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"Or Are They Ephemeral In The End?" _ 誘われる壁

・・・





 私は、あの女が嫌いだ。



 その見た目と言動の一から十まで、どこを切り取っても褒めるべき点が見つからない。

 それでいて、その魔法の規格外な強力さだけで、私たちの上に立っている。


 存在するだけで作戦として成立する、純粋な化け物。

 いるだけでいい。だからといって、何もしなくていいわけじゃない。


 本人もそう感じているのだろう。

 でも馬鹿だから、何も考えずに動いて仕事を増やす。

 いつも私たちはその尻ぬぐい。

 でもあの女は頭が悪いから、やらかしも忘れて同じ失敗を繰り返す。


 その魔法特性からかあらゆることに関心が薄く、何にも興味が長続きせず、その精神、頭の中を誰にも覗かせようとしない。

 それは仲間であっても例外ではない。フラフラと近寄り、近寄ればスルリと去っていく。こちらの気持ちもお構いなし。


 何もかもを反射して拒絶する、絶対の鏡。


 それが、私たちの第六部隊の隊長、『反射』の魔法少女。

 決してその身は傷一つ付くことない。干渉を拒み、関係を拒む者。


 だから私は、あの女が嫌いだった。


 私は『誘惑』、この部隊の副隊長。

 隊長を支えるべき、この部隊のナンバーツー。


 正直イヤだけど、それでも仕事なのだから、仕方なくあの女を助けたりもする。

 だというのに、あの脳足りんときたら私の助言を少しも聞きやしない。


 最強の防御魔法を持ったあの女の頭を覗くことは魔法をもってしても不可能だけど、実はもしかしたら脳みそ入ってないんじゃないか?と思わなくもない。


 いやほんと、いいから大人しくちゃんと聞いてよ。変にアレンジとかいらないから。

 脳みそスカスカのくせに無意味にオリジナリティ出そうとしないで。


 あと出来もしない量の仕事を抱えて右往左往した挙句、仕事ほったらかしで現実逃避とかマジやめて。

 それでもってたまにまともな仕事したと思ったら意味不明なくらいすごい得意げになるし……そんなんでこれまでの失敗帳消しにならないんだけど……?



 ほんっと……ああもうイライラしてきた。嫌いだあんなやつ。


 嫌い……嫌い……嫌い……。




 ……。





「ねぇ」

「……はい?」


「近いんだけど」

「え、あ……はい……えへへ……すみません……」



 いや、だから離れてよ。

 さっきから近いんだって言ってるでしょ。


 言われておずおずと離れて、ほっとくとまた近づいてくる。なにこれ。


 ここ最近、いつも視界の端にこいつがいる。

 仕事でやむを得ず離れる場合を除いて、常に。


 まるで私に関心があるかのように。

 この女に限って、そんなわけないのに。


 ……そう。一言で言ってしまえば、なぜか私はこいつにストーキングされている。

 しかも本人に直接干渉してくるタイプのストーカーだ。ちょっと普通に鬱陶しい。



「あ、そろそろお昼ですよね、ご飯行きませんか!」

「……別にいいけど。ていうかアンタ仕事は?」


「あ、え、へへ、バッチリ終わってるので大丈夫ですから!」



 なにこいつ。……偽物?

 表情も話し方も、ヘラヘラといつも通り。なのに妙に積極的というか。

 あと最近なぜか私と会うときは、いつものジャージ姿じゃなく、私と同じように隊服を着ている。

 私がジャージはヤメロと言ってもそんなの聞く気、今までなかったくせに。


 あと何故か私と同じように髪を三つ編みにしてるとこもよく見る。

 下手だし雑だし似合ってないんだけど。いや、なんで急にそんなことし始めたのか。


 いつも通り、魔法には手ごたえ無し。

 だから私の魔法に誘われてるわけじゃない。

 そもそもこいつにはあらゆる魔法が通用しない。


 だとすればこれは、こいつの意思。……いやなんで?


 魔法による誘引なら、私の意のままになる。

 意識的にも無意識的にも、私の不利益にはならない。


 いや、別にこれが私の不利益というわけでもないのだけど。なんだけど……。


 ……モヤモヤする。



「……」

「……」


「……えっと、あ、今日はいい天気ですね!」

「……そうね」


「……」

「……いい天気、です」


「……」

「……」



 調子が狂う。何がしたいんだこいつは。


 食堂に向かう道中の気まずい沈黙。

 まるで、こいつが私の気を引きたいかのような振る舞い。


 そんなわけないのに。

 何にも大した興味を持たなかったやつが、急に私に興味を持つ?


 ばかばかしい。

 仮に万が一そうだったとしても、どうせいつも通りすぐに飽きるだろう。

 そういうやつなのは、私もずっと見てきて知っている。


 でも……、にしては少ししつこい気もしてる。


 ほんと、なんなの……。



「あー……、なんか……えっと……」

「……なによ」


「……」

「……」


「……」

「……」


「その……」

「だからなに」


「あっ……なんでもないです……えへへ……」



 意味がわからない。何がしたい。


 そうこうしているうちに食堂に着く。

 今日の日替わりメニューはハンバーグ定食らしい。


 魔法少女には小さな子供も多いから、基本的に対魔獣組織の食堂のメニューにはこのように子供が喜ぶメニューが多い。

 個人的には和食が好みだけど、そういう地味なのは子供が喜ばないので仕方ない。


 子供の笑顔は何ものにも代えがたいのだから。

 私はそれが見れれば満足だから。




「うへ……はんばーぐですか……」

「……?」



 こいつ、そんな好き嫌いはなかったと思うけど。

 なんか珍しくも、その表情にありありと嫌悪感、というか忌避感……?のようなものが。


 ハンバーグが嫌いとか少なくともなかったと思う。

 というより食そのものに興味を持ってなかったような。



「あー、いや、しばらくお肉は避けたいですね……違うのに変えてもらいます」



 ……?


 一応、アレルギーやら宗教的配慮やら、代替メニューのようなものもある。

 大体は豆類の謎メニューになるのであまり人気はないけど。


 というか、個人的な気分で本来は選ぶものではないのだけど、割とここの人は文句なく柔軟に対応してくれる。

 それに一応、曲がりなりにもこいつは隊長なので、たいていのわがままは通る。


 ぶっちゃけた話、職権の乱用、権力の悪用と言えなくもない。



「……」

「……」



 そして食事。黙々と。



「……」

「……」


「……」

「……」


「……やっぱり、覚えてないんですよね」

「……?」



 食事中に喋るな、と言いたいところだけど。


 疑問。ここ最近のこいつの言動。


 ……やっぱりおかしい。



「……」

「……アンタ、何か隠してるでしょ」



 一瞬、震える肩。

 それは怯えと不安の発露。


 でも見上げたその瞳には、覚悟のような光が。




「……私はもう、間違えないし、見逃さない、です」




 前までのこいつと、何かが決定的に違う。

 一言でいえば、変わった。だけどそれは、あまりにも劇的な内面の変化。


 人の気持ちなんか、わかるわけない。

 だから私は誘って操り、惑わして引き出す。

 精神を侵す猛毒を使い、私の思い通りに作り替える。


 だけどこいつには一切通用しない。

 魔法も話術も何もかもがこいつの心には響かない。

 全てを拒絶する反射の防壁が、こいつを守っているから。


 なにを考えているのかわからない。不気味で不愉快な存在。

 いつもヘラヘラと笑い、他人と決定的な一線を引く。

 一歩下がった場所から、じっとこちらを観察する。


 そんなやつだったのに。いったい何のきっかけがあったのか。


 最近のこいつは良くしゃべる。必要なことも、どうでもいいことも。

 反応を返さずとも、根気強く、ただ無闇にしゃべり続ける。


 支離滅裂で、意味の分からないことも多い。

 それでも前のような誤魔化すための言葉ではなく、自分の思いを伝える言葉で。


 だから少しだけ、こいつの心が、見えてきているのかもしれない。

 それは少し鬱陶しくも、不愉快というほどではない。


 結局、言葉にしなければ気持ちは正しく伝わらない。

 思っているだけでは、相手の気持ちなんか妄想に過ぎない。


 ほんの少しでも伝われば、それを辿り、今までの不思議も少しだけ紐解ける。




「なんの話……?」


「……え、へへ、何でもないです!」




 こいつにはきっと、好きとそれ以外しかない。

 常にゼロかイチの感情の世界で生きている。


 だから悪感情など全くなく、本当にゼロだということ。

 誰かを馬鹿にしたりとか、そういうのも全くない。


 ただ、世界の中心に自分がいて、自分と同じイチになれる、そんな"好き"を探している。

 それは真の自由な精神であって、最悪の孤独。壊れていないのは、ひとえにこいつの心が綺麗だから。


 つまりその本質は、曇りなき無垢なる鏡。映されるのは見る側の心。


 こいつから悪意を感じるのであればそれは自分の悪意。

 こいつから好意を感じるのであれば……それは自分の好意。


 だけどこいつにも心はある。無垢で綺麗でも、本当の意味での、空っぽではない。

 気持ちもある。感情もある。嫌いが無いだけで、苦手と、好きはある。


 だから私は、こいつのことが気になって仕方なかった。


 ほかの人間とは違う、私の意思とは関係なく、私の魔法に惑わされず、本当の気持ちで私自身を見る存在。



 見れば、私がわかる。

 私が目を背ける、本当の私が。



 そして今の私の姿は……不思議と前ほど醜くない。


 何故、なんだろうか……。




「あ、どうですそのお肉、おいしいですか?」

「……まぁまぁね」


「……」

「……」


「え、っと、あの、名前で呼んでもいいですか」

「……なに急に」



 こいつには『阻害』の魔法少女による認識阻害が効かない。

 だから私の名前もこいつは普通に知っているし、呼ぶこともできる。


 ……。私も何故かこいつの名前を知っている。

 そこまで親しくしてないはずだから、多分こいつに認識阻害が効かないせいだろう。


 私はこいつが嫌いなのだから。そう、嫌い。別に好きじゃない。



「……別にいいけど」

「あ、ありがとうございます!」


「……」

「……」



 いや、呼ぶなら早く呼べばいいじゃない。

 なにその、一大決心みたいな表情して。



朽縄(くちなわ) 多津美(たつみ)さん」


「……なんでフルネーム?」

「えへへ……」



 顔を赤くして照れる。

 なにその顔。若干キモいんだけど。


 ちなみに私はこの名前はあまり好きじゃない。なんか男っぽいし。



「こ、これからもよろしくお願いします!」


「そう。よろしくね。……白雪(しらゆき) 鏡花(きょうか)隊長」




「……えっ? ええ!?」



 ちょっとした意趣返し。

 別に私はこいつと親しくなんかない。どっちかというと嫌いだ。

 本来であれば、名前で呼び合う仲では絶対にない。


 だけど、私はこいつを支える副隊長なのだから。

 少しくらいは寄り添ってあげても良いのだろう。


 どうせ文句なんか、無いんでしょ?




「一つ忠告。アンタが何したいかは知らないけど……キャパオーバーになる前に絶対相談すること」


「え、あ。……はいっ」




 だから、これからもみんなのために、一緒に。


 子供たちの未来のために、力を貸してよね。隊長。




・・・

次回<照らす約束>

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