"She's Ephemeral In The End" _ 夢を見る旅
※後章前日談の最後。幕間の終わり。少しだけ長いです。
※今回だけ、ここまでとかなり毛色が異なる感じの三人称な番外編。
・・・
住宅街の中心にある小さな公園のベンチ。そこに変な女の子が座っていた。
日曜日の穏やかな午後。
どこかに遊びに向かおうとしていた幼い少年は通りすがりに、何だろうと疑問に思う。
喧騒の中にある、切り取られたかのような小さな静寂。
まるでその場所だけ何もないかのような、変な感覚。
そこにいる、子供からほんの少しだけ大人になったかのような女の子。
赤みを帯びた白い肌。風にやわらかくなびく髪。
その見た目だけでは何が変かはわからないが、どうしてか目が離せない。
透き通るように薄く、触れたら壊れてしまいそうな、近寄りがたい雰囲気。
幻のように静かに揺らぎ、ボーっと空を眺めていた不思議な少女は……。
「……ぼりぼり、もぐもぐ」
唐突に、とんでもなく赤い謎のせんべいを取り出し、音を立てて食べ始めた。
その光景に、なんだあれ、と一瞬あっけにとられる。
神聖な静寂をぶち壊すかのような、謎の赤せんべいの咀嚼音。
これはさっきまでの神秘的な変な感じではなく、なんか普通に変な感じだった。
ここにきて流石に好奇心がまさったのか、少年が少女に話しかけに行く。
……。
「あの……」
「?」
「えっと……おねえ、さん? なにそれ?」
「?」
「いや、その赤いの……」
「? 地獄せんべい?」
「じご? えぇ……なにそれ……」
「あ、たべたい?」
「いらない……」
薄らぎ儚げだった雰囲気はどこかへ行き、明るい表情でニコニコと答える。
そんな、どこにでもいそうだけど、よく見たら整った顔立ちの幼げな女の子。
その年相応な可愛らしい笑顔に、少年は少しだけドキッとする。
「え、あー、えっと。おねえさん?って、魔法少女?」
「?」
小首を傾げられた。
その不思議な気配から、もしかしてそうかもと思ったけど、違ったのかもしれない。
少年はこれまで魔法少女を見たことが無い。魔獣被害にあったこともない。
テレビや雑誌での話題は尽きないが、魔法少女はそう有り触れた存在では決してないのだから。
少女のうち、3万人に1人の選ばれしもの。それは多いように見えて、実生活においては限りなくゼロに近い。
しかしそれでも、少年のような存在にとっては、少女は少女であるだけで少し羨ましいと思えてしまう。
……そう、羨ましい。男に絶対に魔力は適合しないから。
男の子が誰しも思うような、ファンタジーみたいな夢が叶うことは決してない。
もし自分が女の子だったらな、と。そんな下らない願いに思いを馳せてしまう日々。
その思いはだんだんと拗れて、いつしかちょっと逆恨みのような、悪戯な気持ちも芽生えてくる。
「あーそっか。なんかおねえさん、ふつうっぽいもんね」
「……?」
「そんなわけないか」
「え、普通……。普通かなぁ……?」
なんとなくほんの少し凹んでる様子を見せるが少年は構わず続ける。
こんな普通の子が、魔法少女なわけないと。もしそうだったりしたら、なんか負けた気がするから。
「うん、ふつうだよ。魔法少女って、こう、もっとかっこいいし」
「……うん、そうだね。魔法少女ってカッコいい。カッコよくてスゴい。みんな、本当にスゴい人たち」
若干の八つ当たり。そんな少しトゲのある言葉を、全部ニコニコ微笑みながら受け流される。
だからか、なんだかその少女が大人っぽく見え、反対に自分の子供らしさが際立って見えた。
話をしていて、なんだか胸がムカムカする。
そう、だからこれは多分怒りなのだと、自分を納得させる。
「ああ、オレ、ヒーローになるんだ。発火の魔法少女みたいな、すっごいヒーローに!」
「?」
「そんでもって、おねえちゃんみたいな普通の人たちを助けるんだ!」
そんな感情に押し出されるように、わけも分からず勢いで自分の夢を語る。
おそらく叶わないであろう、子供じみた青い夢を。
どうせバカにされるだろうと思いながら。
そしたら思いっきりキレてバカにし返してやろうと、癇癪のようなイラ立つ気持ちをぶつける。
そんな、何故か初対面の男の子から急に強い口調で夢を語られた少女は、一瞬だけ面食らうも……。
「そっか。いいね」
とても綺麗な笑顔で、頷いてくれた。
「大丈夫。その夢、叶えられるよ」
大人と子供が混ざったかのような、不思議な雰囲気で、祝福するように。
「だって私も叶えられたんだもん。きっと叶う」
……なんだか眩しく思えて、少女の姿を見られなくなった。
身体がだんだんと熱くなり、何を話したらいいかわからなくなる。
いきなり固まってしまった少年に、少女は首を傾げて手を伸ばす。
「ばっ、やめ、なにすんだよ!」
「? 大丈夫かなって……?」
「何がだよバーカ!!」
いくらなんでも初対面の相手に心を開きすぎた、そんな思いのままの反発。
幼くて甘く、酸っぱく苦い、上手く説明できないような不思議な感情の発露。
自分は、なんでそんなこと言ってしまったのか。
わけもわからず混乱し、飛びあがるようにして距離を取る。
そうだ。というか自分は今から遊びに行くところだったのだ。と、ふと思い出したので、そのまま立ち去ってしまおうと。
決して逃げるわけじゃない。自分はヒーローになるのだから逃げたりはしないのだ。別にこの少女は敵じゃないけど。
「……」
そうして、別れの挨拶もせずに、一方的な思いだけを告げて離れる。
自分たちはどうせ初対面の他人同士。いちいち断る必要なんかあるわけがない。
そんな、きっと少年の親が見たら怒るであろう、自分勝手な子供の論理。
ふと振り返り少女を見ると、手を振って見送ってくれている。
その姿を見て、なんかまた少しムカついた。
今度こそ負けないと、何の勝負かわからないけど心に誓う。
そしてまた、何の勝負かはわからないけど。次こそは。
……。
……もし勝てたら、その少女の名前を聞いてみようと。
一大決心して、少年は夢想する。そう、次こそはと。
もう一度振り返ると、少女はいなかった。
……。
後日、少年は魔獣災害に被災するも、……奇跡的に無傷で生還する。
それはたまたま、少年の命が、奇跡の内側にあっただけという話。
少年は普通の友達を庇って助け、普通に助かった。そういうことになっている。
ここで語られたのは有り触れた下らない、単なる番外の後日談。
そしてこれからの前日談に添えられる路傍の花のような背景の一部に過ぎない。
ただ、少年は夢を見る。
あの日、少しだけ気になった、いつかの少女にまた会えることを。
その夢は叶えられていない。
叶うことも、おそらくは。
・・・
……およそ3万分の1の少女が魔法少女となるならば。
大雑把にいえば2万9999人の少女は普通の女性となる。それは単純な計算による当然の論理。
つまり大多数の人間にとって、魔法は無縁の存在ともいえる。
自分たちの生活には大して影響が無い。魔獣災害など、大多数の人間には関係が無いのだから。
いつかその災害から自分を助けてもらえるかもしれない。
だけど、今の自分の生活をより良くしてくれるわけじゃない。
ならどうでもいい。夢も希望もない話をすれば、そういうこと。
そして、その不思議な力によって優遇されるのは魔法少女の関係者ばかりなのだから。
魔法のような夢と希望を煽るメディアの広告に、辟易とする女たちもいて当たり前の話。
なんだか可哀想な話だと思う。
しかしそんな気持ちも所詮は傍観者の無責任な感情。大して意味は無い。
魔力という理外のエネルギーは、魔獣か魔法少女にしか扱えない。
たった25年、されど25年の魔力研究により、そう結論付けられている。
そしてその魔力による技術の革新は、あまりにも計り知れない。
だから、世界の維持と発展のため。魔法少女は犠牲になるしかない。
ある意味、魔法少女は国の資源ともいえる。
すなわち魔力適合は地獄への片道切符。
そう思えば、逆に運が悪くて助かったともいえる。
(……なんて、流石に酷い想像かもね)
疲れた顔で一人ごちる女は、魔法少女元年、もしくは魔獣元年生まれ。
正式に定められているわけではないが、つまり世紀末、始まりの魔獣が現れた年。
世界に魔力が生まれた年に産声を上げた。
成長するにつれて魔力は当たり前に知られる存在になり、そしてそれが自分と関係ないものだとも知る。
その女も例外なく普通に成長し、そのまま四半世紀を経て、ただのくたびれた会社員となった。
かつて夢見た、キラキラしたファンタジーの世界とは何の関わりもない、単なる社会の歯車として。
満員のバスに揺られ、バカな同僚や上司や部下とバカバカしい仕事をこなし、家に帰っては酒を煽る。
つまらない人生だ。そう思っている。
続けるのがそこまで苦ではないから、続いているというだけ。
正直、魔法少女のことは嫌いじゃない。むしろ、それ以外の馬鹿な人間たちが大嫌い。
魔法少女は敵じゃないけど、馬鹿な人間は性別を問わず害悪だから基本的に敵だ。
今日もOLとしての仕事をしていた女は、ノンデリな上司からセクハラまがいの言葉を受けてイライラしている。
――そろそろ営業の人来るからお茶の準備をお願いするよ。僕は資料の準備してくるから。
――あ、そうそう。ちょっと聞きたいんだけど君って実は……、元魔法少女だったりする?
――いやぁ、顔が整ってるからそうかなってさ。魔法少女ってみんな美少女だから、君もそうだったのかなって思ってのさ。魔法少女って可愛いよねぇ、なはは。
大人なので表面上はニッコリ笑って受け流す。社会の歯車として、会社の損になることはしない。
いくら内心で、こいつ魔獣に襲われて死ねばいいのに、どっかのマスゴミカメラマンみたいにさ、とか思ってても決して口には出さない。
そしてその感情は決して外では出さず、家に持ち帰りネットの海に全力でぶつけるよう心掛けている。
匿名の相手にはどれだけ強く当たってもいい。いや、それにも限度はあるが、そういう場所ならある程度は許容される。
……とはいえ一応、ネットへの書き込みを外でやったりはしない。
見られたらマズいこと書いている自覚はあるので、知ってる相手に知られたら今後の仕事に差し支えてしまうから我慢している。
そんなわけで今日もつまらない仕事をこなし、帰りのバスを来るのをバス停近くのベンチに座って待つ。
そしてちょうどその時間で、対魔獣組織の広報動画の新着があったのでそれを見ることにする。
識別と計算の広報動画。芸能事務所の公式チャンネルのような、愉快で楽しい企画。
殺伐とした世界を、たまにしか感じさせない、いつか夢見たキラキラした魔法少女の世界を見せてくれる。
だから彼女たちを応援したいという気持ちは本物。もちろんグッズも買うし、寄付もする。
そしてそれは、遠い昔にクラスメイトだった、今や名前も思い出せない魔法少女の助けになれるかもしれないから。
自分たちの代わりに魔獣と戦うため、いつの間にかいなくなってしまった小さな友達への応援と、……もしかしたら追悼の気持ちを。
――あいあい! アイデンティフィケーション!
――かるがるー……かるきゅれーしょん。
いつもの挨拶で動画が始まる。いつもの楽しげな企画。
それを見て、ホッコリとしながら、少しだけしんみりともする。今日は新着があったから良かった、と。ストレスが若干和らぐ。
おそらく最近の動画は取り溜めだったのだろう。少しだけ計算の子がやせているようにも見えた。
何かあったのだろうか。
しかしともあれ動画の中では深刻そうな様子は見えないし、なんにせよ自分の精神安定剤である動画の更新が途絶えなくてよかった。と、自己中心的な思いを自覚しながらも安堵する。
(……ああ、良かった)
「……。懐かしい……かも?」
「……!?」
「!?」
いきなり肩越しに知らない少女の謎なセリフが聞こえて身体が跳ねた。
ベンチから立ち上がり振り返ると不思議な少女がいて、何故かそっちもビックリしていた。
……少女は全く気配を感じさせなかった。危険な香りは全然しないが、どことなく変な感覚があり、警戒する。
「? え、あ、すみません……?」
「……なに、どこの子」
「え? あ、あの、えっと……えっと……」
困惑する女と混乱する少女。周りには誰もおらず、若干カオスな状況。
……まぁいいか、と思う。害は無いだろう。
「……魔法少女、好きなの?」
「あ、……はい」
「ふーん」
優しく語り掛けるとどうやら落ち着くことのできた様子。
何となく毒気が抜け、これ以上追及する気にもならず、とりあえずまたベンチに腰を落ち着ける。
「……じゃあ一緒に見る? バスが来るまでの間だけだけど」
「え。あ……ありがとうございます……」
弱々しく困っているような雰囲気に、なんだか邪険にするのも憚られた。
よくよく観察すると結構幼く、痩せて貧相で、危ないことをできるようにも見えない。
顔立ちは割と整ってるかもしれない。
もしかしたら裏に変な大人が、くっ付いてる可能性も考えられなくはない、けれども……。
周囲を観察する。ひと気もなく、特に異常はなさそうに思える。
これでも自分はそこそこ社会に揉まれてきてそういう匂いには多少敏感だし、直感は問題ないと感じている。
だからまぁ危険性は無いだろう。と、そこそこ経験豊富な大人の女はとりあえずそう判断した。
ベンチの裏側にいた少女は少し戸惑った様子だったものの、おずおずとまわってきて、隣にちょこんと腰かけてくる。
スピーカーにしようとも思ったが、両耳につけていたワイヤレスイヤホンの片方を手持ちの除菌ウェットティッシュで拭いてから、使う?と差し出すと少女は躊躇せず片耳に突っ込んだ。
なんか本当に変な子だな、と思うもそれは別に嫌な気持ちではない。別にいいか、と流す。
そして見てないうちに動画のシークバーが少し進んでしまったので改めて最初から再生しなおす。
じっと、静かに。
聞こえる音は片耳からの、二人の魔法少女のアッパーな声とダウナーな囁きだけ。
どこまでも穏やかな時間。
薄汚れた女社員の心からストレスがスッと薄らいでいくのが分かる。
ああ、悪くない。
もし自分に妹のような存在がいたら、こんな感じなのかもと妄想する。
横にいる少女は妹というには歳が一回りほど離れてそうだけど。
「……」
「……」
そこから、特にこれといって何もない。
別に、これがきっかけで何か劇的なことが起こったりもしない。
ただの日常だ。今日はそこに、よくわからない謎の少女が加わったというだけで。
そしてこの時間もほどなく終わる。バスの定刻が近づき、否応なしに。
……。
「じゃあそろそろ時間だから」
「あ……、ありがとうございます」
「……」
定刻になり、少女に手を振って別れバスに乗り込む。少女はベンチに座ったまま手を振り返す。
走り出したバスの車窓から、ふとなんとなく、少女をもう一度見やる。
俯いた少女は目を閉じ、眠ってしまったかのように脱力していた。
まるで、赤い季節に揺らぐ陽炎のように。
視線を外し、先ほどの少し不思議な体験を思い返す。
あの少女は、懐かしいといっていた。そして、懐かしそうに動画を見ていた。
今流していたのは新着の動画だから、動画の内容についてではないだろう。
だとすると、こうして誰かとこうやって動画を見る、ということについてだろうか。
そして、最近はそういう機会がずっと無かった、ということなのか。
……くだらない邪推だ、と走りかけた空想を取りやめる。
この少女が、自身の今後の人生にかかわることなど恐らく無いのだから。
そう。何の意味もない、単なる日常の一幕。
眠って目が覚めたら消えてしまうような、朧げで淡い記憶。
誰しもが子供のころに見る夢のように、忘れて失くしてしまう思い出のような、そんなもの。
眠り、目覚めて、何かを失い、現実が少し進む。
人の夢は儚い未来。眠るように旅をし、救われながら零れ落ちる。
そうして人は、現実を過ごすためにまた帰ってくる。
前より少しでも良い現実でありますようにと、無意識の祈りを込めながら。
……三度、女は少女を振り返る。
バス停は豆粒のように小さく、少女の姿はどこにも見えない。
どこかへといき、もうどこにもいない。
・・・
物語は、始まりの救済から、贖罪の終わりへ。
※次回より本編後章になります。




