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[ You Can’t Unring a Bell ] _ 夢は幻の中

・・・





 晴れ。ところにより曇り。


 今日の教練は座学だから担当は私ではなく、魔法少女でもないただの大人。

 別にその人は素人ってわけでもないんだが、なんか若干の釈然としない気持ちもなくはない。


 ともあれ、そんなわけで私は雑事にまわっているわけで、今は魔力による身体強化を使ってあっちこっちで力仕事中。

 いや流石に雨漏り修理とかの営繕作業は業者呼べよと思うんだが……まぁやれと言われたらやるしかない。



「あ、先輩じゃないですかぁ。ご機嫌いかがですかぁ?」


「いま悪くなった」


「あっは、面白い冗談ですねぇ」



 ジャラジャラと営繕用の装備を付けて隊舎敷地内を練り歩いていたら、また変なのに捕まった。

 ネコ車を押しながら声を掛けてきたクソガキと……何故かぐったりしてネコ車に乗せられている貧弱モヤシ。

 



「……なんでネコに乗ってるんだ?」

「ネコ?」


 ポカンとした表情のクソガキ。ネコが何かピンと来てないみたいだ。


「……え? ネコに、乗る? 頭でも打ってメルヘンにお目覚めですかぁ……?」

「おい、アホを見るような目で見るなアホ、コロすぞ。その資材運搬用の手押し一輪車のことだよ」


「あ、ふぅん、へぇ……、そうなんですねぇ……」


 信じたのか信じてないのか、どうでもいいというような風で流された。

 というか謝れクソガキ。


「あーなんていうかぁ、この子、全然寝てないみたいでしてぇ……寝る間を惜しんで仕事覚えようとしてたみたいんなんですけどぉ……」

「……ふーん、なるほどな。それで作業中に寝落ちたってのか。つーか普通に具合も悪そうだな」


「うーん……最近ちょっと心配な雰囲気だったんですけど気付けなかった私も私なんですよねぇ……」


 だからといって担架代わりにネコ車使うのはどうかと思うんだが。

 たしか一人で運べるタイプのやつ、あっただろ。

 あと先に謝れ。


「あぁ、帰りなんですよぉ。単なる寝不足だからって医務室追い出されて、何故か担架は置いてくことになったので仕方なく」

「いや、だったら普通に背負えばよくね?」


「あ、いや、まぁ……それはちょっと恥ずかしいというかぁ……別にこれ隊舎倉庫に戻すなら使ってもいいって言われたしぃ……」


 なんかこいつらの距離感、よくわからんな。

 あとあやま……まぁいいか。


「ま、私には関係ないから別にどうでもいいか。それじゃあな。そいつにちゃんと寝ろって言っとけよ」


「はぁい。お疲れさまでしたぁ」



 私はぶっちゃけ普通にモヤシに怖がられている自覚あるので、直接は構ったりしない。

 つーか、私を怖がったり嫌ったりしてないの、いま目の前を横切って行ったクソガキくらいなもんだろう。


 別に何かしてやったりした記憶はないんだが。変なやつだよな。





・・・





 雨。


 雨の音には心を鎮める効果があるとかないとか、たしか同期のあいつは言っていた。

 でもなんか、鎮める、というより沈んでしまうような。そんな憂鬱に近づく感じ。


 正直なところ、あまり良い気持ちにはなれない、そんな天気。




 今日の教練は屋内演習だった。

 魔獣とは基本的に野外で戦うからあまり意味なさそうだが、定期的にそういうのもやったりする。


 あとアレだ、組み手とか。

 人間用の格闘術とか魔獣相手に役立つのか?とは思うが上の方針というかプログラムというかで、覚えなきゃいけない。


 おかげで今やその辺の大人にも負けないし、もし私も学校に行ってたら、柔道とかのインターハイとか、余裕で行けたかもだな。

 まぁ魔力無しじゃどこまでやれるかわからんし、そもそも意味のない想像なんだが。



 そんなくだらないことを考えながら、食堂へ。


 今日のランチメニューはカレー。

 というかここのランチは大体カレーだったりする。週3くらいのヘビロテペース。

 美味いので特に文句は無いが。


 ここはこんな感じだが、食堂事情とかは割と部隊ごとに違うらしい。

 北海道ではウニやらカニが出るとか、九州では明太子やらサツマイモが出るとかいうウワサ。


 まぁウワサだし多分ガセなんだろうが。

 もし本当だとしたら、同期のあいつの配属、北九州だったか、辛いの苦手なのに可哀想だな。


 はは。ざまぁみろって感じ。




「あ……先輩」




 なんて、めちゃくちゃくだらないこと考えてたらクソガキがいた。

 どうやら今日は一人らしいが?


「メシの時間かぶったな。つーかモヤシはどうしたんだ?」



「さぁ……別に知りませんけど?」




 ……うん?


 なんかよくよく見たら変な雰囲気してる。

 暗いというか、イライラしてる、そんな感じ。



「なんだ、なんかあったのか?」


「別に何もありませんけどぉ? というかぁ、大体なんで私があの子のこといちいち把握してないといけないんですかぁ?」




 いや、絶対なんかあったろ。ケンカか……?



 ……。




 ……まぁこいつら、ルームメイトだもんな。


 四六時中顔を突き合わせていれば、相手のイヤなところなんか死ぬほどたくさん見えてしまうものだ。


 それに、たしかこれくらいの時期だったか。


 新人は個人成績を元に、大人から面談を受けたりする。褒められたり、叱られたり。

 そして成績不良者は成績を上げるようにそれとなく諭される。


 そうなってくると、どうしても、段々と成績に囚われるようになる。

 私たちがそうだったように、次第にお互いが鬱陶しくなってくる。


 そんなわけないのに、なんだか足を引っ張られているような。

 こいつさえいなければ私はもっと、そんな思いが滲むように染み出してくる。


 近くにいるのに心は離れて、いつか身体ごと本当に離れ離れになる。


 ここに出戻ってからも、そんな新人、何人も見てきた。




 そもそも支援部隊の魔法少女は、仮に前線に行かなかったとしても、ずっと同じ支援部隊に残れるわけじゃない。

 特殊な適性や技能でもなければ、定期的に異動で違う支援部隊に回されるからだ。

 私も多分そろそろ、違う地域の支援部隊で教練をすることになるんだろう。



 だからどうせ、よっぽどの運でも無ければ、別れることは決まっているんだ。


 そう、それでも。

 だったらせめてその時、気分良く別れられるように。そんな風に思って眺めてた。



 ……あーあ。こいつら、まだ大丈夫と思ってたんだけどな。



 やっぱり、ダメだったんだな。





「お前はそれなりに成績良いもんな……そりゃモヤシみたいなダメなやつに足引っ張られたらムカつきもするか……」


「は? 先輩ケンカ売ってるんですかぁ……?」





「……うん?」




 別にありふれてることだけど、なんとなく、なんか残念だなって思った。


 そんな気持ちで思わず呟いたら、なんかすっごい顔で睨まれてたんだが。




「たしかにあの子は物覚え悪いし要領も悪いしぃ、仕事でも同じミスばっかするしぃ……」



なんだなんだ……?



「朝起きれないくせに夜更かしするし、体調悪くても大丈夫としか言わないし、ボーッとしてて壁にぶつかったりするし、靴下の左右もよく間違えるし、辛いの苦手なくせに辛いの食べてひぃひぃ言ってるし、基本的にアホですけどぉ、ダメじゃぁ……ないんです……っ!」



「お、おう……」




 まくし立てられてちょっとビビった。

 あとカレーのスプーンで皿をカンカンするな。行儀が悪いぞ。




「できなくても……取り返しのつくミスならしても大丈夫なんですからっ……ダメなら私が取り返してあげるって……なのに……!」




 ……。




「っ……ごちそうさまでした!!」




 憤った様子でクソガキは食べかけのカレーを片付け、行ってしまった。


 ……ああいや、なんつーか。




 ほんと、青いよな。羨ましいくらいに。





 ふと、見覚えのある幻がクソガキに重なった。


 そいつは私に夢を語って、私がその夢を茶化す。


 そんな青い幻。




 まぁ、なんてゆーかさ。


 仲直り、できるといいよな。






・・・





 曇り。曇天。灰色の空。

 明るい空を覆う、分厚い雲。



 いつからだったか、気がついたら私は空ばかり見るようになっていた。


 いったい空に何を探してるんだろうな。


 いや、見たくないものを見ないように、空を見るようになったのかもな。



 どうでもいいか。私なんか、どうでもいいのだから。





 ここ数日、魔獣警報がかなり多い。


 そろそろ凪の時期かと言われていたのに。

 そのせいで前線部隊は大忙し、それに伴ってそれを支援する私たちもかなりピリピリしている。


 私もちょっとイラつくことが多かったのかもしれない。


 こないだも通りがかりのモヤシがチンタラしてたので舌打ちしてしまった。

 あれは完全に八つ当たりだった。本当に、反省しなければ……。


 だがしかし正直なところ、あのモヤシはほとんどの作業で足手まといだ。


 いてもいなくても変わらない、どころかいると邪魔な存在。


 誰も直接は口に出さずとも、大人たちや他の魔法少女からはそういう扱いを受けている。

 少し前の、少し平和だった時期ならともかく、とにかく忙しい今は、特に。



 あいつは、どうなんだろうな。あのクソガキは。

 仲直り、できたんだろうか。




 ……。まぁいいか。私には関係ないことだ。


 私は私の仕事に集中しなければだな。



 そう。どんなに忙しくとも、教練は行われる。


 前線の戦力補充は対魔獣組織の急務だからだ。

 といっても今回は少し毛色が違うのだが……。



 そう、いわば避難訓練ってやつ。

 魔獣災害が起きたときの、避難誘導やらなんやら。


 あと、最終防衛ラインとしてのしんがり。その辺の連携訓練。

 いざとなったら当然、後方の魔法少女も戦わなければならないのだから。


 まぁぶっちゃけ後方の部隊が魔獣に襲われるような事態は割と壊滅的な状況なのだが。



 そう、それでも。やらないわけにはいかない。


 私はその時、確定でしんがり役だ。ここにいる誰よりも強いから。


 でも、本当にやれるんだろうか。訓練は完璧。

 だけど、本当の時、本物の魔獣を相手に、本当に?



 ……あまり考えたくない。


 脳裏にあの匂いを、声を、重みを思い浮かべるだけで、身体が震えそうになる。


 はは。大丈夫だ。そんなことまず起こらない。

 無心でやれば、いつも通り完璧にできるのだから。


 何も考えるべきじゃない。


 無心になれ。無心に。









──はは。それじゃ狂犬じゃなくて負け犬でありますな。ま、お国の犬なのはみんな一緒でありますが。



 ええい、うるせぇ、幻が勝手に話しかけてくんな。

 微妙にあのクソ同期が言いそうなこと言いやがって。


 言われなくても私が一番わかってるんだよ、そんなこと。



 そう。こんなことしてても、私には誰も守れない。


 きっと、その時、自分の命すら、ままならない。



 わかってるんだ。わかってる。

 だから黙っててくれよ。








 魔獣警報が鳴った。いつもと違う、特別警報の音。




 さぁ。


 訓練、開始だ。




 ……ああ、いや違うな。間違えた。









「状況、開始」








 そして、何か合図のように、遠くで何かが光った。






・・・

次回<夢への覚醒>

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