[ You Can’t Unring a Bell ] _ 夢見る救い
・・・
一日、二日。
溜まった仕事をこなす激務の合間、徐々に元気が無くなっていくクソガキに付き合って、いなくなったモヤシを探した。
一日見つからなかった時点で報告しないわけにもいかなかったので、大人たちにも伝えたが、誰もが興味なさげに、私たちの捜索劇を邪険に扱った。
ぶっちゃけモヤシは、部隊運営上はいてもいなくてもどうでも良い存在だったのだから。
評価に直結するからか大人たちも一応捜索に付き合ってはくれたが、あまり良い感情ではないことを隠しきれていない。
はっきりいって、私も正直、半分くらい諦めていた。まぁ、仕方ないことだ、と。
私の責任から目を逸らし、他人事のように。
三日。
それは突然、終わりを告げた。
モヤシが、唐突に帰ってきたのだ。
いつの間にか、ケガ一つなく、どこからともなく。
そして、青白かった肌をピンクに上気させ、熱に浮かされたような表情で、私たちに話したのだ。
わけのわからないまま、血の気が引いて、顔を真っ青にした、私たちに。
もう自分は役立たずじゃないんだ、と。
は。
は。はは。
ははは。笑うしかない。
なんだこれ。ふざけてる。こんなの。こんなこと。
あぁ、そうだ。
全部思い出してしまった。
そう。
そうだ。
そうだった。
全部それが正しいという実感がある。
認めたくなくても、ありえないはずの、何もかもが。
あの時に起きたこと。
訓練のはずだった、短すぎる一日のこと。
何度やってもいつもと変わらず、何事もなく完璧に終えること自体が目的になりかけていた、ただの儀式のようなもの。
それが、あの日は違った。本当に、想定の中だけだったはずの災厄が、本当に来てしまったのだ。
実際問題、魔獣が哨戒をすり抜けること自体は、ごくまれにある。
でもそれは低等級に限られるし数も少ない。精々が第一、第二等級程度のはずだ。
そして、それくらいの魔獣、鍛えたプロの大人なら倒せずとも時間稼ぎぐらいできる。
この部隊の大人たちだって、魔力が無くたって素人ではなかったのだから。
そうだ。本来なら、何とかなったはずの話。
救援を要請し、できるだけ周りに被害を出さないように、時間を稼ぐだけのミッション。
魔獣は人間を襲うことを優先するから、基本的に逃亡はしない。
ましてや自分が有利な立場ならなおさらのこと。
ケダモノなのだから、後先のことは考えたりしない。
冷静に対処すれば。
どうにかなったはず。そうだろう。
あの時のイレギュラーは二つ。
一つ目は、光りながら現れた魔獣が、少なくとも第三、下手したら第四等級はある群れだったということ。
それは本来であれば哨戒、観測から漏れるはずがないレベルの魔力強度と数なのに。
四足歩行の、トラやオオカミのような混成タイプの群れ。
支援部隊では討伐のしようが無い、少なくとも魔力対処が必須となるレベルのそいつらが、こんなところで襲い掛かってくることなど、本来ならありえるはずなかった。
そして、二つ目は、二つ目は……。
……そうだ。まず真っ先に私が動かなければならなかった。
あの場に現れた魔獣は十数体。
対して、足止め担当として配置されていた私たち魔法少女も、ほとんどが新人とはいえ同数程度はいた。
だから冷静に、訓練通りの対処ができていれば。
私がしっかりしていれば、何の犠牲を出すことなく、時間稼ぎくらいはできたはずなんだ。
私にはそれくらいの能力があり、実戦以外では完璧な成果をあげていたのだから。
なのに私のせいで、最初から全てが狂ってしまった。
まず、やるべきだった救援要請。
電波と魔力が干渉してしまうため、要請は特別製の通信端末で行われる。
その端末は監視監督役の大人が持っていた。
あの時、私の代わりに声をあげ、最初に場をまとめようとした大人。
そう。そいつが真っ先に襲われたんだ。私は動けなかった。
そして大人の手を離れたそれは大きく弧を描くようにして……すぐ近くのモヤシの目の前に落ちた。
そう。モヤシもクソガキも私と同じ足止め役の班にいたんだ。
固まったまま、それを確保しに行かなかったモヤシを責めることはできない。
他の新人たちでもそんなことできなかっただろうから。
モヤシのすぐ後ろにいた大人が咄嗟に動こうとしたが、立ち位置が少し悪かった。
そして。
通信端末は魔獣に、粉々に踏みつぶされた。
その瞬間、私たちを助けてくれる、唯一の救済装置が失われたんだ。
最悪なことに、予備は無かった。
だって、本来は訓練だったのだから。必要なかった。
それに、端末は非常に高価で、壊れたらカツカツの予算でやっている支援部隊には大きな痛手だったから。
仕方ない、いつもそうやってきたから。こんなこと起こるなんて思ってもいなかったから。
はは。それを想定するのが目的の訓練だったはずなのに。
本当にバカバカしい。あまりにも酷過ぎる本末転倒だ。
一応、隊舎に予備はある。
だけど多分、それを取りに行こうとした大人たちも、そのまま襲われていた。
いや、わからないけど。もしかしたら逃げようとしたのかもしれない。
そう思っておいた方がいいのだろう。もはや意味はなかったけど。
そして。
残されたのは実戦経験もロクに無い魔法少女たち。
始まったのは阿鼻叫喚の地獄。
私は、ずっと動けなかった。
血肉を浴びて、バカみたいに尻もちをついて、そのまま泣いて震えていた。
むせかえるほどの獣と血の匂いに、気が遠くなっていた。
私とモヤシは無駄なまでに運が良かった。
だから逆に言えば、そのせいで他の奴が、先に私たちの代わりに死んでいった。
クソガキも割と最初の方にモヤシを庇って死んでいた。
そうだ。
ただただ、私は死にたくなかったんだ。
ずっとずっと、真っ白な頭で、わけもわからず何かに祈っていた。
だけど。
魔獣は私にも襲い掛かった。そんなのあまりにも当然のことだが。
ああ、そうだ。
全部思い出した。確実に、私はあの時、死んでた。
そうして、死が着実に近寄る足音を聞き、私は壊れたんだ。
そう、死にたくないという気持ちが、もう確実に死ぬしかないという現実を突きつけられて、おかしくなった。
張り詰めたワイヤーが切れるように。
固いスイッチが強引に切り替わるように。
バツンッ!!と、頭の中で何かが弾けたんだ。
感じたのは、震えあがる程の魔力の流動。
訓練の時にしか出せなかった、最高精度の魔力操作。
即座に身体強化と魔力止血を行なって、私の腹を食い千切って咀嚼してたケダモノを、まずは全力でブッコロした。
ついでに近くでモヤシに襲い掛かろうとしてたやつも、魔力弾で撃ち抜いてブッコロした。
そう、そうだった。
その時の視界は真っ赤でほとんど真っ黒だったが、ちゃんと観察すればわかった。
この時の変に光る魔獣たちは、感じる魔力強度からは不自然に思えるほど脆かった。
なんなら少し、自壊さえしていた。
肉体に対して魔力が大きすぎる、そんな感じに思えた。
だから、ぶ厚いゴム風船にハリを突き刺し割るかのように、魔獣たちはあっさり倒せた。
まぁもちろん私の実力もあるだろうし、他の新人にはできなかっただろう。
私は、基本魔法の練度なら前線部隊でもトップクラスの即戦力として期待されていたのだから。
だからこそ、憤った。人生で一度も感じたことのないほどの激情が、完全にぶっ壊れた身体を突き動かした。
そうだ。
私なら、この状況を何とかできた。最初から動いていれば、こんなことにはならなかった。
そんな途方もない後悔が、燃え盛るように魔獣への殺意を生み出した。
もはや意味のないあがきでしかなくても。百万の失点から一点でも過ちを取り返して、見せつけたかった。
……はは。笑える。
そもそも、全部が全部、私の自業自得なのにな。
多少苦戦はしたが、現場の魔獣はそこまで時間もかからず殲滅できた。
そのせいでなんか色々身体のパーツが足りなくなってたが、不思議と全然痛くなかった。
足りない血は魔力で強引に循環させてたが、たぶん脳みその方でもアドレナリン的な何かがドバドバ出てたんだろう。
自分でも驚くくらい、魔獣との戦いに集中できていた。何も怖くはなかった。
そして最初の方で魔獣が半分くらい、大人たちに釣られて隊舎に向かってたと思ったので、隊舎に戻ってそれもブッコロした。
隊舎の方にも訓練の別班として魔法少女が何人か残ってたはずだが、そいつらは大した抵抗もできなかったらしい。
大人たち諸共、とっくに血の海の中だった。たぶん、救援要請もできてなかった。
ああ、そうだった。
支援部隊の端末はイタズラ防止用に、権限が無いと動かないんだったか。
だから前線部隊ではともかく、支援部隊では大人しか使えない。
そもそも使う機会など無かったから、あってもあまり意味がない。
何にせよ、大人たちがみんな死んでしまっては、もうどうしようもなかった。
そう。そうだった。
だから所詮、あがいたところで何も取り返せやしなかったんだ。
全部が全部、遅すぎた。何もかもが無意味だった。
そして、私も最終的に魔力が足りなくなって、ぶっ倒れたんだ。
無理やり身体に留めてた血が、ドクドクと身体から溢れて、一気に意識が遠のいた。
そしたら、後からフラフラついてきたモヤシが、なんか私にすがりついてたっけか。
耳はとっくにイカれてたから何言ってるかわからなかったし、私もこの時に何を言ったか正直わからないけれど。
その時のモヤシの姿が、ほとんどケガも無い白い肌にたくさんの血をつけてて。
汚れてたのになんとなく、なんか光ってキレイだなって思ったのを、思い出した。
……そう。
これが、ことの顛末の全て。
結局のところ、結果はモヤシを残しての全滅だった。
対魔獣組織第十二支援部隊は、あの日、間違いなく壊滅したんだ。
死んでなければ忘れるはずもなく、死んでいたら思い出せるはずもない。
ああ、そうだ。
全部ありえない、嘘みたいな夢であって欲しかった。
そう。そうだ。
私はあの時、強く、心から祈ってしまってたんだ。
最初は、死にたくないと。
最期は、やり直したいと。
どうか、誰か私たちを救ってくれと。
そう。そうだ。そうだよ。私のせいだ。私のせいで。
私の願い。私が、夢見た救い。
それは、こんなにも残酷な形で、叶ってしまったんだ。
モヤシが興奮して話す内容に、クソガキが耐え切れなくなって席を外した。
もしかしたら、逃げ出したのかもしれない。
気持ちはわかる。私も正直、吐きそうだ。
そう。そうか。そうだったのか。
お前は私が死んだあと、そんなこと、してたのか。
お前も全部、やり直したかったのか。
そんなことしても、本当なら何も元には戻らないはずだったのにな。
そんな、あんまりにも無意味で、あわれで、惨たらしい手慰み。
本当ならそれも、心が現実を受け入れるための儀式のままに終わったのだろう。
なのに。
ままごとのような儀式は、歪んだ形で、ふざけた奇跡をもたらしてしまった。
……おかしいだろ。ふざけるなよ。
なんで私の罪を、お前が勝手に償ってんだよ。バカ野郎。
私も、吐き気をこらえながら考えなければならなかった。
こいつが覚醒させてしまった魔法。
死と引き換えに、やり直しを与えてくれる魔法。
万能な救済装置としての魔法。
もしこんなのが上にバレたら……こいつはどうなるんだ?
固有魔法は覚醒したら、使い方が何となく本人にわかるらしい。だからその言葉はきっと正しい。
だけど死と引き換えとかいいながら、こいつは生きている。何かがおかしい。
それにそもそも、代償のある固有魔法なんか聞いたことない。
覚醒した本人そのものともいえる固有魔法。
それが本人を傷付けることなどあってはならないのだから。
……まぁ、固有魔法の詳細は機密もあるし、私が知らないだけかもしれないが。
だとしてもこんなの、明らかにリスクとリターンが釣り合ってない。絶対にまだ何かある。
だけど、そんなの上の人間にとって、絶大な恩恵の前には関係ないだろう。
途中、モヤシが若干ドヤ顔で私にマウントを取るようなこと言ってきたので一瞬ムカついたが。
本部への固有魔法登録のやり方がわからないので教えて欲しい、と言われた時、自分でも意外なほどに焦りを感じた。
こいつのことなんか、どうでもいいはずだったのに。
こいつに待ち受けている未来が、到底明るいものに思えなかった。
だから、その手続きを私が引き取った。私が代わりにやるといったのだ。
そんなやり方、知らないのに。
当たり前だ。私は固有魔法なんか使えないのだから。
だけど、モヤシはアホだから誤魔化せると思った。
とにかく今は時間をおいて考えないといけないと思った。
……。
それからの数日。
実際、ほんの少しの間は誤魔化せた。
でも、甘かった。
前線の戦力補充は急務だから、固有魔法に覚醒すれば大抵の場合、遅くとも数日で異動が掛かる。
ましてや、モヤシが覚醒した魔法は戦況を一変させ得るものだったのだから、お呼びが掛からないわけがない。
あまりにも忙しかった、というのは言い訳だろう。
クソガキにモヤシを任せて、一瞬でも考えることから逃げた、私の責任だ。
……あぁそうだ。私は、また逃げたんだ。
モヤシは一度も逃げなかったのに。
「先輩……あの子がっ……」
泣き出しそうな顔でモヤシがどこにもいなくなったことを告げるクソガキを見た時。
私は、また間違えてしまったんだと思い知らされた。
もし、あいつが逃げたんだったら、その方がずっとマシなのかもしれない。
でもきっと違う。そんな、間違いのない確信がある。
私の願いを叶えて私たちを救ったように、必ずあいつは誰かを助けに行くのだろう。
"持たざる者は与えられない。まだお前は何も持ってない役立たずだ"、と。
私が、前にあいつの夢を、そう嘲笑ったのだから。
そして、あいつはその為の力を身に付けてしまったのだから。
きっと、止まることはない。
無かったころに、戻ることなんかできない。
無かったことになんか、できっこないのだから。
……。
……だったら。
「私……謝れなかった……あの子……なんで……どうしてぇ……」
耐え切れず涙を零し始めたクソガキを見て、思う。
そう。そうだ。そうだよ。
もう、間違えるな。逃げるな。バカ野郎。
「……私は強くなる。私には力しかないから」
「……?」
「もっともっと強くなって、さっさと固有魔法にも覚醒する」
「せんぱい……?」
「……そう。そうだ。そうだよ。……あいつを救うんだ」
憤りに近い、後悔。
そして、フツフツと心の奥から湧いてくる衝動。
「ふざけるなよクソモヤシ。救い返してやる。救い逃げなんかさせてたまるか」
「……」
できるかどうかもわからない。何をすればいいのかもわからない。
わからないことだらけだけど、きっと何とかしてみせる。
こんなの、根拠の無い、子供のような夢想に過ぎない。
だけど私はもう、何も怖くないのだから。
魔獣を思い浮かべても身体が震えたりしない。
私は文字通り、生まれ変わったのだから。
もっともっと、強くなれる。
だからやれる。
やるんだ。
「……お前はどうする」
「えっ……」
「……」
「……」
「……」
「……私は。あの子に名前を教えてもらったのに、一度も呼んであげなかった」
「そうか」
「私の名前も教えたけど、呼んでもらえなかった」
「そうか」
「だから、今度こそ、名前で呼び合うような友達になる」
「……」
「あの子が勝手にどこかに消えたりしないように、一緒にいたい」
「……そうか」
そうか。それが、お前の夢か。
魔法少女は、認識阻害でよほど親しくないと名前すら認識できない。
お前らって、そんなに仲良かったんだな。だったら、ちゃんと仲直りしろ。
その夢、絶対に叶えてみせろよ。
「……その時は、先輩も一緒ですよぉ?」
「……は?」
「あっは……先輩ってホントに言動で損してますよねぇ……ホントはこんなにも優しいのに」
「……アホ言うなクソガキめ」
これから何をすべきか。いまから何ができるか。
とにかく、伝手を作り、情報を集め、探し続けて、考える。
考えなければならない。考え続けなければ。
絶対に、考えることから逃げたらダメだ。諦めたら終わりだ。
夢は、見続けないと忘れてしまうから。それが幻と消えないように。
そういうことだろ?
願うのではなく、待つのではなく、つかみ取ってみせる。
そう。そうだ。そうだよ。私なら、私たちなら、きっとできる。
空模様は、曇りのち晴れ。夢を語るには、良い天気だ。
……覚悟しとけよクソモヤシ。
・・・
[ You Can’t Unring a Bell ] - End.
裏から表へ。
"救済の魔法"は"歪んだ救い"へ。




