[ You Can’t Unring a Bell ] _ 夢破れた日
※前編の前日談的な番外編
※夢見たっていいじゃない。人間だもの。いつか叶うといいね。
・・・
対魔獣組織の第十二支援部隊。
それは文字通り、最前線で戦う部隊の後方支援をする部隊。
だから直接的に戦闘の矢面に立つことは滅多に無く、命の危険はほぼ無い。
かといって決して楽な仕事ではない。
連絡とか、救援とか、補給とか、折衝とか、ほかにももろもろ。
やることがあまりにも多く、暇な時間なんかほとんどない。
支援部隊は前線部隊よりも魔法少女の数が多い。しかしそれで人手不足を解消されることはない。
数が多いだけで、大半が社会経験も実戦経験も無いただのド素人。ほとんどがモノの数にも入らない。
だから、そいつらを鍛え上げて一刻も早く前線へと送り込める戦力にする。支援部隊はそういった役割も担っている。
教練を担当するのは、運よく無事に引退できた元前線魔法少女か、前線で使い物にならなくて出戻った役立たずの魔法少女か。
だいたいそのどちらか。
私は後者の役立たず。
事実として私は、初めての実戦で何もできなかった。
教練で飛び抜けた成績を残し、もう一人の同期と、共に固有魔法の覚醒を待たずして前線へと送られた。
固有魔法なんかなくても戦力になれる。そんな非覚醒者の希望の星として。周囲と、大人たちの期待を背負って。
でも結局、私は駄目だった。
初めて見るリアルな魔獣相手に何もできず、部隊の足を引っ張っただけだった。
大した等級でもない魔獣に隙を突かれて、ぶん殴られた。
たったそれだけで、何もできなくなった。
舌なめずりするケダモノにのしかかられ、死が頭をよぎった。
あまりにも致命的な、被捕食者としての怯えが、私を支配した。
……前線では、そんなことは別に珍しくもないらしい。
新人がその恐怖に囚われてしまうことも、不思議なことではないと。
大半が最初に濃厚な恐怖を味わい、生き延び続けて、次第に恐怖に慣れていく。
それでも、私はその後もその恐怖から、ずっとずっと抜け出せなかった。
震えるだけの無力なデクの坊。涙を流すだけの置物でしかなかった。
いつまでも部隊の足を引っ張る、新人以下の足手まとい。
そんなのが前線に居られるわけがない。そんな邪魔なやつは戦場に必要ない。
結局私は支援部隊に戻ることになる。
前線では役立たずであっても、実戦経験のある魔法少女は後方じゃ貴重な存在だ。仕事はいくらでもある。
私は教練担当の魔法少女となり、大人たちと共に、少し前まで一般人だったはずの可哀そうな子供たちを、徹底的に苛め抜くことになった。
覚悟をしてもらうために。
いつかこいつらが前線に行った時、恐怖に囚われ命を落とさないようにするために。
私は運が良かっただけだ。たまたま仲間に助けてもらえただけ。
そうでなければ、私の初めての実戦は、たったの8分間で人生もろとも幕を閉じていた。
相手は野生動物じゃない。
例えば普通の動物なら。クマの様な猛獣だったとしても、遭遇していきなり命のやり取りになることはまずないだろう。
でも魔獣は違う。明確な人類の敵。即座に戦闘が始まり、必ずどちらかの命が消える。それが前線の日常。
呆けてしまえばそれだけで死にかねない。一瞬でも油断すれば危険にさらされる。
訓練が何の役にも立たなかったとは言わない。だが私には覚悟が足りていなかった。
今でも、体力面や魔力射撃の精度などでは前線の人たちに負けていると思わない。
基礎技能だけなら、隊長クラスとだって渡り合える自信がある。
それでも、魔獣と戦うなんて、私には到底無理だ。
あの、生臭い獣臭を遠くから感じるだけで、身体の震えが止まらなくなる。
頭が真っ白になり、涙が勝手にあふれ出してしまう。
前線から元の支援部隊に戻る前に、一時期だけ四国にある精神衛生の保養部隊へと回された。
フラッシュバックが起こる度に落ち着かせてくれた少女がいて、おかげである程度はマシになった。
それでも、脳裏に張り付いたケダモノの姿を完全に拭い去ることはできなかった。
その後、大人が告げてきたのは戦力外通告。つまり元の支援部隊への異動。
世話になった人たちが送り出してくれたが、その目は同情と共に、どことなく軽蔑を帯びていたように思えた。
私は魔獣が憎い。だけどそれ以上に魔獣が怖い。
結局のところ、どう取り繕っても私は出戻りの負け犬だ。
力がありながら、役目を果たせなかった。固有魔法も未だに覚醒しない。
私と同時期に前線に移った同期は、激戦区の九州でどんどん実績をあげている。固有魔法も無いままに。
だから、非覚醒だったから、というのは言い訳にもならない。
方や優秀な『尖兵』で、方や落ちこぼれの出来損ない。
とんだ笑い話だ。
それでも、私は私にできることをやるしかない。それしかできないのだから。
できると思ってたことが、できなかったのだから。
やれといわれてやれたことを、やるしかない。
そうして、新人をしごき倒す日々が数年続いた。
当然ながら、部隊のみんなからは嫌われている。当然と言えば当然だが。
格下と新人相手にイキってるだけの無能なクソババア。
尻にタマゴのカラが付いたヒヨっ子どもに、そんな風に陰口をたたかれることも多い。
まぁ、こいつらがヒヨコなら、私はチキンか。
何も間違ってはいない。笑えてくる。
それでも、今のところピーチク騒ぐことしか能の無いヒナ鳥どもを調子づかせたままにするわけにもいかない。
だからもちろん教練では容赦なくボッコボコにする。これでも非覚醒者の中ではあの同期と並んで歴代トップクラスだったのだ。
ド素人相手なんざ百万回やったって不覚を取るわけがないんだ。戦場の厳しさを、これでもかってくらい教え込んでやる。
・・・
次回<夢半ばの声>




