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"Or Are They Ephemeral In The End?" _ 扉を叩く音

・・・




 魔獣とは何か。

 魔力とは何か。


 そして、魔法少女とは何か。


 現代科学は未知を究明するために発展してきた。

 人類の歴史の中で、多くの神秘が物理法則の延長にあると暴かれてきた。


 しかし今の人類の叡智をもってなお、魔力の神秘は扉の奥に隠されている。


 世紀末に生まれた新たな神話。

 恐怖と畏敬の異形たちが現れ、この世を証明不可能な超常が埋め尽くした日。


 人の子の手には決して届かない、大いなる力があると、驕り高ぶる人間は思い知らされた。


 すべては人間の、信仰に等しい儚き祈りによってもたらされたもの。


 物理を超越する力。災厄の特異点。

 進化する人類。試練の門番たる獣。



 その先にある、神の実在の証明。



 光は落ち、地獄の蓋は開かれた。

 心せよ。正しき道を見定めよ。



 間もなく、最後の審判が訪れる。





・・・





 ……とかいう、どうでもいい話。

 殉教者どもが崇める、新興宗教の言葉の数々。


 バカバカしい。

 だけど、なかなかに無視しがたい。


 というかこいつらは、存在があらゆる意味で邪魔すぎるんだよな。

 結局こいつらは普通の人間だから、対応を誤るとかなり面倒なことになるのだ。



(……まぁでも。自分がいない間もそれなりに対処できるみたいだ)



 病棟特有の、毒を消す匂い。

 静寂の中を淡々と、打鍵音が響く。

 通信端末が、密室の外の様子を教えてくれる。


 まぁ今使ってるのはタブレットだし、打鍵音というかタップ音なんだけど。



(ふふふ、タンタンってね)



 淡々だけに。タップタップ、タンタンタン。


 そんな意味不明な、くだらない洒落。

 それをあきれながら聞いてくれるやつは、いたのに今はいない。


 ……なぁに、別に気にするほど大したことでもない。


 頂点とは孤独なもの。

 自分は孤独だった時間のほうが、ずっとずっと長いのだから。



(……)



 ベッドの上で、タンタンと、淡々と。


 薄暗い明りの病室。ここは地下にあるらしいから、窓もない。

 今は日中だが太陽など見えるわけもなく、時間もこの薄っぺらい機械の時計でしかわからない。


 周りには大げさな医療用の機械が並ぶ。

 自分はそこからいくつも延びるコードとチューブに繋がれている。

 まるで、鎖で縛り付けられているように、雁字搦めに。



 世界の頂点。唯一の第八等級魔法少女。

 『執行』の名のもとに、不可能以外のあらゆる現象を武器に使う。

 絶対的な強権により、世界の敵を裁く者。



 ……それがこんな有様。

 貧相という言葉も生易しい、肋骨の浮く枯れ枝のような虚弱児。


 最強無敵の魔法少女だとかそんな風に持て囃されてる。

 だけどこっちから言わせてもらえば過大評価だ。自分はそんな凄くない。

 別に、なんでもできるわけじゃないし。


 世界をゼロとイチで支配する魔法。願いを叶える確定の奇跡。

 それがどれだけ可能性低くとも、不可能でなければ100%のものとして必ず執行される。

 半面、元々が0%の場合は絶対に執行できない。


 ……ぶっちゃけ欠点まみれといっていい。

 所詮、器用貧乏な万能で、全能には程遠いのだから。


 命令をする際に、魔力を込めて対象を指定する必要もある。しなくても使えるは使えるが。

 生物非生物は問わないものの、対象が無差別だと複雑な命令ができず無駄な消費も多いので、直接的な視認状態での使用が望ましい。


 だから目の届かない範囲には基本的にできることがない。

 できるのはせいぜい、周辺の意識を逸らす使い方程度。


 そして可能性が存在しないものに対しては何もできない。


 例えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてことはできないわけだ。


 ……まぁ正確には発動しないだけだから試せるけれど、魔力の無駄撃ちになる。意味が無い。



 そしてあまりにも致命的な二つの欠点。


 自己を執行対象にできない。

 発動の成否に関わらず、使うと身体を不可逆に蝕む。




(……)




 それは、他の魔法との明確な違い。


 魔法は本来、対象を選ばない。自分だろうが他人だろうが関係ない。

 そして魔法少女が魔法を使うとき、魔力以外を消費することは無い。



 そう。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。



 驚異的な力と代償。


 異質であり異端。異形であり異物。

 埒外の化け物であり、理外の怪物。


 何もかも常識外れの例外的で、有り得ない存在。


 今にして思えば、昔から自分はそうだったのかもしれない。

 両親もなく、生まれも不明。何もかも謎の、不気味な子供。


 そして、身元不明児として孤児院で名づけられた、自分の"阿野間(あのま) 露絵(ろえ)"という名前。


 名前の由来はアロエだって、先生は仏頂面で言ってたけど。




 本当は、お前は異常(アノマリー)だということ、なのかもなって。




 ……。


 ……いや、というかアロエも意味がわからないな。

 なんでアロエだったんだ……?


 ヨーグルトとかに入ってるやつだよな……?

 アロエって……?



 ……。








――魔法少女アロエちゃん。なんか休日の朝に放送されてそうですね。








 なんか思い出の中からめちゃくちゃ失礼な幻聴が聞こえた。

 いや、これでも自分、この組織ではめちゃくちゃ偉いはずなんだが……?


 ほんと、クソ度胸にもほどがあるだろう。

 そんなことをこの自分に言えるのは、君くらいだろうなと。



 魔法を使うたびに弱っていく自分のための、専属の医療チーム。


 その中の一人、『療養』の魔法少女。


 名前は小鳥遊(たかなし) (のどか)



 4年前ほどに来て、自分は最近まで1年半ほど寝てたらしいから、たった2年半ほどの付き合いしかない。


 それでも、不思議と他の誰よりも気が合った。

 波長が合ったというか。……合わせてもらえてたというか。


 あまりにも身分が違う。魔法少女としての力量もかけ離れている。

 それでも、まるで対等な友人のように振る舞える。


 それはまるで、物語の中でしか知らなかった、青春のような。




(……)




 ……一体なにを夢見てたのだろうか。


 超常の裁定者。最悪の処刑人。

 そんな風に恐れられてて、物騒な噂はいくらでもある。


 実際、いくらかは事実でもある。

 ほとんど正解だ。この手は昔から赤く汚れているのだから。


 その声は晩鐘の音。

 その手は死神の鎌。


 ただ一言、死ねと告げるだけで、あらゆる生命に死を強制できる。


 そんな、悪魔のような存在と違いはない。




(……)




 こんなのと仲良くなろうだなんて。

 すごいやつだなと、本当に思う。心の底から尊敬できる。


 だからこそ。そんな君を危険には巻き込めない。




「……っ、けほ」




 今日は空咳が多い。咳をしても、この部屋には自分のみ。

 別に誰に心配をかけるでもない。大丈夫だ。


 本当なら手遅れだったはずの病状。

 医者の所見から察するに、自分が目覚めたのはまさしく奇跡に近い。


 どんな奇跡が起こったのかは定かではないが、有り難い話だ。



 で、あれば……このロスタイムを決して無駄にはできない。

 奇跡という薄氷がいつまでも足元を支えてくれるとは限らないのだから。



 何か、水面下で大きなことが起きている。調べれば調べるほどおかしな点が多い。

 修正されている作戦情報も妙に多い。なぜこれが問題視されていない?


 他にも不自然な点は多くあるが、目的が分からない。

 断片的ながらいくつかの仮説はある。だがとにかく情報が不足している。

 機密を探るには、この端末では権限が足りない。


 自分は『執行』の非能動的効果で他の魔法が効きにくい。

 世界を覆うほどの『阻害』の認識阻害すらもほとんど効果をなさない。


 だから前回の七星事変の時のように、()()()()()()()()()()()()()()()自分には通用しない。


 しかし自分が直接大きく動くわけにもいかない。

 現状、魔法もそう何度も使えそうにないし、魔力も節約すべきだろう。

 身体強化がなければ満足に動かないほど弱った身体だけど、それも最低限にすべき。


 この部屋に訪れるのは、『療養』の彼女と、主治医の女の二人。

 あとは不定期に様子を見に来るという、第一部隊の、仲間……『阻害』と『模倣』と『転送』だけ。


 『療養』の彼女は文句なしのシロ。そして医者も結局情報を持っていなかった。


 だから、待つしかない。

 自分も万全ではない。かつてのように何もかも笑いながら踏み潰せた自分はもういないのだから。


 機を見計らわなければ。

 相手にとって最悪のジョーカーとして、最後の秘密の伏せ札でなければならない。


 そう。だから、決して自分の目覚めがバレてはならない。

 行動も最小限にしなければならない。



 ……。



(とはいえ……正直八方塞がりなんだよな……)



 コソコソ雑多な情報を漁りながら、相手の動きを待つしかないという状況。

 できれば関係者全員と直接対面して、チェックをかけたいのだが。


 ……ああ、本当にもどかしいな。


 孤独な戦いだ。誰にも頼れないし頼るべきじゃない。

 扉の先は未知数。恐ろしく危険な戦いが待っているのは間違いない。

 だから、暗闇に踏み入るのは自分だけでいい。


 どうせ壊れかけの自分に未来はないのだから。

 命は有効に使わなければ。


 大丈夫。問題ない。成し遂げるための力はこの手に存在する。







――カチャリ。






 定刻。

 いつも通り、自分の友人だった彼女が病室を訪れた。

 特に意味はないが、なんとなく自分の服装を軽く整える。


 ……いや、別に心待ちにしてたわけじゃないが。


 自分は一人でも平気だから。大丈夫。問題ない。

 いつまでも友達気分で青春の残滓にすがるような、そんなこと。

 考えるだけでも罪深いだろう。そんな資格、もはや存在しないのだから。


 ほら、彼女の姿を見てみろ。


 光のない目。直立したまま動かない身体。

 記憶は操作され、この部屋の出来事は何も覚えていない。

 時間が過ぎるまで待機し、時間が来たらそのまま出ていき、いつもの日常に戻る。

 強制された望まぬ行動。人格を踏みにじられた操り人形。


 万が一にも、この『執行』の目覚めを外に知らせないために、自分が処理した。

 もう一人、ここにやってくる医者と同じく、機械的に片づけたのだ。





 そうだ、()()()()()()()()()()()()()





 ……心に刻むべきだがあまり気にするべきじゃない。

 最善の状況のための犠牲。いや、犠牲というものでもない。


 その身体には傷一つつけてはいないし、つけさせないのだから。

 全部終われば元通り。彼女は何も知らないまま日常に帰れる。


 今日もいつも通り、このまま10分もしたら彼女は出ていく。

 寝たきりの患者の世話をしたというように、記憶を改竄されて。

 一日3回、かつて自分が目覚めぬ眠りについていた時の日常をなぞり続ける。


 いつものこと。これが自分の今の日常。

 気にせず、自分は自分の作業に専念する。それだけの話だろう。




(……)




 ベッドの上で淡々と、情報端末を指先で叩く。

 タン、タン、と。画面の先にある、見えない扉をノックするように。


 ……だが道が開かれることはなく、進展は正直思わしくない。

 少しばかり、心身の疲労を感じる。




(……休憩するか)




 集中できていない。頭が火照っている気もする。

 関節が固まってるような痛みもあるので軽く伸びをする。

 いちいちコードとチューブがまとわりついて少し鬱陶しい。

 薄っぺらい病衣が汗で張り付く感じがし、若干気持ち悪い。


 ……よし。そうだな、着替えるか。あと、下も替えとこう。



 うん……下半身のやつも……。



 そう。自分、いま……オムツなんだよなぁ……。



 いや、今まで入院経験は腐るほどあるけどさすがにオムツは使ったことなかったんだよなぁ……いつの間にか目覚めたら標準装備になってたけど……。

 なんていうかこう、尊厳のようなものがゴリゴリ削れる感覚があったけど、これも仕方ない話なんだよな……。

 それに医療用のコードとかチューブとか治療的にもデータ的にも下手に外せないし……そうなるとベッドからあまり離れることできないし……。


 幸い、清潔な着替えと新しいオムツは彼女が毎回持ってきてくれる。

 介助の為に来るのだから当たり前だが。


 そして、使用済みのものも回収して持って帰らせている。

 あまり彼女の手を煩わせるわけにもいかないが、外部に怪しまれないためにもいつも通りの行動をさせなければならない。

 そのあたり、改竄した記憶の整合性なども取るために、これは仕方ないこと。



 ……。仕方ないことだから。うん。


 そう。必要があってやってること。


 彼女と医者が、一日3回ずつこの部屋に訪れる。

 つまり、一日に6回しかチャンスがない。


 何のチャンスかって、それはあれだ、そう、あれ。あれです。


 いろいろ考えた結果の合理的な判断なわけだ。大丈夫問題ない。ないったらない。

 というか別に変なことするわけでもないし。いたって自然な生理現象なわけで。


 うん。




(……)




 ……ええい、友達の目の前で、とか変にためらうから変な気持ちになるんだ、やるぞ。


 やるぞ……!




 ……、





(……んっ)















 ふぅ……。




 ……。


 ……いや、別に言い訳ではないのだが。

 そもそも寝たきりの自分しかいなかったこの病室には、汚物を捨てるごみ箱がないのだ。


 だからタイミングを逸すると、彼女らが訪れるまで下半身が非常に不快なことになる。

 だからといって脱いで放置するのも衛生的によろしくない。

 それを避けるためには、タイミングを合わせる必要がある、ということ。


 タイミングを合わせるって、そう、だからそういうことだ。別にやりたいからやったわけじゃない。

 必要だからやったこと。必要じゃなかったらやってない。言い訳じゃないです。


 ……そりゃ自分にだって多少の羞恥心はある。

 だからこうして顔が熱くなったりするのは当たり前の話。


 これは変な意味で赤くなっているわけじゃない。断じて違うぞ。



 ……。



 えっと、この、身体がゾクゾクっとなるやつも、アレだ。

 シバリングとかいうやつだから。多分。ただの生理現象だから。


 開けるつもりなかった変な扉が開きそうだけど、きっとこれは閉じておかなければいけないやつ。



 ……あ、いや、のどか、違う、そんな目でボクを見ないでくれ。




 ……。




(……?)




 ああ、ボクもうお嫁にいけないかも……そもそも余命が無いんだけど。

 とかアホみたいなくだらない洒落を考えてたら、直立不動の彼女と目が合った。

 その綺麗で見飽きない顔を見ていて、ふと気づく。


 のどかって意外とまつ毛が長いな……とかそんなことは置いといて。


 以前よりも目元のクマが薄らいでる気がする。

 顔色もちょっと良くなってる、のか?



 ……いいことだ。心境の変化でもあったんだろうか。



 ここ最近の状況を調べるに、対魔獣組織の魔法少女たちにも良い変化が多いように思える。

 状況が好転している。そんな順風を感じる。


 問題ない。自分に与えられたロスタイムは、きっと決定打をつかめる。


 そんな予感めいた確信がある。

 そのあとの自分がどうなるかはわからないが。


 『執行』の名のもとに、どうか良きみんなには良い未来を。


 そして、悪しき者たちには。……。

 




 彼女が、スッと移動を始めた。定刻だ。


 病室の扉を開け、彼女は彼女の、いつもの一日に戻るため、ここから出ていく。

 そして自分もまた薄明りの孤独に潜る。





 それじゃあ……また。


 願わくば、そう遠くないうちに、君が二度とここを訪れずに済むように。


 君と、君たちのため。たくさんの貰った物を返すため。


 ボクは秘密の扉の前で待ち続けているから。






・・・

次回<誘われる壁>

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