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白薔薇魔王物語  作者: 風雷
戦役初年
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第一章「魔王の尖兵」(4)

 初代魔王による大陸制覇が史実であるのは、魔王宮と呼ばれる遺跡が大陸の至るところに存在することからも容易に証明できる。今や純粋種の楽園であるサマル地方にさえも、大都市のいくつかには第何魔王宮というものが存在する。唯一の例外は魔王が足を向けなかった浮遊大陸だけである。数ある魔王宮の中でも最も異質で、最も新しい第六魔王宮は、サクラの属していたエアリィ族の本拠から西南に向かった先の洞窟内にある。洞窟といっても、大地を匙で抉り取ったような空洞で、空も見える。地下水やガスが溜まった後にそれが抜けきり、天井が崩れ落ちでもして、自然がこの奇妙な空間を作り出したのだろう。

 サクラは、魔神祭の開始からひと月と経たない間に魔王宮の主として祭り上げられた。

 事の発端は、サクラが逃げ込んだ魔王の棺に雷が落ちたことだった。アレリィの証言によってサクラがその中に隠れていたことを知った村人が驚いて棺を開けようとすると、中からおびただしい量の黒い液体があふれ出したという。アレリィはこれを神の啓示と判断し、村人を集め祈祷を行った。そして、意識を取り戻したサクラが棺から出てきたというわけだ。

 落雷とともに魔王の棺から少年が甦ったという話は、瞬く間にジェベ全土に広がった。十日としないうちに第六魔王宮から神官が派遣され、サクラは彼らによって魔王宮に迎えられた。これの意味するところは一つしかない。伝説にある魔王の復活――それがサクラであると魔神信仰の最高権威である第六魔王宮が判断したのだ。エアの母などはこの事実に動転し、魔王の後継者を私刑にしようとした男連中全員を鞭打ちの刑に処した。

 五百年はさかのぼるであろう魔王伝説時代から存在する第六魔王宮は、サクラが想像していたよりもはるかに神秘的で、その華美に圧倒された。石造の宮殿には南方から仕入れた大理石が敷き詰められている。戒律によって女だけで占められた祭司たちの衣服はアレリィが着ていたものと比べられないほどに綺麗で、金縁の付いた赤い衣を纏っている者もいた。神官たちは建築物としての寿命が五百年を超えた宮殿の修復と同じくらいの情熱を、どうやら蓄財と豪奢ごうしゃな生活に注いでいるらしかった。

 サクラが第六魔王宮に連れてこられた理由を考えれば当然だが、


「ジェベの聖王」


 というのが、彼の呼び名になった。それこそ嵐のような目まぐるしさで、これまでは馬小屋で寝ることもあった生活から、何もかもが巫女任せで気だるさを覚えるほどに豪華な暮らしに変わった。神職の伝統でもある赤いふちのついた黒衣を纏い、これだけは他と違って質素な石造りの玉座に座らされた。ちなみに魔王は俗称であり、そもそも魔種という呼称自体、純粋種による蔑視が込められているのだが、いつの時代からか魔種もこれを用いるようになった。ただし、こういったことに融通のきかない祭司階級は未だに古い呼び名を捨てていない。彼らが自分達を呼ぶときは「偉大なるサマル聖王の子孫」となる。


(僕は火人形にされたか……)


 魔種がかつての繁栄とは程遠い生活をしている以上、自分の存在もただの飾りであろうとたかをくくっていたサクラだが、奴隷同様に扱われるだけの生活に戻りたいとは思わない。エアは別れ際にその目に涙を溜めていたが、彼女を嫌わなくとも自立を目指す少年の心情として疎んではいたサクラには、むしろ好都合だった。

 今までとは別世界と言える生活に放り込まれた少年魔王を最も喜ばせたのは、彼が密かに慕っていたアレリィが共に第六魔王宮に移ったことだ。復活した魔王の第一発見者・・・・・である彼女は、サクラの顔見知りであるという配慮もあってか、彼の世話係に任命された。本人が相当に喜んでこの仕事に取り組んでいるのは、どうやらサクラへの好意よりも、魔王と直に接することへの喜びからであるようだった。

 サクラの補佐を行う最高祭司長の名をドミテア=ガルマという。他の連中と並んでも頭一つ抜けるほどの長身と、高い鼻と膝まで伸びた長い白髪が印象的な女で、齢五十とはとても思えない若々しい顔つきをしている。神職にしては着飾りが過ぎる者達が多い中で、白地に黒いふちのついた衣装を身に着けているせいか、厳しくも清廉な印象を受ける。

 少年魔王の仕事は、彼女が読み上げるいくつかの政務について、いちいち頷くだけだった。村での政治学問サロンに間接的には加わっていたサクラには自分で判断できると思う箇所もあったりするのだが、


「……以上です。陛下、御裁可を」


 と、ドミテアの冷たい眼光にさらされると黙って頷くしかなかった。


「あの人の心は、きっと氷河よりも冷たい」


 サクラはそう愚痴をこぼして、アレリィを笑わせた。

 十月一日――魔神祭からちょうど二ヶ月経った頃、ジェベ地方に住む主要な部族の長が第六魔王宮に集結した。年に一度の部族長会議なのだが、今年だけは様相が違った。

 何せ、魔種にとって唯一無二の王者である魔王が存在しているのだ。有力な部族の長を次の一年の指導者に決定するという従来の方式は通用しなくなっていた。

 ドミテアは、毎年の行事である部族長会議を例年より遥かに盛大に行うことを決定し、祭司達の承認を得た。魔王復活の年なのだから、理由には事欠かなかった。族長は妻を同伴するという例年にはない条件を疑う者などおらず、サクラの起こした奇蹟を疑う祭司達が彼女の企みに気づいた時には、既に遅かった。

 たった一ヶ月で、第六魔王宮の王座のある謁見の間は黄金で埋め尽くされた。例年とは違ったものになるとは予想していた部族長とその妻達も、まるで魔王伝説の頃の宮殿に足を踏み入れたかのような錯覚に陥った。回廊に並ぶ黄金の彫像は、実は南方のサマル地方から取り寄せたものなのだが、普段は山野を駆けるばかりの族長夫人達がこれに圧倒された。

 部族長会議に列席したサクラは、そこでエアの両親とも対面した。だが、叔父は以前の叔父ではなくなっていた。彼は飽くまでサクラを魔王として扱い、跪いて足先に接吻した。


「エアリィ族の長ムベが、ジェベの聖王に忠誠の意を示した!」


 ドミテアが満座に響く大声で言うと、書記が軽快に筆を走らせた。


「偉大なるサマル聖王の子、エアリィ万歳! ジェベの聖王万歳!」


 背後にずらりと控えた巫女や祭司達が声を合わせて唱えると、宮殿が小さく震えた。

 他の部族長夫妻は、自分達が歴史的瞬間に立ち会っていることを、この時初めて意識した。これこそドミテアの狙いだったのだが、他の者達もエアリィ族の長に倣うしかなかった。エアの母は何やら迷っていたが、夫に背中を押されて渋々従った。


「エアは元気ですか?」


 サクラが声をかけると、ドミテアの冷たい視線が飛んできた。


「我々の代わりに、村を仕切っております……」


 今にも倒れてしまいそうな細い声だった。サクラは母代わりにすらならなかったこの女を随分と憎んだものだが、ここまで萎縮いしゅくしているのを見ると、何やらあわれに思えてきた。

 ドミテアの企みは完全に成功した。この時点では飽くまで形式ではあったが、魔王の名の下に、彼女はジェベの主要な部族を支配下に置いたのだ。

 この後に行われた部族長会議の主目的であるサマル対策は、実際にサマルの遠征軍が近いうちに発せられるのが確実である以上、魔王の宗教的権威で解決するのは難しかった。


(さてさて、新たな魔王のお手並み拝見……)


 とでも言わんばかりに、田舎者の妻とは違って頭の切れる部族長の幾人かは、議場での発言に消極的だった。先ほどは度肝を抜かれてドミテアの罠にまったが、若すぎる魔王が対応を誤れば、権威は失墜し、部族長会議も元の形に戻ることは明らかだからだ。


「陛下はどのようにお考えでしょうか?」


 一部族の長が目にうっすらと笑いを浮かべながら言った。比較的サマル地方の近くに居を置く部族で、少年に自分達の存亡を託すのが馬鹿らしく思えたのだろう。

 殿下に膝をついた部族長達が一斉に王座を仰ぎ見た。サクラはゆっくりと立ち上がり、口を開いた。


「偉大なるサマルの聖王が身罷(みまか)られてから、幾星霜を経たであろう。その間、我らサマルの血族は、故郷に棲み着いた忌々しい盗賊に怯える日々を送ってきた。何故か。それは、彼らが強く、我々が弱いからに他ならない。何故、弱いのか。我々は多くの部族に分かれてはいるが、共に力を合わせる事は少ない。対して純粋種は、辺境の旅商といえども必ずどこかの組織に属しており、末端の一人が危機に瀕することがあれば、組織がその解決に乗り出す。また、故地を見たさにサマルを旅した者ならば、大河に造られた巨大な堤防や、天を衝くほどに高い城壁を目にしただろう。ジェベの戦士はニンゲンの盗賊と比べて遥かに強い。だが、組織としての我々は、彼らの足元にも及ばない。我々が彼らに対向するには、彼らと同じように、巨大な構造とそこから生まれる無尽蔵の力を手に入れなければならないのだ。私は、偉大なるサマルの聖王の子らに提案・・する。部族の中でも屈強な戦士を選び、我が膝元に集めよ。サマルの盗賊との戦は、これまでの様に個々の部族で行うのではなく、我が名の下に集結したジェベの勇者達によって行われる」


 純粋種と魔種との混血であるサクラの面目躍如といったところだが、実際はドミテアの原稿を読まされているだけある。

 最高位にあるとはいえ、一祭司に過ぎないドミテアは元来神職の家系ではなく、サマルと交易する商人の一族だった。神職に就いてからの彼女は主に魔王宮の経営面で活躍し、最高祭司長まで上りつめた。ほとんどの魔種は気づいてすらいないが、魔種にとって最も神聖な組織である魔王宮は、ジェベのあらゆる部族組織と比べても明らかに純粋種のそれに近しい形態をとっていた。

 魔王の宣言を聞き終えた部族長達の反応はまちまちだった。それでもいくつかの部族はジェベ統一軍編成を有効と判断し、魔王に賛意を示した。

 魔王戦役の初年に数えられるこの年は、実はサマル、ジェベの双方共に、これから述べる例外を除けば、戦争らしい戦争をしていない。魔王復活の報に嘘臭さを感じつつも純粋種はジェベ遠征の準備を進め、魔種は後に魔王軍と畏怖を込めて呼ばれることになる軍団を編成するために、ジェベ全土から勇士を募った。その中にエアも含まれていたことを、この時点でのサクラは知るよしも無かった。


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