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白薔薇魔王物語  作者: 風雷
戦役初年
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第一章「魔王の尖兵」(2)

 秋の魔神祭――つまるところ収穫祭の季節になった。

 村の中心にある古びた石棺(せきかん)にその年の穀物を供して魔種の神をまつる。(ひつぎ)といっても、伝説で魔王が封印されたものではなく、レプリカで、他の村にも似たようなものがある。本物の魔王の棺は、ジェベ地方の高名な神官達が集う第六魔王宮の中にある。巨大な洞穴の中に建てられた宮殿のことで、サクラの住まう村から西南に二百公里ほど離れた場所にある。魔種の長い歴史の中で一人しかいない魔王は神意の代行者であると同時に、人間世界の頂点に座す。勿論、魔神を崇拝するのは魔種だけで、純粋種は多神教の神々を祀る。

 今年の魔神祭が例年よりも大規模に行われようとしている理由は、どこの部族の口承を参考にしたのか、魔王が自らの復活を予言した年と重なるからだった。

 祭りは神事であるとともに、参加者が楽しむことにその目的がある。魔神祭の行われる七日間の内、一日だけ男達も狩りに加わる。普段から体を鍛えない彼らのことだから、獲物など獲れるはずもなく、この狩りの真の目的は嫁とりにあった。

 どういうことかというと、年頃の女達が先発し、森に身を潜める。同じく年頃の男達は数時間後に出発する。女達は禽獣きんじゅうの真似をしながら、狩人である男達から逃げる。体力でも足の速さでも勝る女達は、簡単にはつかまらない。

 普通に追ってもらちがあかない男達は、知恵を巡らせて女達を狩ろうと罠をはる。運良く獲物を連れ帰った男は村での名声を得るという仕組みだ。特に、普段は学問の出来が悪くて奴隷にも似た境遇にある者たちにとっては名誉挽回のための唯一といってよい機会だ。だが、この狩りの当事者にとっての真価は、狩りの最中に男女間の事故があったとしても黙認されることにある。年頃の男連中から狙われる羽目になるのが、族長の娘エアに違いないことは、祭りが始まる前から分かりきったことだった。

 本人もそれを十分に意識しているらしく、


「ふん、あんな軟弱な連中に捕まったらジェベの恥だわ!」


 と公言し、彼らの挑戦を正面から受けて立つつもりだ。

 サクラはというと、一年に一度の祭事に浮き足立っている村とは無縁に過ごしていた。


(何が魔神祭だ!)


 少年が唾棄したのは、エアやその他の美しい娘を捕らえようと、誰からも声をかけられない苛立ちもあった。もとより期待はしていなかったが、それでもいつもは声をかけてくれるエアでさえ、他の女達にどうすれば軟弱な男どもの悪知恵に騙されずにすむかを伝授するのに忙しくて、それどころではなかった。


(アレリィは参加しないのかな?)


 魔神祭の準備に沸く村をよそに、サクラは美しい銀髪の少女の顔を見ようと、村の中央にあるほこらに向かった。この時間ならば、あの小柄な巫女が眩しい銀色の髪を靡かせて祠の前で祈祷していると思ったからだ。

 広場の中心に古びた柵があり、その中に魔王の石棺のレプリカがある。装飾も天井もない空間で魔神を祀り、魔王の復活を祈るのが巫女の仕事だ。

 アレリィと呼ばれる少女はそこにいた。黒一色の衣に袖を通しており、艶というには眩しいほどの銀髪と白い肌が輝かんばかりにひきたっていた。なにせアレリィという名自体が、神事のために飾り付けられた美しい銀髪の意であるから、サクラには彼女を独占する魔神が羨ましく思えるのである。

 アレリィは片膝を地に付け、祠の中心で手を組んで祈っている。今年は魔王が復活を予言した年でもあるから、気の入りようも普段とは違う。

 気配に気づいたのか、あるいは祈祷が終わったのか、アレリィは立ち上がり、サクラの方を振り向いた。吸い込まれるような真紅の瞳に、サクラは一瞬息を忘れた。


「あら、サクラ?」


 力強いエアとは対照的な、細い声だ。神官の家系であるからか、魔種の女にしては体つきも細く、抱けば折れてしまいそうだ。魔種の男は力強い女を好むから、部族の男達はアレリィには見向きもしないが、純粋種との混血であるからか、サクラだけは違った。

 アレリィに話しかけられたサクラは、途端に顔が熱くなった。何とか言葉を返そうとするも、どもってしまい、ついには駆け出してしまった。

 サクラは意中の相手の前で大失態を犯した自分を恨みつつ、村で最も大きな建物の前に立った。族長の住まうこの家は、豪邸とまでは行かなくとも数十人の人間を収容できるほどには大きく、頑丈なつくりをしていた。壁には狩りで得た熊や虎の毛皮が飾られている。

 族長は女ではない。女が社会的に地位を持っているのは、彼女達が勇士だからだ。ただ、一族の運営には勇気以上に知略が必要となる。そうなると、一族を束ねるのは学問で鍛えた男の仕事になる。

 族長は、他の族人とは違ってサクラを嫌悪しなかったが、愛することもしなかった。エアはサクラに好意をもって接したが、彼女の母にあたる族長の妻は、純粋種の血を引く少年を嫌悪した。冬のある時などは晩餐ばんさんに出てきた鶏肉の食べ方が悪いといっただけでサクラを殴り飛ばし、極寒の屋外に出るように命じた。


「外に出ろ、糞餓鬼!」


 「外に出ろ」というのは極寒のジェベ特有の方言で、「死ね」と同義である。

 こういう日は食事後にエアが現れて密かに裏口に通してくれるのだが、これには族長の黙認があったらしいことは最近になってようやく知ったことだ。サクラにとっての族長は、嫌悪を感じる以前にどこか冷たくて、しかし情がないわけでもない、不思議な人だった。

 その族長の声が、扉を開けたサクラの耳に聞こえてきた。

 壁影から顔をのぞかせたサクラが見たのは、自分と同じ黒髪の純粋種だった。


(あ、ニンゲンがいる)


 魔種は純粋種のことをこう呼ぶ。人間――人のように見えても人になれない者。サクラがこの言葉を口にするとき、他の魔種のように侮蔑がこもるのではなく、人になれないニンゲンと人である魔種の間に生まれた自分は何なのだろう――と首を傾げるのだ。


「……ええ、ですから明年にはここまでやってくるかも知れませんね」

「なるほど。大軍か?」

「そのような話は聞きません。ただ、サマルの元首は普段からしてジェベ遠征に乗り気でしたからね。予言された魔王の復活を本気で信じているような、おめでたい男です。彼は浮遊大陸も巻き込みたいようですが、皇帝はうかうかと誘いに乗るほど軽薄ではありませんよ」


 ジェベの南に広がるのは豊かなサマル地方だが、その遥か南方に大地が裂けた様な大渓谷があり、その先に浮かぶ大地を人々は古来から浮遊大陸と呼んでいる。浮遊人というのは、羽が生えていたり、空に浮いたりする人のことではなく、浮遊大陸に住む民族の総称である。

 魔神祭につかう火人形を飾るために地面に杭を打ち込む音がうるさく、会話の全てを聞き取れたわけではないが、何やら物騒な話題であることを嗅ぎ取ったサクラは、知らぬうちに一歩を踏み込んでいた。


「サクラ、いたのか?」


 あっけなく、見つかった。


「それでは、私はこれで――」


 壮年くらいであろうニンゲンはそそくさとその場を去ろうとしたが、黒髪のサクラを不思議に思ったのか、立ち止まった。


「坊や、君はどっちだい?」


 ニンゲンは、サクラの赤い瞳を覗き込んできた。サクラが見たのは、暗い中に淡い茶色の浮かぶ瞳である。


「……どっちも」


 と、サクラは答えた。君は魔種と純粋種のどっちだい――と聞かれたのだと思ったから、ありのままに答えたに過ぎない。


「そうか」


 目で笑った男は、身なりからしてやはり商人だろう。

 サクラは不思議な気分になった。男は自分の答えに驚かなかった。同じ質問を同族の者から投げかけられれば、魔種だと答えなければ半殺しの目に遭うだろう。とはいえ魔種だと答えてもその半分は殺されるかも知れないが。だが、ニンゲンの男は、サクラの答えを聞いて「まあ、そうだろう」くらいの反応しか示さなかったのが驚きだった。サクラは時折村に来る商人を除けばニンゲンを知らないが、村で言われているように悪魔の手先のような連中ではないように思えた。

 それはともかくとして、先ほど小耳に挟んだ物騒な話について族長に問わねばならない。


「また元首の人気取りですか?」


 サクラは、族長ではなく、商人らしきニンゲンに対して問うた。さかしいことを言うのは、つまはじきにされてはいても、サクラが男連中の学問サロンに加わっていた証拠でもある。


「別に珍しいことじゃあない。サマルの国境付近は、魔種と純粋種の商人達の縄張り意識が強いから、つまらぬ争いに発展することもままある。だが、今回は運が悪かった。魔種の若い商人が、詐欺を行った純粋種の商人を刺し殺しちまった。それを知った元老院がジェベ遠征を決議したということさ」

「ニンゲンが……攻めて来る」


 少年が話の規模の大きさに圧倒されているように見えたのだろう。男はサクラの不安を取り除くようにと、あえて明るい声で言った。


「なぁに、今までの様に国境付近を荒らしまわって終わりだよ」


 男はサクラの小さな頭の上にぽんと手を置くと、耳元に口を近づけ、


「君の村では若い連中が生半可世事を知った風な口をきくが、女達の気を惹くには少々大袈裟が過ぎるね」


 と、忠告めいた囁きを残して去った。侮辱されたことに気づいたサクラは一瞬、全身の血が沸騰しかけたが、「このニンゲンの言う通りだ」と、醒めた目で己を見つめる自分がいた。

 去り際に、何か甘い香りがした。


(マイカの花?)


 いつだったか、旅商が荷馬車に運んでいた中に、白い薔薇があったことを思い出した。


「叔父様」


 と、サクラは族長のことをこう呼ぶ。


「サクラ。お前は知らぬでよい。村の者にも明かすな」


 案の上一蹴された。

 わらで祭事用の人形を編む男達を追い出し、女だけを集めて魔神祭対策を練っているエアたちの前を、サクラは駆け抜けた。あの商人にもっと詳しい話を聞こうと思ったからだ。


「ちょっと、今のサクラじゃない?」

「えっ、あの弱虫サクラ?」


 女達が顔を上げると、力説中のエアも気づいたのか、向こうに駆けて行くサクラを見た。


「あんなに慌てちゃってどうしたのかな?」


 何やらサクラの顔が生き生きとしていたようで、普段の暗い表情ばかりを見知っているエアは不思議がった。


「ねぇ、エア様。サクラは狩りに参加するの?」


 取り巻きの一人が言った。


「えっ、サクラ? うーん……どうかしらね。あの子、とてもじゃないけどついて来れそうにないわ。参加しないんじゃない?」

「そう、それは良かった」


 数人が頷きあうのを見て、エアは首を傾げた。


「だってあの子、いつも一人でブツブツ言ってたり、男連中でたむろしてるときも端にいたりね……」

「ちょっとね。万が一でもあんなのに捕まったら、これからやっていけないかも……」

「やめましょう。それより、さっきの続きよ」


 不愉快な会話に発展するのを避けようとしたのか、エアは議論を再開した。


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