- Calculated Reaction - _ 祈りの計算
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この世のすべてはアルゴリズムとパラメータ。
世界は数値の動きに支配され、未来は演算の先にある。
ならば究極の計算能力とは、未来をも見通す力に他ならない。
あくまで計算結果は観測ではなく推測である。
しかし完璧な確度を持つそれは、確定的な答えに他ならない。
そしてその果ては、必ず破滅的な絶望に帰結していた。
世界はそうでなければならないと決められていたのだから。
時間と事象が定められた結末のもとへと命を運ぶ。
行きつく先に、逃れられない終末が待っている。
抗えない運命。諦めるしかない宿命。
もはや一切の行動には意味がない。
そう、かつての私ならそう考えていたのかもしれない。
救いとは、辿るべき道の破壊。
決まりきった結末の否定。
たった一つの過ちとも呼べない見落としによるもの。
無力なはずの儚い光が、すべてを書き換えた。
決まったはずの答えを覆す、あるべき事象の再定義。
今や革命の行く末は、推論を拒む混沌たる未知の中。
もはやラプラスの悪魔は死んだも同然といえる。
その姿は滑稽なピエロに過ぎない。
心から笑える。
そんなことが有り得てしまうのだから。
有り得る、それはあくまで可能性の話である。
わかっている。起こり得るとは限らない。
だけど、もうその最悪は必然ではない。
ああ、楽しみだ。
望まれない過去を暴力的に変革し、新たな未来が生まれる。
有り得るはずないと思われた、幻のような楽園の姿が。
その過程も結果も何もかも、誰も知ること適わない。
愚かな星々を踏みにじり、真なる救済がそこにある。
本当にそうなるかはわからないが。
わからないからこそ面白い。
だからせいぜい頑張ってほしい。敵も味方もそれ以外も。
それまで私は私のやるべきことをやりながら……。
……神様に、より良い未来を祈ろうじゃないか。
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『計算』
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「ハイ! というわけで今日も始まるよ!」
「はーじまーるよー……」
「あいあい! アイデンティフィケーション! 識別の魔法少女です!」
「かるがる……かるきゅれーしょん……計算のまほーしょーじょだよー……」
「あれ、なんかカルちゃん今日疲れてない?」
「……てつゲー明け」
「なるほどあの新作ゲームだね!!」
「うっさ」
「でも収録前にはちゃんと寝ようって前も言ったよね!!?」
「うるさいだまれこえがでかい」
「え、あ、ごめん……ごめん?」
「じゃあすすめる」
「あ、うん……あれ、なんで私が謝ってるんだろ……?」
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『計算』
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「……今日のしつもんばこ」
「魔法と魔力と魔獣についての知見を広めるのが私たちの役目だからね! なんでも答えるよ!」
「なぜなにー……まほーしょーじょー……」
「声が小さいよ! もうちょっと元気だそうね!!」
「うっさ……声でかい」
「もうちょっと元気だそうね(小声)」
「まぁよし……じゃあまずは……おたよりねーむ……"ナナメな目3.14^2"さん」
「不思議なお名前だね!」
「私はこういうギリギリを攻める姿勢……評価したい……」
「? まあいっか。えーと、"魔法少女ってオフの日なにしてるの?"だね!」
「割と……自由」
「結構細かい規則とかあるけど基本的には自由だよ!」
「たぶん一般常識的な社会人の休みと同じ」
「こーじょりょーぞくに反しない限りってやつだね! お買い物したり遊んだり!」
「ただ機密とか漏らしたりすると……懲罰にかけられる」
「たぶん一般的な社会人と同じだね! 組織への不利益行為は処分の対象だよ!」
「処分……かっこ意味深」
「悪の組織みたいに思われるからやめようね!? 対魔獣組織はホワイトだよ!!」
「そう、おかみが白といえば白。そういうこと……」
「やめようね!?」
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『計算』
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「しゅっちょー……魔法少女紹介」
「今日は九州の第八部隊に来たよ! よろしく!」
「よろしくであります」
「彼女は兵長さんだよ! 魔法名が無くてあだ名だから他にも尖兵さんとか軍曹さんとか呼ばれてるよ!」
「そう……固有魔法無しなのに最前線で戦うすごい人……」
「ははは、照れますなぁ」
「非覚醒でも前線部隊に異動することはあれど基本的に戦闘要員にはなり得ない。故に驚異的と言える」
「? 急に饒舌になったでありますな」
「あ、私たちの動画あんまり見てないのかな? 気にしないでいいよ! いつものことだから!」
「ああ、いやはや勉強不足で申し訳ない。ちゃんと見ておくべきだったでありますな……」
「構わない。それだけ任務に熱心と聞き及んでいる」
「ハイ! それじゃ兵長さんに質問! 尊敬する人は?」
「そりゃもちろん隊長殿であります。強くて正義感ある英雄でありますゆえ」
「人気者だよね! 魔法もド派手で功績もド派手! すごい魔法少女だよ!」
「しかし言動に問題あり、部隊の長として少しどうか、という声もある」
「たしかに我の強いお方ではありますな。しかし周りがサポートすれば良い話であります。何より隊長殿の代わりは存在しませんゆえに」
「それに第八隊長、発火の魔法少女は他の魔法少女とは少し境遇が異なる」
「同盟国からの元難民、でありますか。関係ありませんな。今は同じ国の人間でありますし、同じ国を守る仲間でしょう。我々は我々の長としての彼女を支える者。無用なしがらみなどそこに存在しないのでありますよ」
「なるほど! ありがとうございます! じゃあ次の質問ですけど――
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『計算』
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「魔力でやってみたのコーナー!」
「おぅいぇー……」
「今日は身体強化で計算の魔法少女ことカルちゃんの投げるピンポン玉を避け続けるよ!」
「ほい」
「いてっ! ちょ、まだ開始してないよ!?」
「ほいほい」
「やめ、ちょま! ぬん! もう当たらないよ!!」
「ほいほいほい」
「ふふん! 楽勝だね! 私そんなに身体強化得意じゃないけどそれでもこれくらい素早く動けるんだよ!」
「ほいほいほい…… 『計算』」
「ぬんぬん! ……いたっ! あれ、ちょ」
「ほいほいほいほい」
「いたた! ちょっとそっちも魔法使うのは反則、いてて、あ、も、ちょ、とめてスタッフぅー!」
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『計算』
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「生放送のニュースデイリーB、本日のゲストは対魔獣組織の広報動画でおなじみの、識別さんと計算さんです」
「あいあい! アイデンティフィケーション! 識別の魔法少女です!」
「かるがる……かるきゅれーしょん……計算のまほーしょーじょだよー……」
「えぇと、識別さんと計算さんは」
「私はアイちゃんでいいですよ! 本名ではないですけど魔法名からのあだ名というか、ハンドルネームみたいなものなので!」
「おなじく……カルで良い……」
「……はい、ではアイさんとカルさんは対魔獣組織の広報担当として活動をされておりますが、なにかこう、活動していくうえで難しいなぁと思うようなこととかはあったりしますか?」
「うーん? 私は無いですね!」
「問題ない……」
「……なるほど。では、自分たちの活動で魔法少女が増えていくことについてはどうお考えでしょうか?」
「うん? ……。……ありがたいことですね!」
「どのみち魔力に適合して魔法少女にならない選択肢がない。ならばその入り口を入りやすくするのが私たちの役目」
「……そうですね。昔の対魔獣組織はお世辞にも評判が良いとは言えなかった。ここ最近の好感度の上昇は目を見張るものがあります」
「昔の組織は未成熟だった。色々な議論も必要不可欠だった。それは今も変わらないけれど、受け入れてもらうにあたりより良い組織になってきたのは間違いない」
「しかし魔法少女は危険と隣り合わせ、いや、魔獣との闘いは命を落としかねない危険そのもの。死地に新たな子供を連れていく、このことについては」
「それは私たちの問題ではない、世界の構造的問題」
「ファンタジーではない。実際に現実にある災害です。夢見心地で覚悟もない少女を消耗品のように使い捨てる。それを国が主導することの――」
(コマーシャルジングルが鳴り響く)
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『計算』
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すべては計算された論理の上で成り立つ。
どう思っても、感じても、その動きが意味を持つことはない。
意味は結論から見出されるのだから。
過程そのものに価値はないのだから。
そこに込められた思いも感情も、ただのノイズでしかない。
そうだろう。意味がない。
終わりが見えている。地獄のような、救いの無いお話。
私たちは徐々にそこへ向かい、止まることなく緩慢に歩き続けている。
その道程に意味もなく。感情もなにもかも、無駄にしながら。
心も熱も、少しずつ、少しずつ、失いながら、最後には滅んでしまう。
決まりきっているのだ。目に見えている。
計算結果は絶対的な答えを出している。
だからこそ、望んでしまう。
夢のように。幻のような救いを。
理外にしかない、本当の救済を。
私が失い、私たちが見出した、赤い光の幻に。
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『計算』
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次回<救いの識別>




