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ようこそ

「いいいやぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 人気のない古びた石造りの通路に悲鳴が木霊する。


 それはまるで何かから逃れるように、そして実際に全力で逃げの一手をかましているローブを着た男の悲鳴だった。


 悲鳴の主は兎に角必死だった。何せ自身は戦闘の心得は皆無だったからだ。


 いや、全く荒事に慣れていないという訳では無い。腕っ節については多少の自信はあり、年の近しい者との喧嘩となれば負けん気はあるのだ。


 しかし、それはあくまで素人同士の話。戦士やら剣士やら、格闘家やら傭兵やら。およそ戦闘のプロと呼ばれる者達を相手取ろうものならひとたまりもなく、ましてや人外の怪物なんぞは論外である。


 ローブの男は全力で遁走しながら背後を振り返る。視線の先、今まさに通りがかった通路を追うものの姿があった。


 一見明らかに人でない、通路狭しと巨大な体躯が蠢いている。皮膚の色は灰色で毛はない。胴は長く、人の手の形をした節足動物のような足を4つ持ち、長い尻尾が生え、同じ長さの首があり、その先端に四つ触手のついた口があった。


 目や鼻は見当たらない。どういう器官で他の生物や獲物を認識しているか不明だが、今まさに逃げるローブの男はその怪物に追われているのだった。


「く〜る〜な〜よ〜、この化け物!」


 進行方向に振り返ってローブの男は叫んだ。


「ほら見た大将。ありゃ絶対にコミニケーションとか無縁の生き物だぁって言ったろうに」


 その男の右前方を走る、短い髪の巌のような体躯の男は呆れたように言った。


「分かりきっていた話ではあるよなぁ。何せ、雇い主殿の博愛主義は青天井である故」


 左前方を並走する、長髪の優男は肩を竦めみせた。


 というのも実はこのローブの男、無謀にもこの怪物にコミュニケーションを試みたのだ。


 曰く。


『いいか? 知能を持つ生物はどんな生物ともコミニケーションを通わせる事ができる。たとえ人語を介さずとも心と心は通わせられるんだ。見てろ、今から俺があの生き物と友達になってやるから』


 そう言ってローブの男は突如現れたどこぞの遺跡の中で彷徨っていた怪物に意気揚々と近づいた。餌の間違いでは? 絶対頭からいかれるぜ? そんな二人の言葉を他所にローブの男は両手を広げ、怪物に対して無抵抗の意思表示をしてみせ、大方の予想通り頭からバックリといかれたのだった。


「いや、まぁよ。野郎の体液が強酸じゃなくてよかったよな。じゃなかったら今頃デロンデロン」


 そう言って走りながら両手を垂らして振って見せる屈強な男。


「死因が化け物に喰われたは遠慮願いたいよなぁ。アレは不意でなく故意の結果である故。ある意味自殺と同じよ」


 ああ恐ろしい、と少しおどけて見せる優男。


 実際、頭から丸呑みされかけたローブの男が無事怪物から逃げ出せたのは往生際の悪さの結果であった。


 何せ頭から捕食されて必死で逃げようとしたものの、怪物の咬合力(?)になすべくもなくそのままゆっくりと飲み込まれていく中、最後の抵抗と怪物の口の中に噛みついたところ、怪物が驚いて吐き出し逃走できた結果、という次第なのだから。


「君達? 俺に雇われの身だという事をお忘れでない? 今、その雇用主が絶賛生命のピンチなのよ? そんな悠長な事言ってたら俺はあの化け物餌となって最終的にうんこになっちまう。いいのか? うんこが雇い主とか不名誉な称号を貰っても!」


 今度こそ次はないと感じているローブの男は、まるで関係なさそうに前を走る、用心棒として雇っている二人の"異邦人"に向かってまくし立てるように声を荒らげた。


「いうて走りながらアレだけ口が達者ならまだ余裕だよなぁ」


 それを聞いた屈強な男は関心したように言った。


「そも雇い主殿が召されれば契約自体が無効になる故。主殿がクソとなる前に我々は御役御免故安心して逝かれよ」


 南無、と優男は拝んだ。


「今すぐ助けろっつってんのがわかんねぇのか、このボケ共!! ねぇ馬鹿なの? 馬鹿なんだね?」


 少しずつ顔色が悪くなりつつある二人の雇用主であるローブの男の限界は近づきつつあった。


「どうするよ? エセ侍」


 そんな雇主の様子をよそに屈強な男が優男に向かって言う。


「気乗りがせぬなぁ、傭兵殿」


 まるで気分じゃない、といった様子でエセ侍と呼ばれた優男は傭兵と呼んだ屈強な男に返した。


「ああ、すいません。申し訳ございません。私が悪ぅ、悪ぅござんした。だから、お願い、助けて。ていうか、もう、限界…………、」


 いい加減限界が近いローブの男が言った瞬間、自分のローブを踏み付けて盛大に転んだ。しかも、見事な顔面落ちである。


「あ、盛大にいったな、ありゃあ」


「仕方なし、か」


 二人はそれぞれ言うと振り返りつつブレーキをかけた。


 ローブの男は急いで身体を起こし再び走り出そうとする。が、次の瞬間に彼の左右に怪物の足が着いた。


 振り返ると怪物の頭が文字通り目の前にあった。それも触手を開ききり、その口を限界まで開いていた。


「いいいいいいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 眼前の怪物の耐え難い臭気をあびつつローブの男は再び悲鳴を上げた。迷いなく、今度こそローブの男を捕食しようとした怪物だったが、次の瞬間、怪物の頭が炸裂した。


「試作の任意で爆発の威力を調整出来る弾だっつったってどうにも加減がわからねぇよな。不発か爆破の2択なりゃ分かりやすいってーのによ」


 そうぼやきながら下げていた武器を構える傭兵と呼ばれた男。それは明らかに擲弾を発射可能な小火器だった。


「来いよバケモン! ファックしてやるよ!」


 傭兵はそう叫び、化け物に向け擲弾を発射した。初弾に合わせ連続で6発、弾倉内の弾を撃ち切った。


「俺がいる事を忘れんなぁぁぁっ!」


 頭上で起こる爆発音に怪物の足元で蹲るローブの男が叫んだ。


 爆炎と黒煙に包まれた怪物。それが晴れると現れたのは無傷の姿だった。


「まぁ、加減してどうこう出来る見た目してねぇわな」


 傭兵はそう言うと素早く弾倉を開く。


 怪物はローブの男から傭兵に狙いを定める。金切り声のような鳴き声を上げると、発射機を構える傭兵に向かって走った。


「傭兵殿。疾風の弾は?」


 横で佇んでいた侍が聞いた。

 

「しっかり持ってきてるよ」


 手慣れた様子でベルトから青い弾を2発、緑の弾を1発詰めた傭兵は侍に返した。


「それは重畳」


 聞いた侍が微笑んだ。


 傭兵は迫る怪物の足元目掛け榴弾を放った。着弾の後、榴弾は青色の光を上げた。直後、猛進していた怪物が突如として真横の壁に激突したのだった。


 何が起きたか理解ができない、といった様子の怪物が体を起こす。再び歩み出そうとして片足が動かない事に怪物は気付いた。


 漂う冷気、軋む空気の音。榴弾を受けた怪物の片足はまるで氷河の中に埋もれていたかのように氷ついていたのだ。


「そら、もういっちょ!」


 傭兵が逆足めがけて榴弾を放つ。同様に怪物の足は瞬く間に凍りついた。


「やっぱ魔法の冷凍弾はいいね。液体窒素ばらまくより凍る。ゲームみたいだぜ」


 お気に入りの玩具で遊んでいるように、発射機を構えた傭兵は笑う。


「流石、お見事」


 侍は傭兵に向けて言うと静かに腰を落とした。そしてベルトに括り付けていた鞘を掴み、柄を握った。


「では、いつものように」


 そう傭兵に声を掛けると侍は走った。


 あいよ、と傭兵は発射機を侍に向けた。


「そら、行くぞ!」


 怪物目掛けて一直線に走る侍めがけて傭兵は榴弾を放った。


「承知」


 瞬間、侍が跳ぶ。迫る榴弾が侍を捕らえ、直後、暴風が吹き荒れた。


 それは、人一人が吹き飛ばされる程の猛烈な風だった。侍はその強風に煽られ怪物へと突っ込んでいった。傭兵の使う風の弾を推進力として利用したのだ。


 急加速をして一直線に迫る侍に怪物は威嚇するように金切り声を上げる。それを構うものかと侍は空中で刀を引き抜いた。


 口の開ききった怪物の頭を侍の刃が捕らえる。そのまま突き進む勢いに任せて頭部から尻尾まで両断した。


「さっすが」 


 口笛を吹いて、発射機を肩に担いだ傭兵が言う。


 真っ二つになり体液の飛沫を上げて地面に倒れ込む怪物をよそに、侍は音もなく着地した。


「まぁ、ただの怪物など斬るのは容易い。何の自慢にもならん」


 怪物の体液のついた刀を振るい、懐から出した布で刀身を拭うと鞘に収めた。


「あのー、君達ね。助けろっていいましたけど、この扱いは酷いんでない?」


 そう言って佇んでいるローブの男。二人が雇用主を見ると、飛沫を上げる怪物の体液が雨のように降りそそぐ中、それを全身に浴びてずぶ濡れになっている彼がいた。


「あれ以外他に方法はなかろうて。それはそれとしてよるな主殿」


「まぁ命あっての物種だしな。あと、こっちくんな」


 少しずつ後退していく2人。


「ちょっと待てお前ら、なんだその反応は?」


 その二人の様子を見てローブの男が言った。


「いやなに。主殿に問題がある理由でないが、些か耐え難い臭気がする故」


「そっちから魚と糞を混ぜて腐らせて煮詰めたような臭いがすんだ。アンタとは思わねぇが、とりあえず寄らんでくれや」


 それを聞いて俯くローブの男。しばらく黙りこくっていたかと思ったら、静かに笑い出した。そして、次の瞬間。


「テメェら、死なば諸共よ!」


 いつの間にか握っていた、傭兵の使った緑の榴弾と似た手榴弾を怪物の死体の方向にぶん投げた。


「あ、馬鹿野郎! さっきですら使わなかったそれを!」


「いやはや、なんとも」


 反射的に死体とは反対方向に逃げ出す二人。


「バカめ! 教わった通りきっかり2秒たってから投げてるわ! 死ねぇ!」


 無駄に記憶力発揮してんじゃねぇ! 逃げる傭兵が叫ぶ。手榴弾は間もなく怪物の死体が倒れている箇所に丁度落下し。


 次の瞬間、彼らのいる遺跡の通路一帯に内容物をまき散らしたのだった。

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