だ、と教えてもらった名を口にした。元ネタはどこぞの世界の小説に書かれた登場人物だという。
「何かな、今は"門番"である"召喚士"殿?」
無視を決め込んでいた魔王はエドモン・ダンテスと呼ばれて反応した。ケージは鬱陶しそうな様子を隠しもせずに魔王エドモン・ダンテスを見た。
「まぁ、うん。いや、どうせここで飲んでると思ってね。ご相伴に預かろうと思いまして」
フッ、とエドモンは笑い。
「自分で頼め」
それだけ言うと彼はグラスを傾けた。
期待はしてないよ、ケージはそう言ってカウンターに座った。
「バーテン、とりあえずなんかくれ。度数100超えてないヤツな」
はいよ、とカウンターの向こうの人類の姿をしたバーテンダーは言った。
「毎度思うんだけどもよ、魔王の城でバーテンやってんのが勇者ってどうなんだよ?」
既にジョッキでビールを傾けていたカズヤはカウンターのバーテンダーに向かって言った。
「毎回聞かれるが別に構わないだろ? 魔王が支配する世界で戦っている勇者様じゃないんだから」
そういうとバーテンダーはジョッキに入った麦酒をケージに出した。
「よっしゃ。それじゃあ、はい、お疲れ〜」
お疲れ〜、と三人はそれぞれの杯を当てる。
「あー、俺はこの為に生きている」
麦酒をあおったケージ至福の表情を浮かべて言った。
「んな大袈裟な」
ジョッキを持ったカズヤが言った。
「そういえば大変だったらしいな。もっぱらの噂だぜ、管理局の歩く糞の話」
グラスを拭きながらバーテンダーがケージに言った。途端、彼は露骨に不機嫌な表情を浮かべた。
「その話はしたくねぇ」
「遺跡の件であろう。というかなんぞその不名誉な通り名は?」
いくつかの世界で使われているお猪口と呼ばれている小さな酒器を手に持ったアオエは、ケージの代弁と共に不可解な名称に眉を顰めた。
「あんだけ臭気を漂わせて街中歩いていればそうもなろう、違うか?」
バーテンダーの言葉に三人はぐうの音も出なかった。
「しかし大変だね。管理局員様はこうして異邦人が現れたら都度出張らなければならない」
「おうよ。お前らが不法侵入してくっから都度出向かなきゃならねぇんだよ」
若干取り繕ったようにケージが自慢げに言った。
「もっとも、そもそもの原因はアンタ達の先祖にある訳だが」
バーテンダーの上げて落とすような発言に、ブホッ、とケージはビールを吹きだした。
「元々戦争の兵士として異世界から他種族を召喚していたのはいいが、やり過ぎて肝心の門が閉まらなくなった。辛うじて閉じることに成功したが、都度開くようになって…………」
「はい、やめやめ。この話はなし!」
この世界の根幹に関わる都合の悪い話をされて無理くり話を遮った。隣の二人はバーテンの話を聞いて静かに頷いていた。
「とはいえ、俺はこうしてこの世界でバーテンダーをしてるんだ。何も悪いってことだけじゃないさ。それより、遺跡にはお仲間の異邦人はいたのか?」
「いたっちゃいたがよ。人というよりか獣よりで、獣というよりかは怪物で、まぁ、コミュニケーションは取れる部類ではなかったなぁ」
「それが糞人間の理由か」
「その呼称やめろ」
ジョッキを口にしながら半目でバーテンダーを睨むケージ。バーテンダーは視線を受けて苦笑した。
「で、手に負えなくて逃げ帰った訳か?」
「まさか。きっちりしめてやったぜ」
俺達がな、と隣のカズヤが言った。
「ふーん。で、遺跡にはその怪物以外いなかったのか?」
「いや、わからんね。奥を探せばまだいるのかも知れないが、怪物自身が怯えている様子はなかったからアレ以上のヤバい怪物はいないね」
そう言って杯を仰ぐ。その時ケージは店内の喧騒がなくなっているのに気付いた。振り返ると、どいつもこいつもケージを見ていて一斉に舌打ちをした。
「…………おい、どういう事だ?」
「取り決めでね。聞き出せる情報は聞き出すようにしている」
グラスを拭きながらシレッと言ってのけるバーテンダー。
「…………オイ」
「俺達は異世界から来た弱者だからな。みんなで協力し合わないと」
バーテンダーの言葉に店の客の9割以上が頷いていた。
「知ってるか。漢字って文字を使う文化だと立ち回りが上手いことを"したたか"っていうんだぜ。で、その"したたか"っていうのは"強い"って意味の文字を使うらしい。今のお前らはまさに"強か"って状態で、間違いなく弱者じゃねぇ」
アオエから聞いた、と半目でバーテンダーを睨むケージ。彼は笑って誤魔化した。
「いいのかよ、"勇者"が"魔王"に魂を売って?」
カズヤが口元をつり上げてバーテンダーに言った。
「共生と言ってほしいね」
人聞きの悪い、とバーテンダーは返した。
「元いた世界では口舌で魔王を倒したであろうなぁ」
褒め言葉として受け取って置くよ、バーテンダーは拭いたグラスを置いた。




