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白薔薇魔王物語  作者: 風雷
戦役二年目
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第二章「慈悲なき巨人」(1)

「戦いの始め方は誰もが得意げになって語るが、そういった者どもは一様に、誰かが終わり方を示してくれるものだと思いこんでいる。後始末を押し付けられる方の身にもなって欲しいものだ」(サマル元老院議員ソロンの手記より)




《戦役二年目》



 共和国元首レギスは、魔王の尖兵討伐に功あったナリアの兄妹を首都マラカに召喚した。

 彼らの住まう大陸は、まず中心に肥沃なサマル平野が広がり、寒冷の地ジェベは北部の山岳地帯にある。サマル文明の南端は前に述べたような大渓谷があり、その先の上空に浮遊大陸と呼ばれる異文明がある。サマル領はジェベの各部族の勢力を合わせても、ゆうにその五倍はあり、後の世から見ればジェベの魔族が何を考えてサマルに宣戦布告をしたのか、理解に苦しむ。

 広大なサマル共和国は七つの地方に分割され、勇者の生まれ故郷であるナリアがあるのは近ジェベ地方、首都周辺は中央サマル地方と呼ばれている。ナリアから首都マラカまでは、馬車を走らせて二十日の旅程である。レテとナナリィがマラカに到着したのは、北方ではまだ雪の降り積もる二月の二十六日だった。

 ナナリィは茶色の瞳を爛々と輝かせながら、サマル全土の経済と政治の中心地であるマラカの街並みを見て回った。異文明をも支配下に置いたサマルにこそ相応しい、角の生えた悪魔のような彫像の並ぶ異教の神殿や、宝石と絹織物と異国の食べ物でごった返す、大陸全土から集った商人達の市場は、数日の滞在で全てを見て回ることなど不可能だった。

 二人を迎えたのは、元老院議員のソロンという男だった。ナリア出身の男で、ナナリィが生まれる前に都に上っていたが、レテとは顔見知りだった。

 髭の多い、熊のような男だ。どこか次兄のナリスに似ている。


「いやぁ、ナグルスの餓鬼んちょが大きくなったものだ」


 太く低い声が髭の間から響いた。ナナリィの頭がすっぽり収まるほどの大きな手で、せっかくの都会だからと自分なりにおめかしした髪をくしゃくしゃにされた。

 かつての第一魔王宮は、今はサマル共和国元老院議会の会場となっている。伝記の挿絵では悪魔が住みつきそうな漆黒色の建物として描かれるが、レテやナナリィが目にしたのは、骨格は残しても、外装は全て純粋種の好む白色で統一された荘厳な建物だった。魔王の彫像があった場所には、共和国の繁栄を願うオベリスクが置かれている。

 身なりを整えなければということで、ソロンがよこした召使によって、ナナリィは三度も体を清められた。街行く女達の着ている派手な衣装に目を輝かせた少女だったが、質素なシャツを手渡された時はがっくりと肩を落とした。

 開け放たれたままの門を潜った先では、白いトーガを纏った男達が同じ色の回廊を、まるでそこだけ時間がゆっくりと流れているかのように歩いていた。威厳ある老人もいれば、レテと大して歳の違わない二十代前半の若者もいた。

 実のところ、元首レギスは苦境に立たされていた。

 初めからして、この度のジェベ遠征には無理があった。彼の構想は早い段階からあったようだが、たかだか商人の小競り合いに軍が出動することに対して、幾人かの議員は反対票を投じていた。ナリア出身のソロンもこれに属した。貧しく物産も乏しい近ジェベ地方は、遠ジェベ地方(エアリィ族など魔種の多くが住まう山岳地帯)との交易によって生計を立てている。先々代の元首が大規模な遠征を実施して以来、特に近年はジェベの蛮族もなりを潜めていたから、無闇に彼らを刺激すべきではないとの主張だった。

 そして軍団の移動も完了し遠征までは春を待つのみというこの時期になって、国境守備兵壊滅の報である。予期せぬ大損害に元老院は色めき立ち、ジェベ遠征の存在意義こそ否定しなかったものの、元首レギスは些細なミスさえも許されない状況に追い込まれていた。

 どうしても遠征を成功させたい彼にとって、有効なカードは二枚残っていた。

 一枚は魔王の復活である。かつての初代魔王の不敗ぶりから、喧伝しすぎれば逆効果にもなり得る大ニュースは、民心を一つに束ねることには役に立った。

 あとの一枚が、国境守備兵が魔王の尖兵と思しき化け物によって壊滅し、それを小村ナリアの兄妹が打ち破ったという報である。勇者の後裔の活躍をこれ以上ないほどに喧伝することは、サマル共和国にとっても、彼個人にとっても有益なことだった。

 こういった、主に元首レギスの都合により、レテとナナリィは元老院議場に召喚される運びとなった。

 議場には兄のレテが入った。女の自分は入れないのだとナナリィは思った。


(んだら、なして着替えさせただか……)


 ここで待つ暇があるのなら、街を見て回ってもいいではないか――と、頬を膨らませた。

 しばらく経って、白い扉一つ隔てただけの議場からどよめきが聞こえた。疑問に思ったナナリィが扉の近くで耳を澄ませたところで、突然、向こうから扉が開いた。


「ナグルスの娘ナナリィよ。議場に入れ」


 トーガを纏った若い議員がやけに冷えた声で言った。

 議場の中心に、兄レテがいた。ナナリィはそこまで小走りで駆けると、レテの腕に抱きつくように立った。


「ほほ、可愛らしい……」


 年老いた議員が小さく微笑むと、議長でもある元首レギスの、どこか小狡いような、細く暗い声が響いた。長い鼻が下を向いていて、目元に淡いくまがある。ナナリィのような田舎娘にしてみれば、いかに清楚な衣装に身を包もうとも、悪人にしか見えない。


「……して、レテよ。この娘が化け物を討った事に相違ないな?」


 レギスの言葉を聴いたナナリィは驚いた。化け物と戦ったのは次兄のナリスであり、止めを刺したのは長兄レテだからだ。自分はといえば、古びた剣を抜いて体当たりを食らわせただけではないか。それが、どうしてこのような話になるのか。


「はい。相違ありません。我が妹ナナリィは、勇者ナナリスの剣を抜き放ち、邪悪なる魔王の尖兵を聖なる力で討ち滅ぼしました」


 兄が意味の分からないことを言うので、ナナリィは余計に混乱してしまった。


「勇者ナナリスの再来!」


 若い議員は興奮気味にそう言った。隣の席に着いた壮年の議員はそれを聞いて皮肉な笑みを浮かべている。


「元老院議員諸君。共和国元首レギスは、聖剣を受け継ぎしこの少女に、勇者ナナリスの称号を与えることを、ここに提案する」


 驚いたナナリィが口を開く前に既に、自分達を壇上から囲んで座る元老院議員全員が立ち上がり、拍手を始めていた。

 多くの議員に祝福されながら、ナナリスはレテと共に議場を出た。


「ちょと、レテにぃ。わだすが勇者なんて、あん人だち、何が勘違いしてるわ!」


 レテの袖をつかんで言うのだが、兄は煩わしげに、


「文句を言うんじゃない。彼らの言う通りにしろ」


 と、突っぱねるように言った。


「勇者様!」


 元老院議会を出た先の光景に、ナナリィは完全に圧倒された。首都マラカ中の人間をかき集めたのではないかと思うほどの大観衆である。彼らはどこからかこの度の勇者の訪問を知り、ひと目見たさに押しかけたのだった。


「勇者様! 何か一言!」


 と、ペンと羊皮紙を手に訊いてきたのは、おそらく元老院日報の記者だろう。


「あっ、あっあっ、なんがよぐわがんねーけど、よろしぐたのんます!」


 たどたどしく一礼する少女だったが、一瞬、周囲の喧騒が止んだのを訝った。


(あんれ? なにがまずいことしただか?)


 と、疑問がよぎったのも束の間、周囲がどっとわいた。


――わははっ、なんだあの喋りは? どこの方言だ?

ーーお前、聞き取れたか?

――まあ、まあ、なんて可愛らしい勇者様でしょう!

――わたくし、抱きしめて差し上げたいわ!


 その多くが笑声であったことに気づいたナナリィの耳が、みるみる赤くなってゆく。

 事実、この時にかいた恥は、おめかしして上京した少女にとってよほど痛恨事であったらしく、これを機にナナリィはマラカに憧れる村の男達のように南サマル語を猛練習するのである。


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