星南家のご先祖さま
鈴の音が涼やかに響き渡る漆黒の闇の中。
孔雀のような鳥が一羽、悲しみで溢れた喉を振り絞って鳴いている。片翼のみを大きく開き、天を仰ぐその姿は鳳凰のように神々しい。
「必ずや、我のもとへ──」
*
縁側にて、秋風が雄一郎の白髪混じりの前髪を、ふわりと攫っていく。還暦を過ぎてなお、強靭な身体を保っていられるのは、幼い頃から剣道に慣れ親しんで来たからだろう。
少し離れたところでは、蚊取り線香が白い煙を薄っすらと燻らせている。自分同様、藍色の浴衣姿で駆け寄ってくる奏人を抱えるようにして膝の上に乗せると、雄一郎は夜空に浮かぶ三日月を見遣った。
「今夜は、うちのご先祖さまの話をしてやるかの」
「ご先祖さまの?」
「そうだ。うちの先祖に、星南武一郎という武士がおってな」
興味津々の奏人を横目に、雄一郎は楽し気に語り始める。
今から千年ほど昔。陰陽師やら、呪禁師やらが大活躍していた時代があった。
平安の世。天皇を助ける為に尽力したり、陰陽五行思想という考えを基にした陰陽道によって占ったりして、妖などから人々を救ったと言われている。一種の、神職というもの。武一郎は、自らも陰陽道を学びながら、安倍晴明らを守り剣を振るっていた武士の一人であった。
「なんでも、剣術の腕はピカ一で、梅の花が大好きだったんだと」
「へぇー。その人たちって強いの?」
「おう、そりゃあもうな。いろんな呪文を唱えてだな、人々を悪い妖怪や災害から守ったとされておる」自慢げに言う雄一郎に、奏人は目を丸くしてはしゃいだ。
「魔法も使えるんだね! すげえな」
「神様の声とも言われとる鈴の音によって導かれた仲間と共に、妖怪の王とやらをやっつけちまったらしいぞ」
「え、ガチで?」
雄一郎が、父からその話を聞いたのも、奏人と同じ八歳の頃。伝記のすべてを信じ切っていたわけではないが、剣道一筋の雄一郎にとって、これほどわくわくする話は他に無く、現代に存在するかもしれない仲間と共に悪と戦う夢を見ながら、ひたすら剣の道を邁進してきた。
昔話もいいが、星南家に代々伝わる陰陽師との物語を奏人にも話して聞かせることで、自分のようにより剣の道を極めて欲しい。という、想いもある。
予想以上に奏人が食いついてきたことで、雄一郎は幼少を思い出しながら物思いに耽った。
「もしも、この現代に悪い妖怪どもがよみがえったら、奏人はどうする?」
「もちろん、俺がやっつけてやる!」
竹刀を握るようにして堂々と言い切る奏人に、雄一郎は嬉しさからか、高らかに笑う。
「そうかそうか。そりゃあ、心強いのう」
チリーンと、涼やかな鈴の音が響き渡る。外し忘れた風鈴かと思いきや、どこか寂し気な音色に二人は一瞬、顔を見合わせた。
それは繰り返される度に、より不気味に高く大きくなってゆき──
「うわあぁぁぁ! ! なっ……え?」
薄暗い部屋に、カーテンの隙間から微かな光が差し込んでいる。ここが自分の部屋であり、ベッドの上であることを確認すると、奏人は額の汗を片手で拭いながら長い息を吐きだした。
「ガキの頃の夢って。つーか、ビビりすぎだろ……だっせえ……」