2話
入ると御伽噺の様に現実離れした内装に驚倒する。綺麗に並べられた可愛らしい靴が、あちこちに飾られた小さな灯りが、全てがきらきらと輝いていた。
横目で彼女を見ると、整った顔が台無しとも言えるほど不機嫌そうにしている。気不味い雰囲気に何か問いかけようとするが、彼女は無造作に靴を脱いでいった。気が立っているのだろうか。今は話しかけない方が良いと、頭の中でアラームが鳴り響いていた。
それにしても靴の数が多いな。女性とは皆、靴を多く所持していたいのだろうか。
考え事に夢中になっていると、いつの間にか彼女の姿が消えていた。
どこに行ったんだろう。気が咎めるが僕は近くの部屋を覗き込んでみた。
その部屋は丸い机と座布団だけが、ぽつんと置かれていた。床や壁の所々が少し汚れていて、なんだか入るのに勇気が要る部屋だった。
だが、いざ座布団に座ってみると予想外にふかふかで座り心地は一級品だった。その余韻に浸っていると、更に奥の部屋から先程の少女が二人分の紅茶を運んできた。
「…あっ、勝手に入ってすみません」
彼女は良いんですよ、と微笑んだ。ずっと怖い印象を持っていたので、その可愛らしい笑顔に呆気とられた。
「さっきはごめんなさい」
彼女は席につくなり深々と頭を下げた。金色の髪が波を打つ。
「よく人は訪ねて来るけど…私、人見知りだからつい当たってしまうの」
初対面から胸ぐらを掴むことが果たして人見知りだから、で済むのか。口にはしないが心底、そう思った。
彼女は冷静さを取り戻したようで、ゆっくりと左手で紅茶を差し出した。
「一つ聞いていい?」
僕は無言で頷いた。
出された紅茶を喉に通すとすっきりとした味わいが舌の上に広がり、心が落ち着く。
「あなたは何故求めるの?」
その言葉にふと、故郷の情景が頭に浮かんだ。
「…昔、亡くなった駄菓子屋のばあちゃんのためだ」
腰を悪くしてしまったばあちゃんの顔が脳裏を過る。いつも優しくしてくれたばあちゃんのお菓子は、甘くて病みつきだった。
ばあちゃんは小さい頃に聞いた【究極のお菓子】という物を一度でいいから食べてみたかった、と言った。足腰が弱ってしまったばあちゃんはもうこの町から出ることが出来なかった。
「だから約束したんだ、必ず僕がばあちゃんの元まで持ち帰るって」
幼き頃の自分がしわしわなばあちゃんの手と指切りをした時を思い出す。ばあちゃんはもう居ないけれど、せめてばあちゃんの仏壇にお供えできたら。きっとばあちゃんも喜ぶだろう。
そんな思いでここまでやって来た事を、彼女に全て話した。
「ふふ、そうなのね。あら、紅茶がなくなってしまったわね。新しいの淹れるわ」
僕の話を聞くとまるで逃げるかのように、彼女は静かにキッチンへと向かった。