第二筆
民衆の視線は十字架たちに集まっている。彼らは組まれた両手を貫く釘により塞がれ像に向かい行進を続けていた。
司祭に促されるまま先頭の十字架は膝をつき像、並びに聖壇の上に安置される匣へ向け祈祷を行う。舞台に立つ者たちの表情は白い布により覆われているため彼らが何を思うか図りかねるが、どうか安らかなものであるようにと民衆もまた両手を組している。祈りを捧げる先頭の十字架が司祭に尋ねた。
「我々の罪が赦される日は来るのでしょうか。我が命は厄災様への慰めと足りえますでしょうか」
十字架は頭を垂れたまま司祭の回答を待つ。司祭は彼の僅かに震える手を見下ろしながら重苦しそうに口を開いた。
「我々は今もなお罪を重ねている。本来受容すべき苦痛を拒絶、排斥しこの小さな匣の中へ押し込めることで安らぎを手にした。故に我々は抑圧した憎悪を鎮める義務がある。災いが世界に振りまかれないように」
司祭の回答は彼の問いに対する満足な解なり得ているとは言えなかったが十字架はそれ以上司祭へ詰めることはなかった。しばしの沈黙を経て像の扉が開き先頭の十字架が腰を起こそうとしたそのとき、遠くから少女の声が聞こえた。
「災いが怖いのなら私が息の根ごと鎮めてやる」
少女は司祭等の目を盗み、一足飛びに舞台へ飛び出すと真っ先に匣を取り上げた。司祭はすぐに気がつき捕まえようと助祭や修道士に指示を送るが、彼女はそれより先に聖壇の上で匣を高く掲げ握り潰した。それは雨粒が地に落ちるように呆気なく静寂が生まれるほど周囲の人間を置き去りにする一幕であった。
過去、聖礼を妨害せんとする輩は少なくなかった。多くが十字架に愛着を持ち、神をも恐れぬ愚行で牙を向くことはあれど我々は聖壇どころか儀式の敷地にすら近寄らせず適切に処理してきた。今回に限りそれができなかったのは彼女があまりにも素早く事を成したこと、そして彼女が自分の娘であったからだろう。
匣からはどす黒い瘴気が噴き出した。司祭の語った受容すべき苦痛、抑圧した憎悪、災いといった類が急速に辺り一片を覆いこむ。事態を理解した十字架聖職者も含めた面々は一斉にその場を離れ始めたが、司祭と少女だけはその場に留まり続けた。
「……お前に裁かれるなら本望だ」
司祭は辺りから湧き出る厄災の眷属に抵抗する力もないとその場に立ち尽くすばかりであった。対し匣を砕きし少女は独り逃げることもなく災いと闘い続けた。
司祭と少女、厄災に踏み鳴らされた街がその後どうなったかは知る由もない。厄災の脅威から生き延びることのできた民衆は災いに踏み鳴らされた街を離れ移ろいの森まで追いやられることとなった。