管理局
「それで三人ともこんな酷い状況になっているの?」
革張りの椅子に腰掛けデスクに肘付き、組んだ手に顎をのせた、眼鏡を掛けた初老の男がローブの男の説明をうけ、困ったように眉を顰めて言った。
初老の男の視線の先に例の三人が怪物の体液まみれのまま佇んでいた。
「ええ、まぁ。どっかの誰かさんが逆恨みで巻き添えをかましてきましてね」
隣に佇む、無駄に背筋を伸ばしたローブの男を横目に見て、呆れたように傭兵が言った。
「アレイル室長。それには一部語弊があります。私めは別段小綺麗なこの二人を不愉快に感じた訳でなく、今回現れた対象が生存している可能性を考慮したうえでしっかりとトドメをさした次第であります」
軍属めいた態度で弁解をするローブの男。都合の良いことを、と傭兵はつぶやき、報告を聞いた室長ことアレイル・アリエアル・アエルはため息をついた。
「召喚された遺跡の調査で怪物と遭遇。意思疎通困難、近隣住民への危害を考慮し対処にあたったという点についてはなんら問題ないと思うよ。ただ、ケージ君。直接調査前段階で魔力的痕跡がなく、遺跡自体に封印が施された形跡が見当たらない時点で脅威度自体はそれ程高い物ではなかったでしょ? まぁ、その生物が特異生命体である可能性はないわけでないけど、現にカズヤ君とアオエ君で対処できていたわけだし。いつも通り真っ二つだったんでしょ?」
アレイルは佇むローブの男ことケージ・ゲイル・ケインに向け、肘をデスクについたまま指を伸ばして上から下に動かしてみせた。
「そうですなぁ。傭へ…………、カズヤ殿と小生はいつもの如く魔法の弾にて加速し、いつもの通り両断しました故。アレで死なぬ生物なら不死の生き物であり、我々では手に余る存在になりますなぁ」
顎に手を当て侍ことアオエ・ハセベは言った。
「その不死の生物の可能性を鑑みて、という次第であります」
とって付けたようなケージの報告にアオエは肩を竦めた。
「まぁ、そのことについてとやかく言う必要はないからいいけど、それよりも報告する前に一回家によるとか出来なかったの? わざわざここに酷い臭いを漂わせてくる必要なかったんじゃない?」
しかめっ面のアレイルは、現に私も辛い、と言って窓を全開にしているにも関わらず、漂う悪臭に耐えかねて鼻を押さえた。
「可及的速やかに事の次第を報告する義務があるかと思った次第であります」
大真面目に言うケージに、そうかい、とアレイルは短く返すと革張りの椅子の背もたれに寄りかかった。
「それじゃあ、ケージ君は今ここに来ている苦情の嵐に対応できるような名文を期待しよう」
そう言ってアレイルは空いてる手で部屋の隅を指して見せた。そこには巻かれた紙と羽根ペンが取り付けられた機器があり、先程から流れ出る紙の上を羽根ペンが延々と往復していたのであった。
「お言葉ですが室長。我々は任務遂行のために尽力した次第です。その結果、現状がある訳でそれを否定されるのであれば我々に業務をするなと同意義であると…………、」
「よろしくね」
ケージの取り繕った言い訳に笑みで有無を言わせぬ圧力をかけるアレイル。
隣で聞いていたアオエは、まぁそうなると頷き、残当、とカズヤは肩を竦めた。
ただ一人アレイルの言葉に納得がいかぬとケージは口元を引くつかせていたのだった。
◇
「ほーら、やめとけって俺は言ったのに」
室長室から出てカズヤは真っ先にケージに向かって言った。というのも遺跡調査の直後、俺達だけがこんな目に合うのはおかしい。管理局全員を巻き込んでやる、と息巻いた雇主が一目散にテロ行為に走ろうとした段階で止めようとしたのを無視したからである。
「クソったれあの親父め! 偉そうに椅子にふんぞり返ってるだけじゃねーか! だから現場の苦労をしらねぇんだ!」
そう言って逆恨み同然のケージは室長室の入口近くにある観葉植物の鉢を蹴飛ばした。しかし、思いのほか硬かったのかすぐさま足を押さえて蹲っていた。
「主殿はあいも変わらず懲りぬということを知らぬなぁ」
そんな雇用主の姿を見てアオエはこぼした。
「懲りる、というのは悪いだとか失敗したとかいう精神作用の自覚があってこそだ。そもそも、失点、悪意のない俺が何だって懲りにゃならんのだ?」
救えぬなぁ、アオエは呆れたように返した。
「まぁいつまでうだうだしてもしゃーないしゃーない。よっしゃ、飲みに行くぞ、飲みに!」
開き直りの極致に達したケージは気を取り直した様子で立ち上がった。そんな彼を見てカズヤはアオエと目を合わし、アオエは肩を竦めた。
「いいのかよ、始末書?」
早々に階段を下って行くケージにカズヤが呆れたように言った。
「いいんだよ。どうせ誰もみねぇんだから」
振り返って笑う。どうなっても知らねぇからな、とカズヤは言うが、大丈夫大丈夫、とケージは手をひらひら振って既に気にも止めていなかった。
丁度その時、踊り場を曲がって下から人が現れた。ケージと同様のローブを着た、切れ長の目をしたどこか冷たい印象を受ける男だった。
上を向いていたケージは現れた人物に気が付かず、振り返って階段を降ろうした瞬間にその男に気づいた。
「うぉっ!?」
咄嗟に横に飛び退いたケージ。バランスを崩し倒れそうになるものの、不格好な踊りを踊るように姿勢を保ち、最終的に跳び上がって踊り場に着地した。
「あぶねぇだろテメェ、どこ見て歩いてんだ!」
誰が見てもケージの不注意であったが、当の本人にはその自覚はなく階段の男に向かって怒鳴った。
階段の男はケージを一瞥すると興味なさそうに視線を外し、そのまま階段を上がって室長室に入っていった。
「おーおー、ハインド・ハンス・ハンズ様は木っ端の職員には興味無いと見える」
不愉快な様子を隠しもせず、吐き捨てるようにケージは言った。
「大将、奴さんのこと嫌ってんね」
そんなケージを見てカズヤが言った。
「好きな奴がいるか、あの陰険根暗野郎。陰鬱が服着てるような野郎だぜ。どうせ自分の出世以外は興味ねーよ、アイツ」
言いたい放題だった。
「"召喚士"として一流の腕前を持ち、"門番"としても優秀な術者。現在普及している"鍵"の術式も開発した管理局開設以来の天才と呼ばれ、次期室長候補であるからなぁ。主殿とは天と地、月とスッポンであろう。嫉妬する気持ちも理解出来よう」
「どういう意味だテメェ」
はてさて、と素知らぬ風にアオエが空とぼけた。
「まぁ、あんな世界の終わりでも迎えたような景気の悪い面した野郎の事なんざ考えてたら陰気が移っちまう。兎に角、景気よく行こうぜ。1時間後集合な」
だから金がねぇんだよ、と万年金欠を謳う雇用主にカズヤは言った。因みに、正確には二人の雇用主は管理局である為、報酬は滞りなく支払われている。
「で、自分の顛末を棚において何処に行こうってんだ?」
さっさと踊り場から消えようとする雇用主にカズヤは聞いた。
「決まってんだろ。あそこしかねぇだろ」
階段の影から顔だけ覗かせて話すケージ。
「"魔王城"だ」
それだけ言い残し彼はさっさと消えてしまった。




